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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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芹をつみ来し妻の手が夜はにほふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・安住敦
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   芹をつみ来し妻の手が夜はにほふ・・・・・・・・・・・・安住敦

安住敦は明治40年東京芝生まれ。逓信省に勤め、富安風生が局長の縁で俳句を始めた。新興俳句に関心を深め「旗艦」に参加。
弾圧の時代、「多麻」を創刊、応召する。
昭和20年末、久保田万太郎を擁して「春燈」創刊、支え続けた。
昭和38年、二代目の主宰となる。
句集に『貧しき饗宴』『木馬集』『古暦』『市井暦日』『暦日抄』『午前午後』『柿の木坂雑唱』など。
俳人協会会長。蛇笏賞受賞。エッセイにも勝れる。昭和63年没。

↓ 私の好きな句を上げてみる。
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 くちすへばほほづきありぬあはれあはれ

 帯のあひだにはさんでありし辻うらよ

 相倚るやしんしんとして霧の底

 霧に擦りしマッチを白き手が囲む

 ふらんす映画の終末のごとき別れとつぶやく

 てんと虫一兵われの死なざりし──8月15日終戦──

 しぐるるや駅に西口東口

 春の蚊や職うしなひしことは言はず

 鳥渡る終生ひとにつかはれむ

 ランプ売るひとつランプを霧にともし

 留守に来て子に凧買つてくれしかな

 恋猫の身も世もあらず啼きにけり

 妻がゐて子がゐて孤独いわし雲

 涅槃図に束の間ありし夕日かな

 かいつむり何忘ぜむとして潜るや

 春昼や魔法の利かぬ魔法瓶

 蛇穴を出て日蝕に遭ひにけり

 鳥帰るいづこの空もさびしからむに

 散るさくら骨壷は子が持つものか──神保作縊死す──

 夜の書庫にユトリロ返す雪明り

 花明しわが死の際も誰がゐむ

 独活食つて得し独活の句は忘じたり

 枯菊焚いてゐるこの今が晩年か

 眼薬のおほかた頬に花の昼

 花菜漬愛に馴るるを怖るべし

 秋忽と癒えたるわれがそこに居ずや

 雪の降る町といふ唄ありし忘れたり

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4625400716.09安住本
ネット上に載る「斎藤百鬼の俳句閑日」という記事を引いておく。↓
引用されている句については、私の引いた句と重複するかも知れない。お許しを。
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安住敦句集(1)
2008年01月02日 | Weblog
年末、最後の注文品が大晦日に届いた。『安住敦句集』(昭和五十年刊、限定千部、五月書房)
淡い駱駝色のバクスキン装で、二重箱入り。これが千五百円だ。古書店の値付けの誤りは確実。新年のお年玉として有難く頂戴させてもらった。
元日に一気に読了。しんみりと味わった。
岡本松濱もいいが、こういう身辺俳句も捨てがたい。なんと気の多いことよ。

『毎日俳壇 俳句作法』(昭和五十六年刊)に安住敦はこう書いていた。
「わたくしはいつも日常身辺の句ばかりつくっている。それら日常身辺の句は、例えば毎日の日記をつけるようにと言いたいところだが、じつはその日記にもつけないような些細なことがらであることが多い。しかし、そうしたごく些細なことがらの中にも、俳句というものがあり得るとすれば、そういう俳句を大切にし、そういう俳句をつくりたいと思っている。わたくしはわたくしの分に応じた句をつくればいい。」

たなごころの中にしっくり納まる小ぶりなこの句集は、作者の意をおのずから呈していて好ましい。収められているのは、句集『古暦』から88句、『暦日抄』から102句、『午前午後』から110句。自選である。

好ましい句を択ぶ。『古暦』(自昭和二十、至昭和二十八)から。

  昭和二十年八月、対戦車自爆隊員として千葉県上総湊にあり
 蝉しぐれ子の誕生日なりしかな

  終戦
 てんと蟲一兵われの死なざりし

 雁啼くやひとつ机に兄いもと

 銀杏ちる兄が駈ければいもうとも

 母と子の何興ずるや花杏

  田園調布
 しぐるるや駅に西口東口

 また職を探さねばならず鳥ぐもり

 鳥渡る終生ひとにつかわれむ

 秋風や夕餉すませて子と町に

  電力不足
 らんぷ売るひとつらんぷを霧にともし

 降誕祭町に降る雪わが家にも

 かくれ逢ふことかさねたるショールなれ

  高橋鏡太郎
 留守に来て子に凧買つてくれしかな

 月見草夕月よりも濃くひらく

 秋の風箸おきて妻何を泣くや

 春の雁いまも焦土にことならず

 啄木忌いくたび職を替へてもや

 恋猫の身も世もあらず啼きにけり

 みごもりしことはまことか四月馬鹿

 ひとの恋知れども触れず啄木忌

 秋風のわが身ひとつの句なりけり

 雁ゆくや古き映画の二本立テ

 葱坊主あるひは蝶のあがりけり

 麦秋や書架にあまりし文庫本

  偶成
 秋風や鶏がそだてし家鴨の子

 獅子舞の笛のきこえてここへは来ず

 来し方に悔なき青を踏みにけり

 梅雨の犬で氏も素性もなかりけり

 拾ひ来しうつせみ卓におきしのみ

 世にも暑にも寡黙をもつて抗しけり

蛇足ながら、敦は戦後、万太郎を擁して『春燈』を立ち上げ、万太郎没後、主宰となる。
上掲は戦後の混乱期の苦難の時代の句である。(続く)

安住敦句集(2)
2008年01月03日 | Weblog
安住敦は季語については「偏食」であると告白している。こういうことを聞くと、初心はとても気が楽になる。
「わたくしの持っている季語は好みが偏っていてその数も極めて少ない。年代によって多少変っても来たようだが、例えば夏なら籐椅子、秋なら渡り鳥、冬なら枯菊、春なら啄木忌などというのがやたらと出てくる。全然手も触れることのない季語はざらにあって、言えば季語の偏食ということだが、考えてみれば季語はわたくしにとって、そのときどきの思いを託すためにあるので、何も歳時記の例句をつくっているのではないのだと、やや居直った気持でさえいる昨今である。」
たしかに籐椅子の句が多いのには驚いた。
「籐椅子はわたくしにとって来客用でなく、常にわたくしだけのためにある。わたくしは籐椅子に寄ってわが庭をながめる。・・・親しい者のあれこれを思い、来し方行く末を思ったりする。籐椅子でわたくしは社会を憤ったりしないことにしている。人生如何に生くべきかの思案も、籐椅子では少々重すぎる。」
そして、
 子を思ふ秋の籐椅子となりにけり
と、ぽつんと呟く。この作家の骨頂はこのあたりにあるのだろう。


『暦日抄』(自昭和29至昭和39)から選ばせていただく。

 春昼や魔法のきかぬ魔法壜

 花冷の妻を距てし襖かな

 雨の日は雨の雲雀のあがるなり

 ひとの愛うたがはずセル着たりけり

 手にとりて冬帽古りしこと嘆ず

 梅匂ふ夜や子の部屋に辞書借りに

 曇りぐせいつよりつきし辛夷かな

 啄木忌子に知らすべき貧ならず

 妻がため炭挽くことをせし日なし

 老残の恋猫として啼けるかな

  久保田先生、赤坂伝馬町に移る
 隠れ栖む路地の夜寒となりしかな

 梅咲けば父の忌散れば母の忌よ

 草萌やちちはは一つ墓に栖み

 子の書架に黒きは聖書鳥雲に

 白靴を踏まれしほどの一些事か

 居待月芙蓉はすでに眠りけり

 栄達に遠しはこべら道に咲き

 鳥帰るいづこの空もさびしからむに

 沖遠く白き船ゆく種痘かな

 何企む鬼灯市の片隅にて

 蕾あるかぎり朝顔咲きにけり

 凭れば軋む冬の籐椅子となりにけり

 鴎ひとつ舞ひゐて春の風邪心地

 籐椅子あり夕べはひとを想ふべし

 かかる日はひとりでゐたし鳥雲に

  久保田先生急逝
 こでまりの愁ふる雨となりにけり

 秋草のどれも頸長夢二の忌

 ある晴れた日につばくらめかへりけり

 木の実掌に生涯の運逸したりや

 四月馬鹿逢はねば嘘もなかりけり

 袷着て母より父を恋ふるかな

 亀鳴くや事と違ひし志

 身辺やなほ晩菊の匂ふあり

微熱をともなったロマンティシズムが透明感を持って漂いながれてくるようだ。

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