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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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そのかみの貴公子といふ未央柳黄なる雄蕊は梅雨を明るうす・・・・・・・・・・・木村草弥
FI249257_2E未央柳

     そのかみの貴公子といふ未央柳(びやうやなぎ)
        黄なる雄蕊は梅雨を明るうす・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店刊)に載るもので、「未央柳」は昔は「貴公子」として珍重されたらしいが、その由来を私は知らない。
「未央柳」は、この長い雄しべが特徴の潅木で園芸種としても栽培され、ウォーキングの途中などでときたまお目にかかるようになった。
小さな鉢植えに、この黄色い長まつげのような花が咲いているのを見ると、何だか健気に咲いているなあ、と一寸した感動ものである。

図鑑によるとオトギリソウ科の半落葉低木で高さ60センチから1メートル。原産地は中国で江戸時代に渡来したという。
株立状で多く枝分れし、葉は対に出てカワヤナギに似ている。
鑑賞用花木として庭に植えられるが、最近は公園や緑地帯に群植されるという。公害にも強いのだろうか。
その美しさから「美容柳」「美女柳」「金糸桃」などとも呼ばれるらしい。

私の歌にある「そのかみの貴公子」と呼ばれるに至る謂れについては私は知らない。
この花には、以下のような中国の文芸があるのを紹介しておこう。

玄宗皇帝が3000人の美女を見限り、ただ一人愛した楊貴妃との悲恋を詠んだ、白楽天の「長恨歌」の一節に次のような詩がある。

 帰り来たれば 池苑(ちえん)みな旧に依る
 太液(たいえき)の芙蓉 未央(びおう)の柳
 芙蓉は面(かお)の如く 柳は眉の如く
 此に対して 如何にぞ涙垂れざらん

「安禄山の乱」の後に、楊貴妃とともに過ごした長安の宮殿(未央宮)を訪ねた玄宗皇帝は、太液の池の芙蓉(蓮の花のこと)も宮殿の柳も、楊貴妃がいない以外は昔のままで、池の蓮の花は楊貴妃の顔に見えて、柳は楊貴妃の細く美しい眉に見えて、涙が止まらなかった、という意味である。

以下、歳時記に載る句を引くが数は多くはない。

 水辺の未央柳は揺れ易し・・・・・・・・・・・・清崎敏郎

 そのかみの貴公子なりき未央柳・・・・・・・・・・・・中西舗士

 未央柳咲き金色に婚ののし・・・・・・・・・・・・嶋田麻紀

 古語糺す未央柳の黄なる夜に・・・・・・・・・・・・高木石子

 ひとりゐて未央柳の雨ふかし・・・・・・・・・・・・上野好子

 降りぐせの風の重さよ未央柳・・・・・・・・・・・・横田さだ子

 傘ひらく未央柳の明るさに・・・・・・・・・・・・浜田菊代
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マグ氏の話によると、この花木は、とても強い木で、一度植えるとどんどん大きくなるらしい。
私の歌には詠ったものの、私の方の庭には、この木はない。
雨模様の鬱陶しい梅雨の時期に黄色の花が咲く様は、まさに「梅雨を明るうす」るにふさわしい。
特に、写真のように「雄蕊」が黄色くて、長いのが印象的である。

掲出の歌をはじめ、ここに引用した私の歌群は、残念ながら『嬬恋』自選60首には全部は収録していないので、Web上では、ご覧いただけない。
そこで、この歌を含む一連その他を下記してみたい。

  解語の花・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

梅雨空にくれなゐ燃ゆる花ありて風が点せる石榴(ざくろ)と知りぬ

そのかみの貴公子といふ未央柳(びやうやなぎ)黄なる雄蕊は梅雨を明るうす

おんばこの穂を引抜きて草角力(すまふ)したるもむかし夕露しとど

目つむれば菜の花の向うゆらゆらと揺れて母来るかぎろひの野を

桧扇を活くる慣ひはいつよりか一期一会の祇園会となる

玄宗が楊妃を愛でし言の葉に因める「解語の花写真家倶楽部」

「解語の花写真家倶楽部会長」の秋山庄太郎きのふ逝きたり

4首目の歌は「自選」60首に収録してある。
この小項目の見出し「解語の花」というのは、唐の皇帝・玄宗が愛妾・楊貴妃のことを、「言葉を解する花」と言って愛玩したという故事に因む。
秋山庄太郎は「女性専科」の写真家と呼ばれた時期があり、女性を専門的に撮る「解語の花写真家倶楽部」というのが実在したのである。
私は写真は下手だが、写真集は好きで集めていたので、この歌になった。
私にとっては一時期を思い出させる、懐かしい歌群である。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

裸木の蕭条と立つ冬の木よわれは知るなり夏木の蒼を

<老梅いつぽんあるゆゑ家を捨てられず>我には捨てし老梅がある

うすべにのゆく手に咲ける夕ざくら父なる我の淡きものがたり

石ひとつ投げし谺がかへりくる花の奈落の中に坐れば

洗礼名マリアなる墓多ければ燭ともす聖母の花アマリリス

月下美人たまゆらの香を漂はす明日ありや花 明日ありや花

わが妻は函館育ち海峡を越えて蝦夷桜の初花待たむ

父母ありし日々にからめる縷紅草(るこうさう)ひともと残る崩垣(くえがき)の辺に

縷紅草みれば過ぎ来し半生にからむ情(こころ)の傷つきやすく

雷鳴の一夜のあとの紅蜀葵(こうしょくき)まぬがれがたく病む人のあり

このひとと逢瀬のごとき夜がありただにひそけき睡りを欲りす

上から3、4首目の歌は「自選」60首の中に収録してある。
終りから3、4首目の「ルコウソウ」の歌については、2003年秋の「出版記念会」で、光本恵子氏が、この歌と私の生い立ちに触れて佳い批評をしていただいた。
この「批評」はWeb上の『嬬恋』のページの「出版記念会」のところで読むことが出来る。これらの歌群も、私の中では愛着のあるものばかりである。
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掲出した写真は、文中でも触れたがDoblogで親しくしていただいたマグ氏のもので、マグ氏は2006年夏に亡くなられた。
ご冥福をお祈りしたい。



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