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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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風薫る春の昼過ぎいずかたへ向けて屠られにゆく豚の尻・・・・・・・・・・・・・・・・石田比呂志
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    風薫る春の昼過ぎいずかたへ
        向けて屠(ほふ)られにゆく豚の尻・・・・・・・・・・・・・・・・・石田比呂志


ネット上で時事ドットコムが ↓ のように報道した。

石田 比呂志氏(いしだ・ひろし=本名裕志=ひろし、歌人)2011年2月24日午後0時10分、脳内出血のため熊本市の病院で死去、80歳。福岡県出身。
自宅は熊本市東野1の2の22。葬儀は26日午前11時から同市健軍2の1の29の玉泉院健軍会館で。
喪主は歌人の阿木津英(あきつ・えい)さん。
 「牙」短歌会主宰。86年、短歌研究賞受賞。歌集に「邯鄲線」など。

石田は昭和5年、福岡県生まれ。旧制中学中退後、さまざまな職につきながら歌を作る。
時には同棲する女を糧としたり、スポンサー的な金持ちを見つけては取り入って金を貢がせてみたり、目的には手段を選ばないような面があると言われている。
神戸に住む私の友人の歌人A氏なども事業をしているので、彼に取り入られて食い物にされたと憤慨していた。
結社誌「牙」を主宰する。
わが身の、そういう苦労した人生に比べて、この頃は学歴があって、小細工の利く才能がある若者が、何の苦労もなく歌壇に登用されるのが、
気に食わないようである。しかし、時代は変わるものなのである。

この歌のように一種ひょうきんな歌を特色とする。以下、彼の歌を引く。
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<職業に貴賎あらず>と嘘を言うな耐え苦しみて吾は働く

遠くにて鳩群れ遊ぶ園が見え摑みたきまでに羞(やさ)し小世界

挫けざる一個の精神(こころ)ここに在りてあなたわやすき比喩を許さず

思想とはかくも無言に泥流に押し戻されているひとつ舟

あぱーとの窓に軽羅は飜えり酸ゆし小市民的幸福論は

その浮力奪われながらゆっくりと引き下ろさるる春の気球は

からからと風に釣瓶の鳴るからにかのふるさとのかの少年よ

ろくろ屋は轆轤を回し硝子屋は硝子いっしんに切りているなり

春香をふふめる風を孕むゆえろう琅玕(ろうかん)は鳴る竹の林に

楓(かえるで)のふふめる朱に落涙すゆきつくところ孤りの未来

鼻高き処女のひとりその鼻のゆえに障りになるときあらむ

大根の首切り落すはずみにて首斬り浅右衛門のことを思いぬ

のどかなる春の昼過ぎ生殖器さげたる犬が通るなどして

五十歳過ぎて結語をもたざれば夜の酒場に来たりて唄う

酒のみてひとりしがなく食うししゃも尻から食われて痛いかししゃも

くら闇に咲かす手花火指さきにしばし呟くごとくに爆ぜつ

一尺の悲しみのなし三尺の悲しみなどというもののなし

春宵の酒場にひとり酒啜る誰か来んかなあ誰あれも来るな

今年またわが門前の若ざくらひらくがあわれ天つひかりに

梅雨終る阿蘇五つ岳まれまれにその悲嘆なき全容が見ゆ

蟹の脚せせりながらに飲むお酒われは困った男かな

酒飲みのかつ人生の先輩として先に酔う ちょっと失礼
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ネット上に載る下記の記事の中に「石田比呂志」のことが書いてあるので引用する。石田の写真を探したが見つからない。
先に「気に食わない」と書いたのは、「穂村弘」などが、そうである。

    夏空の飛び込み台に立つひとの膝には永遠のカサブタありき        穂村 弘

穂村が初めて短歌と出逢ったのは、札幌の旭屋書店で偶然に手にとった『國文學』によってだという。その中に塚本邦雄の次の歌があった。「輸出用蘭花の束を空港へ空港へ乞食夫妻がはこび」穂村はこの歌に脳を直撃されるような衝撃を受けたという(『短歌』角川書店、2002年10月号)。当時、漠然と「言葉の呪的機能」について夢想を巡らしていた穂村は、言葉がその呪的機能によって世界を変えてしまうということが現実に存在することを知った。この原体験から穂村の短歌観は発している。評論集『短歌という爆弾』(小学館)の冒頭にある「絶望的に重くて堅い世界の扉をひらく鍵、あるいは呪文、いっそのこと扉ごと吹っ飛ばしてしまうような爆弾」としての短歌という発想は、この原体験の直接の申し子なのである。

 爆弾犯は下宿の四畳半に閉じこもり、なるべく隣人と顔を合わせないようにして、孤独に夜ごと爆弾製造にいそしむ。彼が通うのは近所のコンビニであり、そこで買うのは甘い菓子パンばかりである。エッセー集『世界音痴』(小学館)を読むと、このような爆弾犯のイメージと穂村の実生活は、あまりかけ離れてはいない、いやむしろピッタリすることがわかっておもしろい。勤め帰りにスーパーに寄って、割引シールの貼られたトロの刺身のパックを手にとり、「俺の人生はこれで全部なのか?」と叫ぶくだりは、涙なしには読むことができない。

 塚本邦雄の短歌に衝撃を受けて作歌を始めた穂村が作るのは、しかし次のような歌なのである。

 サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい

 ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

 「酔ってるの? あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」

 ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり

 最近の穂村は次のような歌まで作るようになった。『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(この歌集のタイトルからして相当なものだとおわかりだろう) から引用する。

 目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ ほんかくてき

 天才的手書き表札貼りつけてニンニク餃子を攻める夏の夜

 整形前夜ノーマ・ジーンが泣きながら兎の尻に挿すアスピリン

 巻き上げよ、この素晴らしきスパゲティ(キャバクラ嬢の休日風)を

 舌出したまま直滑降でゆくあれは不二家の冬のペコちゃん

 かくして山田富士郎のように、穂村を「短歌界のM君」と呼ぶ人まで現われるようになった(『現代短歌100人20首』邑書林に所収の「「歌壇」の変容について」)。M君とは、1988年から89年にかけて、猟奇的な幼児殺人事件を引き起こした宮崎勤のことである。山田が言いたいのは、幼児的全能感を肥大させたまま大人になり、社会化されなかった自我形成において、M君と穂村には共通する点があるということだろう。ずいぶんな言われようである。

 もっとすごいのもある。石田比呂志は、自分の作歌生活40年が穂村の歌集の出現によって抹殺されるかも知れぬという恐怖感を語り、「本当にそういうことになったとしたら、私はまっ先に東京は青山の茂吉墓前に駆けつけ、腹かっさばいて殉死するしかあるまい」と述べている(現代短歌『雁』21号)。今どき「腹かっさばいて殉死」とはすごい。つまりは石田は穂村の短歌を、「頭から」「完全に」否定しているのである。

 おもしろいのはこのエピソードを紹介しているのが穂村自身だという点だ。「一読してショックで頭の中が白くなった」とは書かれているものの(『現代短歌最前線 下』北溟社)、石田比呂志の激烈な批判に、穂村は反論しようとしない。むしろ自分の歌のなかに、いやおうなくはだかの自分が現われているということを、ややあきらめを込めて認めている。穂村のなかで何かが壊れていると感じるのは、このようなときである。

 とはいえ、『短歌はプロに聞け』(本の雑誌社)で、沢田康彦主宰のFAX短歌会「猫又」に投稿される素人短歌を添削する穂村の批評は冴えている。また、言葉がピシリと決まったときの穂村の短歌には、確かに本人が爆弾と呼ぶほどの起爆力があるのもまた事実なのである。

 ねむるピアノ弾きのために三連の金のペダルに如雨露で水を

 卵産む海亀の背に飛び乗って手榴弾のピン抜けば朝焼け

 限りなく音よ狂えと朝凪の光に音叉投げる七月

2003年7月21日

穂村弘のホームページ
 http://www.sweetswan.com/0521/syndicate.cgi
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もう一つ、別の記事を転載しておく。
先に私が書いたことにも関連するが、男でも女でも、石田の都合で利用できるものは「食い物」にするという「批判」の見本のような事実である。
なお、阿木津英さんは石田と別れて東京に出て、女流歌人として独立する。ひところウーマンリブの闘士と呼ばれた人である。
彼女は彼女なりに、石田を乗り越えて行った女人である。

『あすに生きる女たち』
 読売新聞朝刊1981(昭和56)年1月11日(日)

歌人 阿木津英(あきつえい)さん
本名、末永英美子。昭和25年、福岡県生まれ。九州大学文学部哲学科卒。地方出版社、児童相談所の心理判定員を経て、現在、塾の教師として生計を立てながら作歌。「未来」「牙」同人。54年短歌研究新人賞受賞。近年まれにみる大型新人と評されている。歌集「紫木蓮まで・風舌」。無頼派と呼ばれる歌人・石田比呂志さんと熊本市に住む。

「女の時代」は、誰かが開いてくれるのではない。女性たち自身が目を開いていくものだ。主婦であれ、働く女性であれ、娘であれ、ひとりひとりが「与えられた役割」によって生きるのでなく、自ら選び取った生を、いきいきと生きる。昨年、一昨年と各地の女性を毎週この欄で紹介してきたが、今年も「あすに生きる」女性たちに、自らを語ってもらおう。

唇をよせて言葉を放てども
わたしとあなたは
わたしとあなた

寒い日でした。父と石田(歌人・石田比呂志)が座敷で向かい合っている。1時間、2時間・・・夕方、わが家(福岡県行橋市)に呼びつけられた石田は、正座したまま黙っている父の前で、なすすべもなく耐えていた。夜半過ぎ、私はたまらなくなって、ふすまを開けて叫びました。「もういい加減にして下さい。私の気持ちは変わりませんから。かえしてください」。あとで、彼はしみじみ申していました。「あの瞬間、この子を裏切れないと思ったね」
20歳も年の違う、妻のある人と、いわゆる不倫の恋をしたのですもの、両親は泣きました。父なんか、オレより白髪があるじゃないかと、もうがっかりしてしまって。母はほとんどノイローゼ状態。24歳の秋に、歌と石田に同時に出会って、1月にはそういう関係になって、2月、3月は修羅。

蒼みゆくわれの乳房は
菜の花の黄の明るさと
相関をせり

4月に石田がこっち(熊本)に逃げてきて、5月に私が家出した。紙袋に身のまわりの品を詰めて。歌の仲間が見つけてくれた崩れかかった小さな家。貧しかった。毎日、100グラム50円のホルモンを400グラム、一人一合の焼酎を買い、飽きると一丁の豆腐を二人で分けて冷ややっこ。

鬱の日は花を買いきて
家妻と親しむなどの
発想憎し

自己表現したい気持ちはいつもあったのだけど、一般的な意味での短歌的抒情は好きでなかった。あるとき、母のもとに届いた封筒の裏に石田比呂志と風変わりな書体で書いた名前を見つけた。妙に印象的だった。それまで東京に出ていた彼が九州に戻って復刊したばかりの「牙」を見せてもらったら、母のやっている歌とはまるで違うのね。やってみようかと、ふと心が揺れた。でも、最初は本気じゃなかった。なぜ五七調なのか、なぜ文語なのか、やたら理屈を並べて抵抗して、全く破調の歌を作っていた。そんなとき、一首に出会ったのです。「赤茄子の腐れていたるところより幾程もなき歩みなりけり」----斉藤茂吉の作です。体が震えた。歌の空間が見えたっていうのかな、言葉で何かを伝えるのじゃなくて、歌が物体として見えた気がした。

花柄の
傘をかざしてゆくわれに
粘着をするごときよろこび

昨秋、初めての歌集「紫木蓮まで・風舌」を出版。解説をお願いした歌人・田井安曇さんが、この歌をオルガスムスに関連させて読むべきだと書いて下さった。作者である私は、ああそうなのかと、うなずくだけ。性を直截に歌うとか、食道派とか、いわれますが、私は特別に意識していない。ただ性にこだわっていることは事実でしょうね。

厨べに
烏賊の嘴ぬきにつつ
阿部定などのことも過ぎりぬ

与謝野晶子も中城ふみ子も、勇気ある女人はずいぶん、自らの性を歌ってきた。でも私は生意気みたいだけど、女歌をうたいたくない。恋とか愛とか、ぬれた感情をかぶせたくない。男と女がいて、そこに性がある。物理的な次元で見つめていきたい。
女であることにずっとひっかかってきた。大学卒業までは、勉強さえできれば平等だったけど、就職のときにイヤというほど壁にぶつかった。ようやく探し当てた地方の出版社では、お茶くみ、雑用。私、お茶くみがどうしてもできませんでした。ストレスのため、夏の最中、生理が2ヶ月も止まらなくなった。女の置かれている状況を、まさに女の体を通して突きつけられたのね。8ヶ月で挫折。
その後、公務員試験を受けて、児童相談所で働いたのだけど、このままいけば、結婚して子供を産むというルートに乗せられてしまう。逃れなければと焦っていた。石田との恋愛のエネルギーで、普通の生き方を捨て切ったというのかな、全く違う、しかし自分の心にかなった生き方を選べた。
女はもっと否といわねばならないと思う。「触れ合ひて音たつしじみの汁すひて涙をおとす結婚はいや」これは「高嶺」の同人・渡辺貞枝さんの作なんですが、「結婚はいや」と、すっぱり言い切っている点がいいでしょう。「鳥篭に男を返してほうやれほ」。どこで見つけたのか、私のノートに書き写してあった俳句。「ほうやれほ」にとても上質のユーモアがある。ニタリと笑った女の顔が出ている。かわいていますね、俳句だから。
私もはっきり、ものを言っていきたい。自分の心にかなうかどうか、これは好き、これはイヤだと。男の視野に包含されるのではなく、男に対立する視点を持ち、刻一刻と生成し、変貌する”わたし”をうたい止めていきたい。うたうことによって変貌をとげたい。



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