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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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愛咬やはるかはるかにさくら散る・・・・・・・・・・・・時実新子
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     愛咬やはるかはるかにさくら散る・・・・・・・・・・・・時実新子

時実新子は1929年岡山市生れの「川柳」作家である。2007年3月10日肺がんのため78歳で死去した。
句集に『時実新子一萬句集』『有夫恋』などがある。
 人気川柳作家でエッセイストでもあった時実新子(ときざね・しんこ、本名・大野恵美子=おおの・えみこ)だが喪主は夫で川柳研究家の曽我六郎だという。
死去したときの毎日新聞によると、以下のように書かれている。
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 55年ごろから川柳を作り始め、63年、初めての句集「新子」を出した。75年、個人季刊誌「川柳展望」を創刊。初期の「子を寝かせやっと私の私なり」といった母親らしい“台所川柳”から、やがて「ヘアピンで殺す男を視野に置く」など男女の愛憎や人生の悲哀を詠み込む作風に変化し、川柳界の与謝野晶子とも呼ばれた。

 2歳年下の曽我さんと再婚した87年の句集「有夫恋(ゆうふれん)」がベストセラーに。91年から2年間、毎日新聞夕刊(大阪本社発行)の川柳選者を務めた。95年、阪神大震災の被災体験を共有しようと、曽我さんとともに震災川柳を募った。96年には月刊「川柳大学」を創刊。川柳研究に貢献した。
また「川柳新子座」なるものを主宰して、広く一般から川柳を募集して「アサヒグラフ」という写真画報に発表し、まとまると一冊の本にして朝日新聞社から出版されている。

 ◇愛好家の裾野広げ
 川柳に造詣が深い作家の田辺聖子さんの話 
<川柳といえば、俳句、短歌に比べて一段下に見られる傾向があったが、「新子川柳」の登場は文学に携わる者に衝撃をもたらした。日常の俗事をふまえながら、花鳥風月を超えたインテリジェンス(知性)を感じさせ、川柳界に新しい道を切り開いた。若い女性をはじめ川柳の愛好家の裾野を広げたのも新子さんの大きな功績だろう。>
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sinko時実新子

掲出した句に戻る。この句の「なまめかしさ」は、どうだろう。
「愛咬」とは成熟した男女の情事での秘戯である。
この句は、一萬句集のなかでも後の方の「除籍入籍」1981~87という、作者50歳を過ぎてからの年代の頃の作品である。
情事の床で、いろいろのテクニックを駆使しての成熟したカップルの、もつれ合う姿が脳裏に浮かんでくる。
時しも、桜の季節──しかも「はるかはるかに桜ちる」というお膳立ても出来上がっている。
愛は「はかないもの」で、はるかはるかに散る桜のように、愛の熱情も、いつか色あせ、移ろってゆく。
そういう愛の「哀しみ」を、状況設定も見事に芸術作品に仕立て上げた、お見事!!。
作者の万を越す作品のなかでも、ピカ一に光る秀作である。

私は、時実新子という人を詳しくは知らない。しかし、書かれたものを見ると、17歳で結婚して、夫と死別して、再婚してという愛の遍歴を過ごされたらしい。
この人の川柳の師匠は川上三太郎で、処女句集『新子』の序文の中で、

<新子は女性であるから何よりも先ず女性の手に成った句を書くように仕向けた>

という。
川柳人口のほとんどが男性であった昭和30年頃、他の男性作家と同じような句を書いていた新子に、三太郎が与えた啓示であった。

以下、結婚当初から年代を追って、作品を抽出する。

★背信の汽車 1955~60

 十七の花嫁なりし有夫恋
 背信の汽車なら走れ有夫恋
 逆光線即ち三十歳の乳房
 紅(べに)引くと生きてゆく気がする不思議
 凶暴な愛が欲しいの煙突よ

★問わぬ愛 1966~70

 一月に生きて金魚の可能性
 二ン月の裏に来ていた影法師
 三月の風石に舞うめくるめき
 四月散り敷いて企み夜になる
 美しい五月正当化す別離
 六月の雨まっさきに犬に降る
 七月に透ける血脈陽を怖れ
 八月の蝉からからと完(おわ)りける
 脈うつは九月の肌にして多恨
 十月の藍の晴着に享く光
 あくまでも白し十一月の喉(のんど)かな
 極月のてのひらなれば萼(うてな)です

★女のくらがり 1971~75

 まだ咲いているのか夾竹桃のバカ
 恋は終わったがこの乳臭きこのいのち
 つきつめてゆくと愛かなてんと虫

★有夫恋 1976~80

 すかんぽのぽかんと今があるばかり
 菜の花の風はつめたし有夫恋
 菜の花菜の花疲れてしまうコトバたち

★除籍入籍 1981~87

 五十を過ぎて天神さまの細道じゃ
 死のような快楽(けらく)覚えし洗い髪
 除籍入籍 椿ぽたぽた落ちる中
 れんげ菜の花この世の旅もあとすこし
 愛はもう問わず重ねたパンを切る
 新しい男しばらく鹿の艶(つや)

★想夫恋

 草の露ゆうべ抱かれし足運び
 待っていると椿は落ちずくもり空
 二人で歩くちょいとそこまで地の果てまで
 王道や女ながらも志
 かきつばた今淡々と人が好き
 青いみかんは私よりも好色だ
 さみしさに似た歓喜ありけしの花
 仰向けになって研師に身を任す

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たくさんの句を引用したが、「十七の花嫁なりしーー」の若い時の句から、老年にさしかかった頃の句への変化を見てもらいたい。
いずれにしても、この作者は「恋多き」性情の女性であるから、「五十を過ぎて天神さまの細道じゃ」の句のように、わらべ歌のつづきに唄われるように「往きはよいよい、帰りは怖い」と知りながら、恋に身を焦がした作者なのである。

私は掲出した句を取り込んで「妻の手」という詩を作り、2008年出版した詩集『免疫系』(角川書店刊)に載せた。
また昨年出した詩集『愛の寓意』(角川書店刊)にも、この句を元にした詩「落花譜」を載せた。
リンクに貼ってあるのでアクセスされたい。


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