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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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梅の花夢に語らく風流びたる花と我思ふ酒に浮べこそ・・・・・万葉集
ume3白梅

梅の花夢(いめ)に語らく風流(みや)びたる
 花と我(あれ)思(も)ふ酒に浮べこそ・・・・・・よみ人しらず


梅が満開の季節となったので、ひきつづいて「梅」の花を採り上げる。
この歌は万葉集巻5、歌番号853に載るものである。
作者を大伴旅人、その妹の坂上郎女などと推定する諸説があるようである。
旅人説が妥当だと言われるが、万葉集では未詳としているのでそれに従う。
「読み方」はカッコ内に書いたように、夢=いめ、などと訓(よ)む。
それは、ご存じのように万葉集の「原文」は漢字のみで表記されているからだ。
原文は、こうである。
烏梅能波奈 伊米尓加多良久 美也備多流 波奈等阿例母布 左気尓于可倍許曽

大伴旅人は九州大宰府に長官として赴任中の天平2年正月、管下の下僚31人を自邸に集めて邸内の梅園で梅見の宴会を開き、一人づつ順に梅花を讃える歌を詠ませた。
中国趣味に傾倒していた彼は、こうして日本における風流な文雅の宴の先例を作ったのである。
さて、この歌は、後日それらの歌に唱和するつもりで何者かが作ったとされるもの。
<梅の花が夢に出てきてこう言ったというのだ、「私は風流(みやび)な花でしょう、ですから、どうか酒に浮かべて下さいね」>
という訳である。
なお、蛇足だが「大伴家持」は旅人の息子である。

以下、大伴旅人の歌を少し引いておく。 歌の頭の数字は万葉集の「歌番号」

0316: 昔見し象の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも

0331: 我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ

0332: 我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため

0333: 浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも

0334: 忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため

0335: 我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にありこそ

0338: 験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし

0811: 言とはぬ木にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし

0822: 我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも

0849: 残りたる雪に交れる梅の花早くな散りそ雪は消ぬとも

0850: 雪の色を奪ひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも

1473: 橘の花散る里の霍公鳥片恋しつつ鳴く日しぞ多き

1541: 我が岡にさを鹿来鳴く初萩の花妻どひに来鳴くさを鹿

1542: 我が岡の秋萩の花風をいたみ散るべくなりぬ見む人もがも

1639: 沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも

1640: 我が岡に盛りに咲ける梅の花残れる雪をまがへつるかも


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