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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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石野晶 『月のさなぎ』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

  石野晶 『月のさなぎ』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
       ・・・・・・・・新潮社2010/11/19刊・・・・・・・・・・・

      森の中の学園に隔離されて育った、性別のない子どもたち。
      年に一度の降誕祭を前に、男性としてふるまっていた上級生の薄荷は、
      外界から侵入してきた少年と恋に落ちた。
      森への逃避行、フラッシュバックする記憶、
      意思とはうらはらに変わっていく身体と心――。
      蝶になる前の一瞬を描ききる、はかない箱庭のミステリー。

新潮社の読書誌「」波 2010年12月号に載る書評を引いておく。
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       通過地点にたちどまって、月の祝福をうけること。      小谷真理

 ファンタジーの世界では、「月」はつねに存在感がある。太陽の輝く真昼の世界に対して、月は夜の世界を静かに照らす。太陽に照らされてなにもかもが明瞭に見える世界は、ものがはっきりと見えるが故に、現実的な世界と捉えられることが多い。それに対して、乳白色のおぼろげな光に照らされた夜の世界は幻想的であり、影多き世界は、ぼんやりとした夢や無意識と関わっているのでは、と思わせる。ファンタジーは、だからこそ、月と親和性が高い。
 本書は、その月をモチーフにした物語である。
 冒頭は、ミッション・スクールの寄宿舎か、と思うような風景から始まっている。主人公である生徒たちの描写からは、当初こそ少女的な印象を受けるけれど、それはいわゆる「女」のひな形である少女ではない。この世界では、最初から性別が決まっていない両性具有の子供たちが、一定の割合で生まれている。彼らは、体が弱く、通常の世界では生きられないがために、親元から引き離されて、周囲から隔絶された学園に送られてくる、という。この性の曖昧な、将来どちらに変化するかわからない子供たちは、「月童子」と呼ばれている。そして、独特の月信仰のもとで教育される。つまり、学園とは、現実的な世界からはなれた、月を崇める神秘的な世界なのである。
 性別が曖昧であったり、あるいは、「小麦」や「空」や「薄荷」という、日本らしからぬ名前がついていたりと、全体的には奇妙な学園小説という印象だが、物語が進むにつれて、違和感は解消される。それどころか、生徒たちの、どきりとするようなエロティックな魅力にひきこまれ、他のことなど、すっかりどうでもよくなってしまう。ただし、基本は、性別がない人々なのだ。エロティックといっても、ずっと観念的でナイーヴで透明感にあふれている。
 この雰囲気は、独特の美学をもつ日本の少女マンガや、異性愛的な作法から逸脱する吉屋信子やデューナ・バーンズの作品、あるいはヴァージニア・ウルフ『オーランドー』のモデルになった男装の麗人ヴィタ・サックヴィル=ウェストの面影に共通する、女性同士の――あるいは少女同士の――親密で清冽な愛情関係を思い起こさせるかもしれない。
 こんなふうに、生徒たちの視線がたえず強調されている一方、それ以外のことが希薄きわまりないことに驚かされた。授業も現実感をもたず、教師たちも影のよう。学園の外がどうなっているのか、一応は理屈がつけられているけれど、本当かどうかは、判断できない。外部の他者と遭遇し、学園を離脱しようとする生徒もいるが、そう努力すればするほど、学園が一種の閉鎖空間であるかのような展開になる。そのあげくわたしたちは、内部に閉じ込められている価値観が、外部のリアリスティックな世界を灰色にみせてしまうほど魅力的だ、という感性の倒錯に直面する。
 読んでいてふと、女性監督ルシール・アザリロヴィックが撮った映画『エコール』を思い出した。『エコール』もまた少女たちの学校生活を描いたもので、少女たちは棺に入れられて学校に運び込まれる。学園全体が「少女」という幼生体を注意深く飼育しているかのような展開なのだが、それは社会のために穢れなき少女を守り育てているというより、少女という文化を守っているように見える。成長した娘たちが無造作に外へ出されるようなラストには、胸を衝かれたものだった。
 ファンタジーの成長物語だったら、もちろん学園は成長過程の一プロセスで、通過地点にすぎないもの、と考えられよう。外の世界へ出て行くことこそが美徳である、という解釈が一般的だろう。
 ところが本書は、『エコール』同様、その通過地点こそ、かけがえのない異世界と見なす。それは、成長譚を自明とする男性神話から逸脱した世界として描かれている。だからこそ、月の女神に祝福された世界への思慕の情が、どこまでも美しく切なく心に残るのではないだろうか。   (こたに・まり 評論家)
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この本は第22回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した小説である。

上に引いた小谷真理の文章でも触れられているが、

<外に出たい――でも、大人になるのはこわい。

森の中の学園に隔離されて育った、性別のない子どもたち。年に一度の降誕祭を前に、男性としてふるまっていた上級生の薄荷は、外界から侵入してきた少年と恋に落ちた。森への逃避行、フラッシュバックする記憶、意思とはうらはらに変わっていく身体と心――。蝶になる前の一瞬を描ききる、はかない箱庭のミステリー。>

である。
大賞だけでなく「優秀賞」からも後に大きく成長する作家も多い。 

石野晶/イシノ・アキラ

1978年生まれ。岩手県立伊保内高校を卒業後、2007年に『パークチルドレン』(筆名:石野文香)で第8回小学館文庫小説賞を受賞。2010年、『月のさなぎ』で第22回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。好きな作家は恩田陸、京極夏彦、宮沢賢治など。岩手県九戸郡在住。

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