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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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『ドナルド・キーン自伝』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

     『ドナルド・キーン自伝』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・・・・・中公文庫2011/02刊・・・・・・・・・・・

東日本大震災と福島原発の爆発、放射能漏れの大事件によって、打ちのめされている日本人に最近大きな感銘を与えたのが、
ドナルド・キーン氏の「日本国籍を取得し日本に永住する」という報道だった。
「私の生活は、あまりにも日本と離れ難く結びついていて、その絆を断つなど思いもよらない」とキーン氏は言う。
かつてキーン氏は「日本はいつだって私が行き着く最後の港なのだ」と書いた。
震災と原発事故の始末の悪い風評が海外に広がって、日本に来る観光客の激減、在日留学生の大量帰国、労働者の日本離れ、などの折だけに涙の出るような嬉しいニュースだった。

ここでネット上に載る「産経ニュース」を転載しておく。↓

「私は日本という女性と結婚」 ドナルド・キーン氏、永住へ帰化手続き
2011.4.17 11:52

 日本文学研究で知られる米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさん(88)が日本に永住する意思を固め、日本に帰化する手続きを始めたことが15日分かった。
関係者が明らかにした。関係者は「東日本大震災で大変心を痛め、被災者との連帯を示すために永住への思いが固くなったようだ」と話している。

 キーンさんは1922年、ニューヨーク生まれ。
学生時代に「源氏物語」の英訳を読み、日本文化に興味を抱いた。日米開戦後は海軍情報士官として、玉砕した日本兵の遺書を翻訳したり捕虜を尋問。
復員後、英ケンブリッジ大、米コロンビア大、京都大で日本文学を学んだ。「日本文学の歴史」「百代の過客」「明治天皇」などの著作で知られる。

 三島由紀夫とは京大留学中の54(昭和29)年に知り合って以来の友人で、三島作品の翻訳も行った。
2008(平成20)年に文化勲章を受章した。

 松尾芭蕉の「おくのほそ道」をたどる旅をし、英訳も出版。東北大(仙台市)で半年間、講義したこともある。
それだけに、被災地の状況を心配している。平泉の中尊寺は難を逃れたが、何度も訪れた松島や多賀城など芭蕉ゆかりの地は大きな打撃を受けた…。

 キーンさんはこれまで1年の半分ほどを東京都北区の自宅で過ごしてきたが、26日にコロンビア大で最終講義を迎えることもあり、日本に永住することを決めた。
周囲に「日本が大好きだから」などと説明しているという。

「危機だからこそ」
 法務省は15日、震災直後の3月12日から4月8日までの4週間に日本から出国した外国人は延べ53万1000人で、
このうち発生後1週間では24万4000人だったと発表した。震災発生前の1週間は14万人だった。

 震災と福島第1原発事故を受けて、各国が一時的な出国検討を勧告したり、被災地からの帰国支援を実施したことが影響した。

 NHKのインタビューに応じたキーンさんは「日本は危ないからと、(外資系の)会社が日本にいる社員を呼び戻したり、野球の外国人選手が辞めたりしているが、
そういうときに、私の日本に対する信念を見せるのは意味がある」と語った。

 「私は自分の感謝のしるしとして、日本の国籍をいただきたいと思う」とし、夏までに日本国籍を取得する考えだ。

 独身を通してきたキーンさんは「私は『日本』という女性と結婚した。日本人は大変優秀な国民だ。
現在は一瞬打撃を受けたが、未来は以前よりも立派になると私は信じる」と、新たな祖国になる日本の復活を信じている。
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以下、ネット上に載るキーン氏の経歴などの記事を引いておく。
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ドナルド・キーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ドナルド・ローレンス・キーン(Donald Lawrence Keene)

誕生
1922年6月18日(88歳)
アメリカ合衆国・ニューヨーク州ニューヨーク市
職業 文学者、評論家
国籍 アメリカ合衆国
( 日本国籍取得を予定)

代表作
『日本文学史』(1976年〜)
『明治天皇』(2001年)

主な受賞歴
菊池寛賞(1962年)
山片蟠桃賞(1983年)
読売文学賞(1985年)
日本文学大賞(1985年)
福岡アジア文化賞芸術・文化賞(1991年)
勲二等旭日重光章(1993年)
朝日賞(1998年)
毎日出版文化賞(2002年)
文化功労者(2002年)
文化勲章(2008年)

ドナルド・ローレンス・キーン(Donald Lawrence Keene, 1922年6月18日 - )は、アメリカの日本文学研究者、文芸評論家。勲等は勲二等。2008年に文化勲章受章。コロンビア大学名誉教授。日本文化を欧米へ紹介して数多くの業績を残した。称号は東京都北区名誉区民、ケンブリッジ大学、東北大学ほかから名誉博士。賞歴には全米文芸評論家賞受賞など。

来歴・人物
ニューヨーク市ブルックリンで貿易商の家庭に生まれる。9歳のとき父と共にヨーロッパを旅行し、このことがきっかけでフランス語など外国語の習得に強い興味を抱くようになる。両親の離婚により母子家庭に育ち経済的困難に遭遇したが、奨学金を受けつつ飛び級を繰り返し、1938年、16歳でコロンビア大学文学部に入学。同校でマーク・ヴァン・ドーレンやライオネル・トリリングの薫陶を受ける。同じ頃、ヴァン・ドーレンの講義で中国人学生と親しくなり、そのことがきっかけで中国語特に漢字の学習に惹かれるに至る。1940年、厚さに比して安価だったというだけの理由で49セントで購入したアーサー・ウェイリー訳『源氏物語』に感動。漢字への興味の延長線上で日本語を学び始めると共に、角田柳作のもとで日本思想史を学び、日本研究の道に入る。コロンビア大学にて、1942年に学士号を取得。日米開戦に伴って米海軍日本語学校に入学し、日本語の訓練を積んだのち情報士官として海軍に勤務し、太平洋戦線で日本語の通訳官を務めた。通訳時代の友人にオーティス・ケーリ(のち同志社大学名誉教授)がいる。

復員後コロンビア大学に戻り、角田柳作のもとで1947年に修士号を取得。同年、ハーヴァード大学に転じ、セルゲイ・エリセーエフの講義を受ける。1948年から5年間ケンブリッジ大学に学び、同時に講師を務める。同校ではバートランド・ラッセルに気に入られ、飲み友達として交際した。このころ、E・M・フォースターやアーサー・ウェイリーとも交際。この間、1949年にコロンビア大学大学院東洋研究科博士課程を修了。

1953年京都大学大学院に留学。京都市東山区今熊野の下宿にて永井道雄と知り合い、生涯の友となり、その後は永井の紹介で嶋中鵬二とも生涯の友となった。1955年からコロンビア大学助教授、のちに教授を経て、同大学名誉教授となった。

1982年から1992年まで朝日新聞社客員編集委員。1986年には「ドナルド・キーン日本文化センター」を設立した。1999年から「ドナルド・キーン財団」理事長。2006年11月1日源氏物語千年紀のよびかけ人となる。

日本に関する著作は、日本語のものが30点、英語のものもおよそ25点ほど出版されている。近松門左衛門、松尾芭蕉、三島由紀夫など古典から現代文学まで研究対象の幅は広く、主に英語圏への日本文化の紹介・解説者として果たした役割も大きい。英語版の万葉集や19世紀日本文学、中国文学のアンソロジーの編纂にも関わった。

1976年には、日本語版、英語版それぞれの『日本文学史』の刊行が開始された。近世、近代・現代、古代・中世の三部に大きく分かれる。

2011年3月11日発生の東日本大震災を契機に、コロンビア大学を退職した後、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した。

クラシック音楽、特にオペラの熱心な愛好家であり、関連する著書にエッセイ集『音盤風刺花伝』『音楽の出会いとよろこび』(音楽之友社刊)がある。

友人であった安部公房は、キーンが明治天皇について書くことを告げると、書けば右翼から脅迫に遭うだろうと忠告した。何年後かに実際書いてみるとどこからも脅迫されず、キーンは逆に意気消沈したという。

主に交流のある作家は三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成、吉田健一、石川淳、安部公房など。かつて大江健三郎とも親しかったが、大江の態度の変化によって疎遠になった。大江から避けられるようになったことについて『私と20世紀のクロニクル』p.223-224では原因不明としている。ただ、大江の縁があって、安部と終生の親友になれた。井上靖文化賞授賞式の際にキーンが出席出来なかった代わりに大江がスピーチに参加した。

著作
単著
『日本人の西洋発見』藤田豊、大沼雅彦共訳 錦正社 1957 芳賀徹訳、中公叢書 1968、中公文庫 1982
『碧い目の太郎冠者』谷崎潤一郎序文、中央公論社、1957 のち中公文庫
『日本の文学』 吉田健一訳 解説三島由紀夫、筑摩書房、1963、のち中公文庫
『文楽』 吉田健一訳 金子弘撮影 谷崎潤一郎序文 講談社 1966 
 のち増補し「能・歌舞伎・文楽」松宮史郎補訳、講談社学術文庫
『日本の作家』 中央公論社 1972 のち中公文庫
『日本との出会い』篠田一士訳 中央公論社 1972 のち中公文庫
『生きている日本』 江藤淳・足立康訳 朝日出版社 1973
 のち「果てしなく美しい日本」に改題し足立康改訳 講談社学術文庫
『日本文学散歩』 篠田一士訳  朝日選書 1975
『日本文学史 近世篇』(World in the Wall) 全2巻 
徳岡孝夫訳 中央公論社 1976-77 函入り
『ドナルド・キーンの音盤風刺花伝』 中矢一義訳 音楽之友社 1977
 のち「わたしの好きなレコード」に改題、中公文庫
『日本文学を読む』新潮選書 1977
『日本を理解するまで』新潮社 1979
『日本文学のなかへ』文藝春秋 1979
『日本細見』 中矢一義訳 中央公論社 1980 のち中公文庫 紀行文
『音楽の出会いとよろこび 続音盤風刺花伝』 中矢一義訳 音楽之友社 1980
 のち「音楽の出会いとよろこび」に改題、中公文庫
『私の日本文学逍遥』 新潮社 1981
『ついさきの歌声は』 中矢一義訳 中央公論社 1981 音楽論
『日本人の質問』朝日選書 1983
『日本文学史 近代・現代篇』 (Dawn to the West) 全8巻
徳岡・角地幸男・新井潤美共訳 中央公論社 1984-92 函入り
『百代の過客 日記にみる日本人』 金関寿夫訳 朝日選書上下 1984、のち函入り 朝日新聞社
『少し耳の痛くなる話』 塩谷紘訳 新潮社 1986
『二つの母国に生きて』 朝日選書 1987
『続百代の過客 同 近代篇』 金関寿夫訳 朝日選書上下 1988、のち函入り 朝日新聞社、
『日本人の美意識』 金関訳 中央公論社 1990、中公文庫 1999
『古典を楽しむ 私の日本文学』 朝日選書上下 1990
『声の残り 私の文壇交遊録』 金関訳 朝日新聞社 1992、のち朝日文庫
『古典の愉しみ』 大庭みな子訳 JICC出版局 1992、のち宝島社文庫
『このひとすじにつながりて』 金関訳  朝日選書 1993
『日本語の美』 中央公論社 1993、中公文庫 2000
『日本文学の歴史』全18巻、中央公論社、1994-97、中公文庫 2011.1-
『日本文学史』に古代・中世編(土屋政雄訳)を足したソフトカバー装丁。
『明治天皇』角地幸男訳 新潮社上下 2001、新潮文庫全4冊 2007
『足利義政 日本美の発見』角地幸男訳 中央公論新社 2003、中公文庫 2008
『明治天皇を語る』新潮新書  2003 講演体
『日本文学は世界のかけ橋』たちばな出版  2003
『私の大事な場所』中央公論新社 2005、中公文庫 2010
『思い出の作家たち―谷崎・川端・三島・安部・司馬』 松宮史朗訳 新潮社 2005
『渡辺崋山』角地幸男訳 新潮社 2007
『私と20世紀のクロニクル』角地幸男訳 中央公論新社 2007 のち中公文庫で『ドナルド・キーン自伝』に改題 2011
『日本人の戦争 作家の日記を読む』角地幸男訳 文藝春秋 2009

共著
『日本人と日本文化』司馬遼太郎との対談 中公新書 1972 
中公文庫 1984、1996 ISBN 4121002857
『反劇的人間』 安部公房と対談 中公新書 1973 のち文庫
『東と西のはざまで』 大岡昇平と対談  朝日出版社 1973
『悼友紀行 三島由紀夫の作品風土』 徳岡孝夫共著 中央公論社 1973、のち文庫
『日本の魅力 対談集19篇』 中央公論社 1979
『宮田雅之切り絵画集 おくのほそ道』 解説担当 中央公論社 1988
英訳版「おくのほそ道」、講談社学術文庫 2007、芭蕉の原文併収
『世界のなかの日本 十六世紀まで遡って見る』 司馬遼太郎対談 中央公論社 1992、中公文庫 1996
『同時代を生きて 忘れえぬ人びと』瀬戸内寂聴、鶴見俊輔 岩波書店 2004

受賞歴
1962年 菊池寛賞
1969年 国際出版文化賞
1983年 山片蟠桃賞
1983年 国際交流基金賞
1985年 読売文学賞
1985年 日本文学大賞
1991年 第2回福岡アジア文化賞 芸術・文化賞
1990年 全米文芸評論家賞
1997年 朝日賞
2002年 毎日出版文化賞
2006年 東京都北区名誉区民
2010年 第5回安吾賞
他多数

栄典
1993年 勲二等旭日重光章
2002年 文化功労者
2008年 文化勲章
名誉博士
1978年 ケンブリッジ大学
1990年 セント・アンドルーズ大学
1995年 ミドルベリー大学
1997年 東北大学
1998年 早稲田大学(名誉文学博士)
1999年 東京外国語大学
2000年 慶應義塾大学
2000年 敬和学園大学(名誉文化博士)
2007年 杏林大学
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アマゾンのこの本の広告につけられた「レビュー」を一つ紹介して終りたい。

日本人以上に日本の古典・近代文学を愛したアメリカ人 2010/4/29
By 名もなき花 "マリリン" (富山市)
3年前読売新聞の土曜版に1年間連載されていたときから、ほぼ毎回愛読してきた。
著者ドナルド・キーンのこの自伝は、一人の日本文学研究者の生まれから現在に至る、大変興味深い人生の記録である。単行本になって再読し、改めて私の胸に深く印象づけられた4項目を挙げてみた。

1. ドナルド・キーンという人の言語に対する鋭敏で繊細な感覚と関心、そしてそれを吸収する努力と才能に感嘆した。幼少の頃から学業優秀な賢い少年を愛おしく思いながら、その家庭や学校生活を興味深く読んだ。

2. 彼の80年余りの生涯は、第2次世界大戦を挟んで、アメリカ人としての数奇な軌跡であり、アメリカ→ヨーロッパ、そしてアメリカ→アジア・日本と繋がれて「国際人」となっていく軌跡である。そのルーツは、9歳の時父親にせがんで連れて行ってもらったヨーロッパへの船旅であったことも印象深い。

3. 日本人でもなかなか読まないのに、外国人が、ここまで日本の古典文学にのめり込むだろうか、と驚嘆。同時に日本人とその家屋や風土・風習など、日本の文化全体をこよなく愛する姿にも親愛感を感じる。

4.戦後の日本現代文学にも精通し、日本の文壇の有名な作家たち(川端康成や三島由紀夫、阿部公房など)との交流も大変興味深く、特に三島由紀夫には33章に「三島由紀夫の自決」を捧げている。 そのような多彩な交流ができたのも、彼の知性と大らかな人柄にもよるものだろう。

彼の人生は、日本の古典文学の研究と世界への紹介という業績で、コロンビア大学名誉教授として、日本の文化勲章はじめ国際舞台でも多くの栄誉を与えられてきた。日本人にとって彼から受けた恩恵の大きさに改めて気づかなければならない。今、原文の英語でも読んでいるが、本当に最後まで楽しんで読めた伝記であった。なお、彼は研究で結婚する時間がなかったらしく?、独身人生を謳歌しているらしいところも微笑ましい。

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