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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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絵葉書のような恋とは思えどもしまい忘れた椅子一つある・・・・・・・・・・・・川本千栄
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    絵葉書のような恋とは思えども
        しまい忘れた椅子一つある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川本千栄


この人は昭和37年生まれというから40歳半ばを少し過ぎたところであろうか。
今をときめく短歌結社「塔」の若手として期待される人で、評論もよくする理論派でもある。
ご夫君は松村正直という同じ結社の歌人で「塔」の編集の責任者ということだが、略歴を見るとフリーターらしい。
私事をつつくようで申し訳ないが、彼は昭和45年生まれというから彼女とは七つも年下である。
「絵葉書のような恋」というのは「絵空事のような恋」とか「もう絵葉書のように過去になってしまった恋」とかいう意味であろうか。
結句の「しまい忘れた椅子」というところに「未練がある」ということが表現されている。作者の「恋」に対する「未練」という所以である。

掲出歌と同じところに載る作品の残りを引いておく。

     日ざかり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川本千栄

   一人子は一人遊びが得意なり剣振りながら物言いやまず

   日ざかりに出でて遊べば子はもはや芯無く揺れる幼児にあらず

   もうわれは子を産まぬのか青年のような男にすがりて悲し

   牡蠣の腸(わた)そのふかみどり舐むる時かく隔たりし君のしのばゆ

この一連の最後に掲出歌が来るのである。

ここで以下にネット上に載る「尾崎」さんという人のBLOGの記事を転載しておく。
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川本千栄歌集『青い猫』(その1)
8月の「塔」全国大会でもお世話になった、川本千栄さんの
第一歌集「青い猫」を読んだ。作者に会った事があるか否かは
一冊の歌集を味読するのに関係あるのだろうか。

まず気になるのが巻頭歌と表題歌。

 竹林はそのまま山につながって登りつめれば天の群青

 青い猫振ってお前が放つ声 腹這いのままわれを見つめて

だいぶ雰囲気の違う二首だ。言葉は平易で辞書はほとんど必要ない。
これらの間にどんな歌があるのか?心に留まった歌、前半の部。

 タコしゃぶはしゃしゃらしゃらしゃら湯に泳ぎ情事の合間に日常がある

 われを洗い日々縮みゆく石鹸よ魚の形の受け皿の中

 月あかり指の先まで溶かし込みト音記号となり君を抱く

 髪切ってすいすいぎっちょん冬の街身隠すもの無きバッタが行くよ

 三十を超えた男の横顔はみなキリストに似ると思う日

 頭とは脳を入れたる器なり口づけらるるは蓋のあたりか

 押し入れを開け放している部屋のなか内蔵さらしたままに眠るよ

 アメリカに憧れる母「奥様は魔女」のようなる台所持つ

全体に「距離感」を感じた。隔靴掻痒ってほど近くではない位置から
第三者的にながめる視線というのかな。わたしとは違う立ち位置の
歌が多く、読んでいて「言われてみれば」「なるほどなあ」が多かった。

歌集前半は独身時代、教師としての職場詠、家族詠旅行詠をはさんで
夫君松村正直氏との恋愛、新婚時代、そして出産までを描いている。
本書を手にする前に、「塔」誌上での歌集評や100人を集めたという
批評会の報告などを読んでいたが、先入観というか他の人が本書の
ある側面をあげた批評については、一部納得できない部分もあった。

 <その2に続く>
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つづいて同じくネット上から、春畑茜という「短歌人」という結社に所属する人のサイトから引く。

『青い猫』(川本千栄歌集)を読む
『青い猫』は川本千栄さん(塔短歌会)の第一歌集。2005年12月10日砂子屋書房発行。

*
タイトルの青い猫とは何だろうかと思って読んでいくと、歌集の終り近くに青い猫が登場する一首がある。

・青い猫振ってお前が放つ声 腹這いのままわれを見つめて

青い猫は、まだ乳児であるわが子の玩具(ぬいぐるみかもしれない)らしい。腹這いの子は、その青い猫を振っては喜びの声を上げ、母を見上げているのだろう。母にも自分の喜びを共有して欲しいのかもしれない。そして母である川本さんのまなざしは、そのような子供の欲求をしっかりと捉えているのだ。この歌は実景描写がしっかりとしているので、母と子の情景がくっきりと目に浮かんでくる。

実は川本さんと私は同学年であり、同じ年齢の子供がいる。そういう共通点があるせいか、この歌集にはまるで自分の気持ちを代弁されたかのようなドキリとさせられる歌もある。

・来ないでよ母さんだけが若くない お前に言われる日がきっと来る

時に子供は、それほど悪意があるわけでもないのに、相手にとってひどく酷なことを言ってしまう。教師である川本さんにはそれがよくわかっているのだろう。

歌集はほぼ編年順に作品が配列されているせいか、五年間の歳月の流れが無理なく読めるようになっている。Ⅱではご主人との出会いと結婚・妊娠生活の歳月が描かれ、Ⅲでは出産と育児の日々が歌われている。Ⅱの冒頭にはこのような歌がある。

・夏に会いし君は夏の人あおあおと朝顔のような耳開きいる

「夏の人」と歌われる青年は、青々とした朝顔のような耳を持っているのだという。朝顔のような耳という直喩が面白い。朝顔は、意外に奥行きが深いところがあるのだ。そしてその耳は次のようにも歌われている。

・初めての担任をした生徒よりあなたは若い わがままな耳

また、歌集のところどころに観察眼が鋭く、描写のゆきとどいた歌があり、印象的だった。川本さんの歌にはさまざまな魅力があるが、私は次にあげるような歌たちに特に味わい深さを覚えた。

・西洋の時計のみ置く骨董屋寺町通りのガラスの向こう

・胎児らはいつまで眠る米兵のその子が孫が眺めたあとも

・ペット屋の裏手のドブに捨てられる熱帯魚たち 日本で乾く

・髪を切る女と今日は饒舌なわれとが上下に顔置く鏡

・君のシャツ拾い上げてはたたみゆく今はひとりの妻である指

そして最後に少しさびしく、しかし美しく、一番印象にのこった一首をひく。

・みごもりの日は遠くなり黄金(きん)の雨身に降るような時も過ぎたり


多くの方々にこの『青い猫』を味わっていただけたらと思う。
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余計なお喋りは慎みたいが、そろそろ中年にさしかかってきた作者が、年下の夫君に、まだまだ「恋」を求めているように私は受け取ったが、いかがだろうか。
因みに作者は、夫君らと一緒に「Darts」という評論主体の同人誌を出している。
なお、2009年には第二歌集『日ざかり』を出しておられる。私が引いた歌群は、ここに載るものである。

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