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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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落下傘兵など知らぬ 風船売・・・・・・・・伊丹三樹彦
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  落下傘兵など知らぬ 風船売・・・・・・・・・・・伊丹三樹彦


先ず、伊丹三樹彦のプロフィールを書いておこう。

伊丹三樹彦(いたみ・みきひこ)
本名岩田秀雄。大正9年3月5日、兵庫県伊丹市生まれ。
昭和8年、13歳にて長谷川かな女「水明」入門。昭和12年「旗艦」(日野草城主宰)に拠る。昭和21年、小寺正三、桂信子、楠本憲吉、伊東きみ子等と同人誌「まるめろ」創刊。昭和24年「青玄」(日野草城主宰)創刊に参画。昭和31年日野草城没後、同人会決議により主宰継承。昭和44年ヨーロッパ吟旅。帰国後、写俳運動を興し、別号、写俳亭を名乗る。「青玄」に双樹の会(写俳クラブ)を設け、代表となる。
個展、合同展を東西に亘って開催す。写俳の取材活動は国内、海外40カ国に及ぶ。
現代俳句協会副会長。

 著書
句集「仏恋」「内外」他。全21冊。
写俳集「隣人ASIAN」「メコン沃地」他。全9冊。
「伊丹三樹彦全句集」「伊丹三樹彦全叢」(既刊7刊)「自解100句選」「自筆百句選」 編著
「青玄合同句集」他20冊。
 受賞
昭和43年尼崎市民芸術賞。昭和45年神戸半どんの会文化功労賞。
昭和55年兵庫県文化賞。平成6年地域文化功労者文部大臣表彰。
平成11年神戸市文化賞。平成15年度「現代俳句大賞」を受賞。
掲出句は、写俳集ⅩⅡ『日本春景』に載るものである。
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十七音に託す意気衰えず 伊丹三樹彦さんが句集「一気」
 神戸新聞 2006/03/10 掲載記事
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 呼吸を一つするように俳句を生み出す。何という生命力、躍動感、自然体だろうか。第21冊を数える俳人伊丹三樹彦さんの句集タイトルは「一気」。昨夏病に倒れ、主宰誌「青玄」も終刊としたが、「乗ってきたら俳句はいくらでも出てくる」という。大きな試練を乗り越えた86歳の句境とは―。尼崎市内の自宅近く、行きつけの喫茶店の“指定席”で話を聞いた。
(聞き手・平松正子)
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生命、俳句と闘う日々・・・・・・・・第21句集『一気』(角川書店刊・2500円)

「70歳代後半の仕事を集大成した。同世代に共感してもらえれば」と話す伊丹さん。
 本集には一九九六―二〇〇〇年、七十歳代後半の作をまとめた。このところ写俳集出版にかまけており、純粋の俳句集は「内外」以来七年ぶり。「一気」と題したように、最近は一夜吟や一朝吟の数が増えた。芯(しん)から俳人となってきたのか、言葉が自然に十七音で出てくる。病後は写真も撮れなくなり、俳句オンリーの日々だ。

二十歳前後が俳人の第一盛期とすれば、五十―七十歳代は第三盛期。前者の武器が若さならば、後者には経験がある。私の場合、国内外を巡っての見聞が精神財産となっている。八十歳代後半のこれからは、否応(いやおう)なく生きること・死ぬことが最大のテーマ。毎日が生命と俳句との戦いだろう。

松尾芭蕉、正岡子規、そして師・日野草城…。私からみれば皆、ずっと若年で亡くなった。彼らが作れなかった八十歳代の俳句を自分が作ってやろう、という気負いはある。また昨年来、鈴木六林男や小川双々子、津根元潮ら、新興俳句の仲間が相次いで逝き、孤塁を守る形にもなった。

今では一般的な無季・現代語による句作も、保守的な俳壇では長く孤独な闘いだった。まさに〈逆風六十年〉の句に詠んだ通り。だが芸術のありがたさは、その時々でよくも悪くも評価が変わること。あきらめず長く続けることだ。

第21句集「一気」
最近は難解俳句や曖昧(あいまい)俳句のような、分かりづらいものが流行している。それも時代の好みだろうが、私は作りたくない。だれの心にもすうっと入ってゆく生活俳句、人生俳句をこそ詠みたい。必ず見直される日が来ると信じる。

「青玄」の初期は若い人が圧倒的で、青春俳句が歌い文句だった。だが当時二十歳の青年も今や七十歳。老齢化は否めない。私自身もまさかの病を得、迷った末にこの一月号をもって終刊とした。しかし今まで寄ってくれた人の作品発表の場は今後考えねばなるまい。(談)
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紹介記事が先になったが、日野草城の跡を継いだ伊丹は、結社誌「青玄」を自分好みのスタイルに変えて、無季、字空け、定型超越などの前衛俳句の道を驀進した。
1920年生まれだから今年89歳である。
「写俳」集も10冊を越え、最近は句集発行よりも、こちらの方が熱心だったようだ。
先にも書いたが、彼の前衛的な行き方は、俳句の伝統を重んじる人たちからは眉をひそめられただろう。
しかし、詩から出発した私などは、その自由な行き方に賛同をしたい気がする。

掲出した句に関して言うと、昔、スマトラ島のパレンバンという石油産出基地に日本軍の落下傘兵が空中降下して電撃的に、ここを制圧したことがあった。今でこそ、落下傘部隊というのは奇襲部隊の中心であるが、そういう戦法の皮切りをしたのが、パレンバンだった。今の平和ボケの日本では、そんな数十年も前の「落下傘兵」のことを知る人も少なくなった。そういう風潮に対する作者独特の、いわば「文明批評」みたいなものが、この句になっている。こういう風刺性、諧謔性を、私は高く買いたい。
ついでに申しあげておくが、この句の「風船売」の前に一字分空白があるのが大切なのである。この句の意味は「風船売りが、落下傘兵のことなど知らぬ」とずらずら続くのではない。「落下傘兵の時代など知らない」という戦後ン十年の今の時代という設定があって、平和な祭事的な公園か広場に、のどかに「風船売り」の出店があるなぁ、という時代批評、文明批評があるのである。
この「一字空け」は「切れ字」と同じ効果を持っているのである。
祭事的な広場ののどかな風船売りの出店を見て、彼は、とっさにパレンバンへの「落下傘兵の降下」を連想したのである。この句に添えられている「写真」を見れば、そのことは自明のことである。蛇足になったが。。。。

024685340000日本春景

私は伊丹について多くは知らないが、手元にある句集、写俳から少し引いておきたい。

 春の空電波が流れつつ碧し

 しはぶきて異人夜長の画廊去る

これらの句は日野草城の『旗艦』に初めて投句して草城選に入った句だという。昭和12年である。

 虫の夜の洋酒が青く減つてゐる

 長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず

「長き夜」の句は草城の講評を受けて、いわば伊丹のデビュー作となり、新興俳句への苦闘がつづく。これらは「俳句」というよりも「短詩」という雰囲気の作品である。昭和13年の作品である。

 凍天に吊られし軍馬嘶けり

 ラグビーの密集膝を肱を蹴る

 起重機の脚に春潮を青く塗る

 帆船がBARの玻璃扉に白く泊つ

 湯あがりの素肌三角帆が光る

 夜の林檎歯並みずみずしく踊り子

これらの句の硬質の抒情や、くっきりした映像性は、いみじくも当時一世を風靡した新興写真との類似を思わせ、写真のモダニズムに親近感を抱くのが自然なことであろう。
新興俳句に精進する伊丹の片手に句帳があり、別の片手にカメラがあったとすれば、まさに「写俳」に至る道程の第一歩が、この時期にすでに芽生えていたと言える。

昭和16年徴兵され、高槻工兵第四連隊に入隊する。幸運にも建築エキスパートとして連隊本部付きの内地勤務となった。軍隊では、いっさい新兵を殴らなかったから早々に内務班長は失格になり、炊事班長として学徒兵の楠本憲吉などに俳句を教え、班内でしばしば句会を催すなど、当時の厳しい軍律の中で嘘のような不思議な炊事軍曹だったという。そればかりか、日曜外出のほとんどは京、奈良の古寺巡礼に費やされたという。百済観音との出会いに伊丹は戦慄した。

 誰がわざや天衣(てんね)あかるむ花菜など

 朝寒みほとけの蹠(あうら)見まく欲る

 みほとけに秋かぜの瓶(みか)かろからむ

 眼をとぢてほとけの思惟を思惟とせる

 ほとけらに月夜の濡れし甍あり

 光背に月のほむらのきて燻ゆる

これらの仏像俳句は初期句集『仏恋』としてまとめて昭和50年に刊行されている。
昭和20年夏、敗戦。古書店「伊丹文庫」を開くが、開店早々に永井荷風の本を買いにきた女と交際がはじまり、愛へと急速に進んで、一年半後に結婚にこぎつけたのが、現夫人の伊丹公子である。

 寒夜ふと「愛撫」なる二字を寝て想ふ

 妹得しは私小説めく去年今年

 妹待てば冬あたたかきポストの朱

彼が本格的に写真撮影に取り組みはじめたのは、昭和44年、作家の眉村卓や俳人の赤尾兜子らとヨーロッパ旅行に出たのが契機になったらしい。
以後、彼は「写俳亭」を名乗るが、ひとかどたらんとする彼は、岩宮武二に師事して厳しい指導を受ける。
岩宮とのネパール行きの写真などをまとめた『隣人ASIAN』(1984年)が写俳の一号となった。
「写俳」から、少し引く。もっとも「写真」と一緒に鑑賞しないと雰囲気は出ないが。。。
023351520000写俳ギリイタ

 天使の羽根 たかだか 双乳房とても亦

 聖家族めく 赤い蝋燭みな点り

 ドームは総硝子 ミラノはファッション基地

 問答無用 この金髪 この笑顔なら

 石柱は遺った 神話の空の下

 女子修道院で仮寝の イコン絵師

 アッシジの鐘楼鎮もる 青嵐・・・・・・・・(以上、「ギリシアイタリア写俳便」より)

 申歳の身に 朱の鳥居 朱の祠

 トレモロで桜 アンダンテで銀杏

 さくら さくら 池を一巡二巡して

 菜の花が囃す 賀茂川少年団

 鳶舞うて ぴいひゃら ひゃらら 春祭

 若鮎に魚道もありて 賀茂の堰

 蔦茂る裏窓 一つは埋められず

 考える足ら ハチ公前広場

 止り木が男の隠れ場 カクテル待つ
 
 生きること 願うこと 天神にも桜・・・・・・(以上「日本春景色」より)

 ベレーはみ出る白髯 神戸でなら死にたい

  
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