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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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福島原発周辺は「危険無人地帯」の宣言をして住民を追い出すべきです・・・・・・・・木村草弥
cherunobuiri.jpg
↑チェルノブイリ並みの放射能汚染を想定した範囲を地図化したもの

福島原発周辺は「危険無人地帯」の宣言をして住民を追い出せ・・・・・・・・木村草弥

海外では風評というよりも無知がまかり通ってますが、それも道理ではあります。一概に非難できません。
逆に日本では、特に「原発」立地の辺りでは、放射能の怖さが全く認識されてません。
だからこそ東電の安全神話にまんまと乗って、能天気にも原発誘致に乗ったのでしょう。
福島原発周辺40キロ圏内は今後30年くらいは健康のことを考えれば「無人地帯」となるでしょう。
放射能の影響は十年以上経ってから出てきます。

昨日、現地の飯館村に出向いた福山官房副長官(京都出身です)に住民から出されている苦情が放映されましたが、
これらを見ると、先に書いた「放射能の怖さ」が、全く判っていないことが判ります。
これは政府の被害を抑えた報道や小出しの対策が裏目に出たもので、政府の失策です。
「危険無人地帯」の宣言をして住民を追い出すべきです。
補償は、その後のことです。
政治家の「見通し」「哲学」の無さが一番怖いです。


ここで私の記事が「恣意的」でないことを明らかにするためにネット上に載る「asahi.com(朝日新聞社)」を転載しておく。↓
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asahi.com(朝日新聞社)
「おれの農業は」「牛どうなる」途方に暮れる飯舘村民2011年4月17日5時12分 (転載)

 本当にムラに戻れる日は来るのか――。向こう1カ月をめどに村外へ避難するよう政府が求めている福島県飯舘(いいたて)村。静かな暮らしを営んできた村人たちは、原発事故という突如降りかかった厄災に怒り、不安を抱え、途方に暮れている。

 16日午後、福山哲郎官房副長官ら政府関係者と菅野典雄村長、村民の代表らが村内で会合を持った。

 「村民を置き去りにして話が進んでいる」「避難というのは、この地に後で戻ってくるということだ。それを忘れないでくれ」。切々と訴える村人たち。避難を前に、いつ避難指示が解除されるかに関心が集まったが、福山氏は「原発の安定が保たれることが前提」と述べるにとどまった。

 「計画的避難区域」という耳慣れない言葉が村民に突きつけられたのは、地震から丸1カ月たった11日。福島第一原発の事故後、村では県内でも際だって高い放射線量が観測されてきた。長く暮らすと健康に影響があるとして政府は全村民の避難を求めた。

 阿武隈高原に開けた村は山林が75%を占め、約1700世帯、6100人が暮らす。「飯舘牛」で知られる畜産と農業が柱だ。

 計画避難が持ち上がってから村は連日、住民集会を開いている。13日夜、小学校の体育館は500人を超える人であふれかえった。役場の男性職員がつぶやく。「祭りでも、こんなに人が集まったことねえな」

 「質問のある方はマイクの方へ」。司会者の呼びかけに老若男女が列をなす。

 「高齢の母を連れて避難するのは無理だ」「仕事を失ったら、国や東電はどこまで補償するんだ」――。不満や疑問の声が次々とあがるが、政府から十分な情報が得られない村側は明確には答えられない。

 「ふざけんじゃねえぞ!」。お年寄りが叫ぶと、一斉に拍手がわいた。

 「農家廃業、失業中です」。マイクを握って訴えた赤石沢忠則さん(50)を後日訪ねた。

 自宅を囲む杉林には肉厚のシイタケがあちこちに生えている。「収穫もできやしない」。赤石沢さんは無念そうに足元を蹴った。

 トルコキキョウなどの花やコメ、シイタケを中心とする専業農家。20年前から一棟一棟建て増したビニールハウスは13棟になり、年に1400万円前後の生産高がある。3人の子を育て上げ、7月に長男(27)の結婚式を控え、さあこれからと意気込んだ矢先の「暗転」だった。

 有機栽培にこだわり改良を重ねた自慢の土も、収穫間近の葉物野菜もシイタケも、ダメだろう。

 地元に残っても仕事はない。だが避難が長引けば、手塩にかけた田んぼもハウスも何もかも捨てることになりかねない。

 「こんなことでおれの農業が終わる? そんなことがあっていいのか?」

 畜産関係者が注目する子牛の競りが今月中旬にあった。佐藤宣征(のぶゆき)さん(69)は2頭を出品。風評被害を心配したが、ともに相場通りの値で競り落とされた。

 「安全だとも不安だとも特に意識したことはない」。海からの風がイネに与える影響を心配したことはあっても、約40キロ離れた原発は常に遠い存在だった。

 その風に乗って放射性物質は村にやってきた。原発の恩恵など何も受けてこなかった、この村に。

 福山氏は16日の会合で、村外に牛を移動させる案に触れた。佐藤さんはそうした計画を「ばかなことを」と思うだけだ。

 目の前の水田でイネを育て、順繰りに刈り取っては乾燥させて母牛に食べさせる。そうしてコストを抑え経営を保ってきた。「他に移したらどれだけかかるか。この施設を全部捨てろっていうのか。いきなり他に移された牛が順調に育つかって。機械じゃないんだ。牛飼いの実情を知らない連中の発想だ」

 「6月えいこ、ふく 10月やすこ、なおみ……」。壁の黒板に、出産を控えた母牛の名前がチョークで書いてあった。「そのころ、こいつらどこにいんのかな」。
佐藤さんがぼそりつぶやく。
「おれもこいつらも、だれも何も悪いことしてねえのにな」 (松川敦志)
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しかし、この記事を見ても、文脈は多分に「情緒的」である。新聞社の確固たる意見があれば、違うはずである。
地震・大津波は天災である。だが福島原発の被害、爆発・放射能漏れは人災だ。
マスコミは、率先して放射能の危険性を声を大にして報道すべきである。
何のために原発事故の危険性を「レベル7」まで高めたのか。
放射能の影響は十年以上経ってから出てくることである。
胎児、幼児、子供たちの行く先を考えよ。
騒ぎ過ぎたくらいで丁度いいのである。
周辺住民たちよ、目を覚ませ!


ここで私の立場を説明しておきたい。
「原発事故」は、世界的にみて
1979/03/28 アメリカ スリーマイル島発電所事故
1986/04/26 ソ連チェルノブイリ発電所事故
1991/02/09 関西電力美浜発電所二号機事故
1995/12/08 動力炉・核燃料開発事業団、高速増殖炉もんじゅナトリウム漏洩事故
など色々あるが、私はそれらの事故当初から一貫して原子力発電所には建設反対の立場を堅持している。
原発事故は、上に挙げたものでも、それぞれ事故の内容は異なっているが、いずれも一旦事故が起これば、その被害は甚大だということである。
一時的な被害にとどまらず、その影響が後に長く続くというのが特徴である。
「無知」に終始して、被害を受けてから気づくというのは悲しいことである。

世の中には「理不尽な」ことが起きる。
たとえば昨年来、宮崎県で起こった「鳥インフルエンザ」それに続く家畜の「口蹄疫」。
飼育家たちは、降って湧いた災難に振り回され鳥や家畜を泣く泣く殺さざるを得なかった。
今回の大地震、大津波もまさに大災難である。まさに「運命」としか言いようがない。それは甘受しよう。
しかし、その後に続く福島原発の事故は「人災」であって、許しがたい。
人智をあげて立ち向かおうではないか。


コメント
コメント
sohya 様
全くのその通りでございます。
いい加減、無能な政治家は辞めて頂きたいし、何故国民はもっと怒らないのかが不思議でしょうがありません。中国ならいざ知らず自由な国日本、大変不幸な災害でした。しかしこの災害で日本が一つになり助け合い復興を遂げ頑張れる勇気が湧き出ようとしている時に、音頭を執るトップが馬鹿では国民からまた世界から取り残されます。私も強い怒りを感じている国民の一人です。
2011/04/17(日) 16:58:50 | URL | ももたろう #- [ 編集 ]
奮闘する救援の姿には日々涙しております
■ももたろう様。
お早うございます。
よくお読みいただいて有難うございます。
国内外の救援を見ては日々涙しております。
あなたも頑張ってください。
では、また。
2011/04/18(月) 07:33:02 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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