FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201907<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201909
冬です/渡月橋に/雪が降り出すと/人通りが絶える。/竹林の中の ・・・・・・・・伊ケ崎淑彦
DSC01228雪の渡月橋

     京の四季・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊ケ崎淑彦

       冬です
       渡月橋に
       雪が降り出すと
       人通りが絶える。
       竹林の中の
       野宮神社は
       忘れられた辺境の地に変る。
       雪に誘われて
       鳥居本までくると
       雪が地面から降ってくる。
       北野念仏寺の
       五千体の石仏も
       雪だるまとなって遊んでいる。
       雪見酒と洒落ていると
       見えていた
       愛宕山もかくれて
       キンタマが縮んだ。

nomiya1野宮神社
 ↑ 野宮神社
071202_2化野念仏寺
 ↑化野念仏寺
sagano-toriimoto-kamimathi嵯峨鳥居本・上地区の民家
 ↑嵯峨鳥居本・上地区の民家

-----------------------------------------------------------------
この詩は、『滋賀・京都 詩歌紀行』(著者・日本詩歌句協会、発行・北溟社)に載るものである。
この詩はタイトル通り、京都の四季を、春、夏、秋、冬の順に描いたもので、今日は、その中から「冬」の部分を抄出した。
いずれ季節がめぐってきたら、他の部分も紹介する予定である。

渡月橋も、竹林も、野宮神社も、鳥居本も、化野念仏寺(詩の中で北野となっているのは「化野」の誤植であろう)も、愛宕山も、
いずれも京都市外の洛西と呼ばれる「嵯峨野」の一帯にあるものである。
この詩にあるように、いい季節には、この辺りには人出も多いが、渡月橋のある「嵐山」一帯を除いては、冬は閑散としている。
解説をしておくと、「渡月橋」は京福電車の終点「嵐山」駅から歩いて数分のところにあり、保津川の名前が「大堰川」(おおいがわ)と替ったばかりの川幅200メートルに架かる橋である。
嵐山側には「美空ひばり記念館」や土産物屋が軒を連ね、四季を通じて人通りが多い。「天竜寺」もすぐ近くにある。
「鳥居本」までは嵐山から歩いて行ける。更に足を伸ばすと「大覚寺」「大沢池」などがある。ここは昔、「嵯峨御所」があったところである。
渡月橋を渡った対岸には、俗に嵐山と呼ばれる「岩田山」が川岸に迫っている。
ここには餌付けされた一群の猿が棲んでいるが、先年、頭数が増えすぎて捕獲され、愛知県犬山の日本モンキーセンターに引き取られた。
この辺りを更にどんどん先へ進むと「桂」「物集女」(もずめ)という土地に至る。その奥に、いわゆる「洛西ニュータウン」という住宅地が広がる。
その西には桂川が流れ、有名な「桂離宮」がある。この桂川が京都市と「向日市」との境界になる。

この本には、私の歌も三首収録されているが、今日の一帯に因むものとしては

   虫しぐれ著(しる)く響かふ嵯峨の夜は指揮棒をふる野の仏はや・・・・・・・・・・木村草弥

が載っている。

「化野(あだしの)念仏寺」は嵯峨野にあり、無数の数の石仏、石塔が狭い境内に、ぎっしりと立っている。
ここは8月23日の地蔵盆のときには参拝者の供えるロウソクの炎がゆらゆら揺れて、さながら現世とは思えぬ幻想的な空間を現出する。
「愛宕山(あたごやま)」には火伏の神である「愛宕神社」が鎮座し、京の人々の「火の用心」の崇敬を集めている。
今でも「月参り」と称して、代表者が参詣と「お札」をもらいに月参する慣わしがある。
私の住む地域でも、以前は各町内で月参りを当番が務めていたが、険しい山道を登り降りするのは苦行であり、いくらか廃れて自治会の代表者が年に一回参ることに改められた。

コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2019 Powered By FC2ブログ allrights reserved.