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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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天人といえども時至れば身に現れる五衰/移りゆく季節に魂たちは感じ易い/万物は流転する・・・・・・・・・鈴木漠
遊戯論

──鈴木漠の詩──(7)

          天人五衰・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鈴木漠

     傾く太陽に殉じて散る白い花 沙羅
     天人といえども時至れば身に現れる五衰
     移りゆく季節に魂たちは感じ易い
     万物は流転するそのサンサーラ

     大道芸の撓む竿先に回る危うい皿
     自転を停められない我ら愛(いと)しの地球で
     愛し合う者どうしが優しく組む腕
     不安や痛苦に向き合う気持はいつも真っ新(さら)

     宇宙開闢(かいびゃく)をもたらしたビッグ・バンとは
     蕾から須臾にして解放された花びらだ
     我ら皆 相対性理論の海原漂う舟の舵(ラダー)

     詩が求める不易なるもの即ち常永遠(とことわ)
     太陽は日日に昇りまた沈む しかし
     その太陽にして変容するのだ 疾(と)っくの昔

ソネット抱擁韻。押韻形式は abba/acca/dee/dff
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この詩は鈴木漠詩集『遊戯(ゆげ)論』編集工房ノア2011/02/01刊 に載るものである。
ここには「遊戯」という小項目の自由詩が9篇。
「愛染」という小項目の「ソネット」形式の詩が18篇。
「果樹園」という小項目の「テルツァ・リーマ」形式の詩が9篇 収録されている。

「押韻形式」に書かれているように詩の行の末尾が、それぞれ「脚韻」を踏んでいる。

次に「テルツァ・リーマ」形式の詩をひとつ引いておく。
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          愛 染 ****・・・・・・・・・・・・・鈴木漠
              まことに 愛にあふれた家は/のきばから 火を吹いてゐるやうだ   八木重吉

     愛し愛される数式とは そんなにも
     激しく哀しい方程式なのだろうか
     ボードレールの謂う火龍(シメール)の如き背の荷も

     気付かぬまま時間の翼は徒(いたずら)に老化
     恩愛の現場はまた燃える家でもあるらしい
     扉を推せば奈落へまで続くその渡り廊下

     生老病死や五蘊盛苦(ごうんじょうく)に囲繞される四囲
     業火を忘れがちな私たちは玩具と遊ぶ子供
     エコーしてやまぬ言霊のエクスタシー

     愛とは他者に自らを投影することだと雖(いえど)も
     自己の内部にも異形の者は棲みつき
     方便の比喩の車は門外を去る気配だけれども

     遂には愛染の炎に身体髪膚包まれて尽き
     美人の香骨もいつか車塵と化さざるを得ず*
     世界の終りにも背後を昇る不可思議の月*

     遺される一枚の羽とニルヴァーナの絵図

*テルツァ・リーマ Terza Rima (三韻詩) 押韻形式は aba/bcb/cdc/ded/efe/f
*「美人香骨 化作車塵(美人の香骨化して車塵となる)」古代銭塘の美妓・蘇小小による(「楚小志」)
*不可思議の月。「三輪山の背後より不可思議の月立てり はじめに月と呼びしひとはや」山中智恵子
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            心象の帆・・・・・・・・・・・・・・・鈴木漠
                    暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外   子規

     連句嫌いだった筈の正岡子規に
      同い年幸田露伴と付合いした記録
      しかも旧派宗匠幸堂得知の捌きに

     あの子規の句が一直された事実に驚く
      立句に据えた大島蓼太の句は「春雨に傘」
      露伴「柳四五本並ぶ」と続く脇句も漫(すず)ろく

     子規の第三句初案は「陽炎に」と付く丈高さ
      だが春雨に陽炎では天象の打越しは自明
      すかさず得知が「蛙の声」と匡(ただ)した確かさ

     セオリーとしては常識ながら文学の革命
      志す矜持を傷つけられたか 美食の舌
      子規の連句嫌いは多分この挿話が発端の頑迷

     後日 連句は文学に非ずと論断した
      連句三つの要因は対話と変化と虚構を当てる
      然るに写生主義を掲げる子規の文芸観の下

     虚構などとはもっての外まして十九世紀も果てる
      近代の文学に対話や付合など不要とばかり
      脇句以下一切の付句を切って捨てる

     発句は文学なり連句は文学に非ずと憚り
      大見栄を切った子規の俳諧革新の手付き
      そのラディカリズムが裂く世界の薄明かり

     須磨の寓居に労(いたつ)きの身を養う有明の月
      座右に典籍を積み獺祭書屋(だっさいしょおく)主人を自称
      時代は文明開化の波濤 近代の暁

     折しも沖を過ぎる白い帆の心象

*テルツァ・リーマ 押韻形式は aba/bcb/cdc/ded/efe/fgf/ghg/hih/i
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三番目に引いた詩は巻末に載るものであるが、子規のことが書かれていて、とても面白い。
子規の文学革新の功績はめざましく、認めなければならないが、反面、我田引水式に自分の意図を強調するために、
かなり牽強付会的な面もあったことは否めない。
与謝蕪村は、それまでは絵画の作者としてのみ評価されていたのを、俳句作者として再評価したのは子規であるが、
その評価も「写生」の一面からのみ評価されているようで、蕪村という作家の全面目を評価し得ていない、と今では言われている。
そのようなことは「万葉集」は評価するが、「古今集」や「新古今集」は一蹴する、など極端であった。

この詩集の「帯」で、関西での詩壇の重鎮・杉山平一が

<鈴木漠さんは、早くより九鬼周造に発したソネット14行詩に注目し、
 わが国の詩には困難と思われた脚韻の面白さを探求し、40年に及ぶ。
     韻を工夫した精妙な手際の良さにはね感心させられる。
        前人未踏の境地を生み出しつつある。>

と書いている。けだし鈴木漠の「執念」というべきであろう。敬意を表しておきたい。
日本詩の韻律には57577などの「音数律」が万葉以来ぴったりで、今もなお、その命脈を保持していると思うが、
ヨーロッパ詩などに一般的な「脚韻」は、試みられたものの「定着」はして来なかった。
日本でも古来「沓冠」(くつかぶり)などの「頭韻」「脚韻」の組み合わせなどが試みられ、近年それらを再評価して、
歌人たちの中でも修練としてやられてきたので、私も「未来」誌に居るときに編集部から指名されて企画に加わったことがある。
それらについては、このブログでも紹介したことがある → 沓冠「秘めごとめく吾」の一連のもの──が、現実の持続した文学運動としては定着しなかった。

四面楚歌とも言える中で、執拗に、この面を追及してきた鈴木漠の執念に脱帽して、鑑賞を終わる。

     
       

     
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