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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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たとえばと言ってみて/ふとと言ってみてそのあとに/それからいったいどうするのか/電車の窓外では一面の菜の花・・・・・・・・・谷川俊太郎
yun_2518菜の花

      ルフラン・・・・・・・・・・谷川俊太郎

 いくらか誇張されいくらか
 縁飾りをつけられていたけれど
 その物語はとても本当の人生に似ていて
 だがそれを読み終えたあとも
 自分の暮らしは続いていることに
 気づかないわけにはいかない
 電車の窓外では街並が切れ一面の菜の花

 たとえば<たとえば>と言ってみて
 ふと<ふと>と言ってみてそのあとに
 生きることのこまやかな味わいのあれこれを
 目録のように並べたてても矛盾は解けない
 束の間の慰めなら一杯の紅茶でも事足りる
 それからいったいどうするのか
 電車の窓外では街並が切れ一面の菜の花

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この詩は谷川俊太郎の詩集『日々の地図』の中の「ルフラン」という題の詩である。
この詩集で彼は読売文学賞を受賞した。1982年集英社刊。

谷川俊太郎は現代詩の作家としてピカ一の存在である。詩人というと、殆どの人が、大学教授であったりするが、彼は、そういう本業を持たない。
だから、詩を書いて詩集を出して読者に買ってもらい、「マザーグース」などの翻訳をして本を出したり、朗読会を開いてみたりして稼いでいる。
だからお金持ちではない。いつも自転車を愛用し、インタビューには近くの喫茶店を指定して、そこには自転車で現れる、という風である。

私は谷川の詩が好きで『谷川俊太郎詩集正・続』をはじめ『コカコーラ・レッスン』『定義』『よしなしうた』など殆どの詩集は持っているが、
今回こうして「季節の詩」として採りあげようとすると、彼の詩には、自然とか日本の四季というような風土を詠った作品が殆どない、のに気づいて愕然とした。
考えてみれば、それも当然かも知れない。彼は現代詩作家なのであり、日本伝統の「花鳥諷詠」というようなものからは、遠い存在だからである。
「詩人」というのは、「言葉を操る」人である。自然や季節を題材にしている訳ではない、からである。
あちこち探しまわって、結局、掲出のような詩を選んだ。
これは谷川の責任ではない。私のBLOGの企画に向かなかったというだけのことで、季節を問わなければ、佳い詩は一杯あるのである。

この詩は「ルフラン」と題されるように「電車の窓外では街並が切れ一面の菜の花」というフレーズの繰り返し(ルフラン)が生きている。
また、たとえば<たとえば>や、ふと<ふと>、という言葉の繰り返しも、ルフランとして効果的である。
この「ルフラン」の意味は、いま私が書いたことの他に、この詩全体が言おうとしている、
人生そのものが繰り返しである、という比喩になっているのである。

谷川俊太郎には、一度だけ会ったことがある。もう数年前に短歌結社「塔」が発足何十周年かの企画で、有料のシンポジュウムがあり、大岡信と永田和宏との三人が鼎談をするというもの。この席でも、谷川は、短歌的な世界に批判的な発言をしていたのを思い出す。
彼の父は谷川徹三で、高名な学者であり、文学者とも親交があったので、俊太郎の作家デビューも、父が詩作ノートをひそかに三好達治に見せて、
その才能を発見されたことによる。デビュー作『二十億光年の孤独』には巻頭に三好達治の推薦の長い詩が載せられている。
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フジテレビ系列のアニメTV『鉄腕アトム』の主題歌の作詞家は谷川俊太郎、作曲家は高井達雄、とある。
このテレビアニメは有名だったから、巷に流れていたので、もちろん私は知っていたが、仕事に、しこしこと励む壮年期だったから、このTVアニメはみたこともない。
歳の差、年代の違いを実感させられるが、いずれにしても、俊太郎の偉大さは、こういう大衆に愛されるマスコミの世界にも、彼の足跡が大きく残っている、ということである。
彼は現代詩詩人として、玄人受けする作品を作ると共に、広く大衆にも受け入れられる詩作品も、気軽に作詞できる、という柔軟さを備えている。
だから、私は谷川俊太郎は、ピカ一の詩人だという所以である。谷川俊太郎ブラボー!!!。
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shuntaro谷川俊太郎

ネット上に載る記事を転載しておく。

谷川俊太郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、男性、1931年12月15日 ~ )は、詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。哲学者で法政大学学長の谷川徹三を父として東京都に生まれ育つ。 東京都立豊多摩高等学校卒。

詩集
1950年 三好達治の紹介によって『文学界』に「ネロ他五編」掲載。
1952年 処女詩集『二十億光年の孤独』刊行。
1962年「月火水木金土日の歌」でレコード大賞作詞賞受賞。
1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞受賞。
高校時代、国語や英語などの教科は優秀な成績であったが、集団行動に違和感を持ち学校から脱走、以後進学の意志を持たなかった。

よく知られる代表作の一つであり、日本の中学校国語の教科書でも取り上げられる『朝のリレー』はネスレのCMに、日本生命のCMにはオリジナルの詩『愛する人のために』が使われるなど、わかりやすい言葉で、日常を新鮮な視点で切り取る感性は世間に高く評価され、小学校の教科書に採用される詩も多い。が、その一方で『なんでもおまんこ』、『へのへのもへじ』(いずみたく作曲で『みんなのうた』の曲として流される)などユニークな詩も作っている。また、彼の詩の春にや二十億光年の孤独にメロディーをつけた曲は、合唱コンクールなどで多く使われている。ちなみに、『ピーナッツ』の翻訳は、日本の『ピーナッツ』ファンに高く評価されている。

三度結婚していて、岸田衿子と佐野洋子は元妻。音楽家の谷川賢作は息子。

詩集
二十億光年の孤独(東京創元社、1952年)
六十二のソネット(東京創元社、1953年)
愛について(東京創元社、1955年)
あなたに(東京創元社、1960年)
落首九十九(朝日新聞社、1964年)
旅(求龍堂、1968年)
うつむく青年(山梨シルクセンター出版部、1971年)
ことばあそびうた(福音館書店、1973年)
空に小鳥がいなくなった日(サンリオ、1974年)
夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった(青土社、1975年)
定義(思潮社、1975年)
そのほかに(集英社、1979年)
コカコーラ・レッスン(思潮社、1980年)
わらべうた(集英社、1981年)
みみをすます(福音館書店、1982年)
日本語のカタログ(思潮社、1984年)
よしなしうた(青土社、1985年)
どきん(理論社、1986年)
はだか(筑摩書房、1988年)
魂のいちばんおいしいところ(サンリオ、1990年)
女に(マガジンハウス、1991年)
これが私の優しさです(集英社、1993年)
十八歳(東京書籍、1993年)
世間知ラズ(思潮社、1993年)
詩めくり(マドラ出版、1994年)
モーツァルトを聴く人(小学館、1995年)
やさしさは愛じゃない(幻冬舎、1996年)(写真 荒木経惟)
minimal(思潮社、2002年)
夜のミッキー・マウス(新潮社、2003年)
シャガールと木の葉(集英社、2005年)

絵本
けんはへっちゃら
こっぷ
わたし
これはのみのぴこ
まり
よるのようちえん
えをかく
いっぽんの鉛筆のむこうに
もこもこもこ
んぐまーま

対談集
谷川俊太郎の33の質問
対談現代詩入門(大岡信との共著)

翻訳
チャールズ・M・シュルツ『SNOOPY』(『ピーナッツ』)
『マザー・グース』
『かみさまへのてがみ』
スージー・ベッカー『大事なことはみーんな猫に教わった』
レオ・レオニ『スイミー』

作詞
ひとくいどじんのサムサム(童謡)
鉄腕アトム(アニメ主題歌)
危いことなら銭になる(映画主題歌)
死んだ男の残したものは(作曲/武満徹)
世界の約束(作曲/木村弓・映画「ハウルの動く城」主題歌)
六花亭の歌(作曲/林光・六花亭社歌)
同志社小学校校歌(作曲/大中恩)
東京都東村山市久米川東小学校校歌(作曲/武満徹)
大阪府豊中市立第十五中学校校歌(作曲/湯浅譲二)
春に(詩として発表した後、木下牧子が作曲)
未来(詩として発表した後、高嶋みどりが作曲)
埼玉県上尾市立南中学校校歌(作曲/林光)
山形県立山形東高等学校新応援歌「みなぎる力」(作曲/服部公一)
山形県立北村山高等学校校歌(作曲/村川千秋)
新潟県立高田北城高等学校校歌
富山県立高岡南高等学校校歌(作曲/中田喜直)
静岡県立静岡東高等学校校歌(作曲/林光)
埼玉県立和光国際高等学校校歌(作曲/谷川賢作)
城西国際大学学歌(作曲/谷川賢作)
北海道札幌開成高等学校校歌(作曲/宍戸睦郎)
大阪芸術大学校歌(作曲/諸井誠)
三重県立みえ夢学園高等学校校歌(作曲/小室等)
三重県立四日市南高等学校校歌(作曲/武満徹)
福山市立福山中・高等学校校歌(作曲/林光)
土浦日本大学中等教育学校校歌(作曲/湯浅譲二)
北星学園大学学歌(作曲/谷川賢作)
東京都田無市立西原小学校校歌(作曲/牛腸征司)
神奈川県相模原市立若草中学校校歌(作曲/谷川賢作)
徳島県立海部高等学校校歌(作曲/小室等)
愛知県常滑市立南陵中学校校歌(作曲/湯浅譲二)
愛知県立常滑高等学校(新設)校歌(作曲/谷川賢作)
岐阜市立長森南中学校校歌(作曲/谷川賢作)
東京都荒川区立汐入小学校校歌(作曲/林光)

関連書籍
写真集『少女アリス』(写真 沢渡朔)谷川俊太郎と瀧口修造の詩がおさめられている。

関連人物
河合隼雄
小室等(谷川と歌を共作)
武満徹
寺山修司
大岡信
長谷川龍生
大江健三郎
高石ともや
小林彰太郎(30年間の隣人で幼馴染だった。今も良き友人という。)
楠かつのり
佐野洋子(3番目の妻・離婚)
中島みゆき(大学の卒業論文で谷川について執筆するなど、影響を受けている。)
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上の記事中にある元・妻であった岸田衿子が、つい最近お亡くなりになった。
その死亡記事で、初めて知ったのだが、、詩人の田村隆一とも結婚しておられたとか。
彼のことも何度も記事にしたことがあるが、うかつにも私は知らなかった。
岸田衿子さんも、奔放なところが大いにおありになったのだなと感心した。
芸術家は、かくあらねばならない。
 


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