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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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しどろもどろと言ふ語を「源氏」に見出しぬ只それのみにて本日愉し・・・・・・・・・・・米満英男
wakamurasaki源氏物語

   しどろもどろと言ふ語を「源氏」に見出しぬ
       只それのみにて本日愉(たの)し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・米満英男


米満英男(よねみつひでお)氏は私の兄事する歌人である。
長らく教師生活をして来られた後は、今はあちこちで文学関係の講師などをされている。
よみうり文化センター「神戸校」では、「短歌」と「随筆と小説の書き方」の講座を受け持っておられる。
私の第三歌集『樹々の記憶』と第四歌集『嬬恋』 には懇切な批評文を賜った。

掲出の歌は角川書店「平成19年度版・短歌年鑑」に載る「自選作品5首」のうちのものである。
因みに私の歌「幽明」5首も収録されている。

米満氏の歌は源氏物語の中に「しどろもどろ」という言葉の使い方が、すでに存在するということを発見して、この言葉の使い方が今も生きている、ということの喜び、嬉しさ、懐かしさを表現していて微笑ましい。
掲出画像は「源氏物語」絵巻の一場面。

ここで1996年に刊行された彼の歌集『遊歌之巻』から引いてみる。

       白き骸 五情

   喜びの果たてのごとし山巓に出逢ひたるま白き骸(むくろ)は鷹か

   怒りのすべては乱、変ま近きこの<大和朝廷>の底にずんと溜めおけ

   哀れとはみづから発しみづからへ戻りくる咳(しはぶき)のこだまか

   楽しみのひとつなり孤り酌む酒の肴にこぼす濃口(こいくち)の愚痴

   怨むほどひと頼み来し訳でなしさはさりながら夜半(よは)の雷鳴

この一連5首は「喜怒哀楽怨」という「五情」を歌の頭に据えて作られている
この歌集の題名のように「遊び歌」として自在に作られている一巻なのである。
次のような一連は、いかが?

      青き水 五彩

   青き水の果てよりひとつ帆柱の徐徐に伸び来て空に創(きづ)生む

   黄の花畑とほくにありて近く見ゆこの距離感即(そく)われの望郷

   赤赤と燃えたつ焚火に詩歌焚く愉悦のさまにたかぶりながら

   白みゆくにつれて稜稜(かどかど)しき峰の現(あ)れ来ぬ述志の定座のごとく

   黒き夜の信濃は八坂 金熊(かねぐま)の湯につかりやをら肉をふやかす

この一連は「青黄赤白黒」の「五彩」という言葉で作られている。()の中のふりがなは原文通りである。


      土の坂 五行

   木づくりの首の欠けたる仏にてまざまざと目鼻涼しく佇てり

   火の中をかいくぐり来し秘色(ひそく)とふ青き壺生死(しやうじ)の外に覚めをり

   土の坂のわづかにたわむ中程に宙映しかつと開(あ)く水たまり

   金泥の経文の文字鮮らけく匂へり念願さへわづらはし

  水流るる時の間ふいにくらみたる素志置き去りにしなほ水流る

この一連は陰陽「五行」説にいう「木火土金水」に基づいてつくられている
一つ一つのそれぞれの歌も自立して佳いものである。


       惑星系 新枕詞

   をのへなす空まどかなるあかね空この惑星のまどひ深めて

   みつゆけし現身を曲げ祈りゐる前に素透しのままの神据ゑ

   さむしろの<私>にもどり靴下を脱げば青白き足のあらはる

   ははくろの肉老(ふ)けたればためらはずまつ先に刺せ己れの芯を

   きりきらふ若者らくらき目としろき歯を見せあひて何を嗅ぎあふ

   おきあをむはるけき異土に今もなほ<皇統(すめろき)のたてがみ>を刈る戦没兵

   よろひうつ火の芒空(のぎくう)をなぶりつつその上のくらやみに届かぬ

   たかとほる樹上に憩ふ死者ひとり否やからすがねずみ食ふ影

   もろはまひ乱れて互みに殺しあふホモ・サピエンス?ホモ・エレクトス?

   からふさの猛るけものをとらへたるカメラアイずずいとその目に迫る

   あやめくさ生まるるものと生ふるものこの星の土と水わかちあひ


      鬱の字 漢字種種愚歌等稿

   鬱の字のうつうつ茂る画のなかひそけく二本の木の立てる見ゆ

   人の字の右のつつかへ棒なくしノのまま傾ぎ立つ人もあり

   虱はいつ風のもつノの一画を失ひてあはれシラミと化ししや

   母の中に小さく抱へらるる乳わが垂乳根のはまことたらちね

   鬼は人の帰せし者ゆゑその鬼の下半身まさしく人の形す

   雨の中の雨だれ四つ古代文字には六つ十二もありて土砂降り

   頁(けつ)をページと読めば年齢がわかるといふ思へば随分頁をめくりぬ

   便は尻を開きまたは鞭を打つさまと説きありあな不埒なる姿態

   寺はもとハベルの意にて寺人とは宦官の謂と知ればいやはや

   井戸の中にもの投げ入れしその擬音通りドンブリと読むは丼

   尸(しかばね)部の尻屁尿屎とならぶ字の中にて突如尼と出遭へり

   女偏の字の中奸妄妖妙姥わけても姦姚嫋などよろし

   はらはらと落つるは涙したたるは涕と聞けば涙選ばむ

   草の化したるもの花といふそれにしても何と美しき化け様もある

   人が姿をかへるを以て化となせり左様バケルは狐狸ならず人

   黒の字クロシ白の字シロシひとみなの思ひこみとはかくのごときか

   人の形と月とによりてつくりたる夜と知ればたまに夜に月を見む

   啼鳴哭啾涕泣とナク意の漢字を思案してやはり氵(さんずい)の字が湿つぽい

   凡人の凡の字いささか風に似て虫よりちひさき<、>かかへをり

   漢字と永く馴染み来たりしわが人生前半疎外後半昵懇

いかがだろうか。「言葉遊び」のさまざまの諸相を楽しませてくれるではないか。
まだまだあるが、今日は、この辺で。



コメント
コメント
sohya 様
今日は~
言葉遊びも現代では過去のものとなって来てますよね~中国での漢字の略字も酷いものです!
2010/12/11(土) 10:11:56 | URL | ももたろう #- [ 編集 ]
この人は国語の専門家ですから
■ももたろう様。
お早うございます。
この人は国語の専門家ですから。
「字」を知らない人には、こういう芸当は
出来ません。
私なんどは、こういうが極めて好きなものですから。
中国の簡略体は日本人にはなじめないものがあります。
「機」→「机」ですからね。
中国語の「音」が一致するからで画数が少ないので
こうなったのでしょうが、「飛行場」→「机場」(場も簡略体。私の場合は字を出せませんが)ですからね。
今はどうか知りませんが、返還されるまでは香港と本土とは、字の表記が違ったものです。
例えば「タクシー」は、香港では「的士」でしたが、本土では何だったか、老化現象で今とっさに思い出せません。
あなたは専門家ですから、またいろいろ教えてください。
では、また。
2010/12/12(日) 07:57:08 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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