K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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草弥の詩作品─長編詩・『プロメーテウスの火』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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 ↑ 東電・福島第一原発3号機の爆発の写真。余りの惨状に政府は非公開にしているもの─アメリカの新聞が公開。
Heinrich_fueger_1817_prometheus_brings_fire_to_mankind火を与えるプロメーテウス
 ↑ハインリッヒ・フューガー画 <人間たちに火を与えるプロメーテウス>

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──草弥の詩作品<草の領域>──(72)

      長編詩・『プロメーテウスの火』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
     ─苦艾(チェルノブイリ)の香りかすかに移りたる雪かロシアの雪ひとつかみ  塚本邦雄『約翰伝偽書』─
        =「苦艾(にがよもぎ)の香り」がかすかにある「ロシアの雪」のひとつかみは三月にフクシマに降った雪に繋がる=



         長歌と散文    プロメーテウスの火
        ─わたなかを漂流しゆくたましいのかなしみふかく哭きわたるべし  福島泰樹─

  大地震(なゐ)に 地(つち)は割(さ)けにき 大壁なして 押し寄する水
  大津波に 家は流れき 人も流れき 流さるる 家また車 犬猫はた牛
  こんなにも 凄まじき景 こんなにも 仮借なき水
  一万九千七百四十八人と 数へられつつ 死者たちは 何思ひつつ
  死んでゆきしか
  巨大波が 仙台湾を 平たくす そして某市を 某集落を 某港湾を
  
     ─騎乗疾駆す苦艾よりフクシマへ嘶きながら戦慄きながら  佐々木六戈─

  プロメーテウスの 「第二の火」とて もてはやされし 「原子力の火」が
  数日ののち 水素爆発起し 暴発せり
  ああ、恐ろしや 「炉心溶融」!
  meltdown(メルトダウン)ぞ  meltthrough(メルトスルー)ぞ
  沃素一二九、セシウム一三七、ストロンチウム九○ 大放出
  君知るや 放射性物質の半減期とふを
  沃素一二九=一五七○万年、セシウム一三七=三○年、
  プルトニウム二三八=八七・七年、ストロンチウム九○=二九・一年
  測らるる ベクレルはたはシーベルト 換算ややこし ああ難しや
  原発を 妖火(あやしび)と呼ぶ人ありぬ 
  まさに 現代の妖火 フクシマ原発の謂(い)ひぞ
  放射能の 数値は チェルノブイリ超えき

    ─黙示録に燃え落ちし星にがよもぎ ロシア原発苦艾(チェルノブイリ)も  春日真木子─
  
  雑草も 野菜も花も 放射能まみれぞ
  牧草も 稲藁も牛も 汚染されたり
  牛肉も食へず 牛乳も飲めぬ お茶も飲めざり
 
  永劫に 人の住めざる 海辺もあらむ
  先は長いぞ!
  おとなしきニホンの民よ 怒れ、怒れよ!
  安全神話 ふりまきし輩(やつばら)に!   
     
     ─余震やまぬ一枚の国苦しみつつ放射能濃き水を吐き出す  米川千嘉子─
  
  三陸の 死者と生者を 憶ひつつ
  すべての死者に 手を合はせ
  すべての生者に 祈り捧げむ
  

二○一一年三月一一日一四時四六分一八秒、宮城県牡鹿半島の東南東沖一三○kmの海底を震源として発生した東北地方太平洋沖地震は、日本における観測史上最大のマグニチュード九・○を記録し、震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約五○○km、東西約二○○kmの広範囲に及んだ 。この地震により、場所によつては波高一○m以上、最大遡上高四○・五mにも上る大津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。

また、大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などによつて、東北と関東の広大な範囲で被害が発生し、各種ライフラインも寸断された。
震災による死者・行方不明者は二万人以上、建築物の全壊・半壊は合せて二四万戸以上、ピーク時の避難者は四○万人以上、停電世帯は八○○万戸以上、断水世帯は一八○万戸以上に上つた。政府は震災による被害額を一六兆から二五兆円と試算してゐる。

地震と津波による被害を受けた東京電力福島第一原子力発電所では、全電源を喪失し、原子炉を冷却できなくなり、過熱による水素爆発で大量の放射性物質の放出を伴う重大な原子力事故に発展した。これにより、周辺一帯の住民は長期の避難を強ひられてゐる。

    ─「電力を生むために人を殺すな」と静かなる怒り湛へて言ひき  大口玲子─

プロメーテウスは、神々の姿に似せて創造された人類に、ヘーパイストスの作業場の炉の中に灯芯草を入れて点火し、それを地上に持つて来て「火」を伝へた。
ゼウスが傲慢になった古い人間を大洪水で滅ぼし、新しい人間と神を区別しようと考へた際、彼はその役割を自分に任せて欲しいと懇願し了承を得た。プロメーテウスは大きな牛を殺して二つに分け、一方は肉と内臓を食べられない皮に隠して胃袋に入れ、もう一方は骨の周りに脂身を巻きつけて美味しさうに見せた。そして彼はゼウスを呼ぶと、どちらかを神々の取り分として選ぶよう求めた。プロメーテウスはゼウスが美味しさうに見える脂身に巻かれた骨を選び、人間の取り分が美味しくて栄養のある肉や内臓になるやうに計画してゐた。だが、ゼウスはプロメーテウスの考へを見抜き、不死の神々にふさはしい腐る事のない骨を選んだ。この時から人間は、肉や内臓のやうに死ねばすぐに腐つてなくなつてしまふ運命を持つようになつた。
その行ひに怒つたゼウスは、プロメーテウスをカウカソス山の山頂に磔にさせ、生きながらにして毎日肝臓をハゲタカについばまれる責め苦を強ひたが、プロメーテウスは不死であるため、彼の肝臓は夜中に再生し、のちにヘーラクレースにより解放されるまで半永久的な拷問を受けた。
プロメーテウスが天界から火を盗んで人間与へたことに怒ったゼウスは、人間に災ひをもたらすために「女性」(パンドーラ)といふものを作るように神々に命じた。
パンドーラは人間の災ひとして地上に送り込まれた人類最初の女性とされる。「パン」=全てのもの、「ドーラー」=贈り物ドーロンの複数形。
「パンドラの匣」のエピソードで有名。

原子力発電が、プロメーテウスの「第二の火」に擬(ぎ)せられて久しいが、パンドラの匣ならぬ、厄介な火を抱え込んだものである。
「想定外」といふ言葉に誤魔化されてはならない。
千二百年も前に今回と同じやうな規模の地震・大津波襲来の歴史的記述が残つてゐる。   
延喜元年(九○一年)に成立した公式史書『日本三代実録』に載る。

貞観十一年五月二十六日(ユリウス暦八六九年七月九日、グレゴリオ暦換算七月十三日)の大地震発生と大津波について、次のやうに記述する。

五月・・・廿六日癸未 陸奥國地大震動 流光如晝隱映 頃之 人民叫呼 伏不能起 或屋仆壓死 或地裂埋殪 馬牛駭奔 或相昇踏 城(郭)倉庫 門櫓墻壁 頽落顛覆 不知其數 海口哮吼 聲似雷霆 驚濤涌潮 泝諸J漲長 忽至城下 去海數十百里 浩々不辨其涯諸 原野道路 惣爲滄溟 乗船不遑 登山難及 溺死者千許 資産苗稼 殆無孑遺焉

同年十二月十四日には、清和天皇が伊勢神宮に使者を遣はして奉幣し、神前に告文を捧げ国家の平安を願ってゐる。この年は、貞観大地震・大津波をはじめとして相次ぐ天災や事変が相次ぎ世の中は騒然としてゐた。
京の都では、町衆が祇園社に御霊鎮を祈願して今につづく「祇園祭」を巡行させたのも、この年である。

(2011/08/01作)
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「チェルノブイリ」というロシア語は「苦艾」(にがよもぎ)の意味である。
引用した塚本邦雄の歌は、それに因んでいる。
この他に数人の歌人の関連する名歌を作中に引用させてもらった。
その中の春日真木子の歌のアンダーラインの部分は原文では「傍点」だが、このフォーマットでは出せないので「下線」にした。ご了承を。
こういう厳しい現実を詠うときには、短歌という形式は抒情に流れてふさわしくないと考えて、「叙事詩」の形の「長歌」と、説明的な散文を混ぜてみた。
第四歌集『嬬恋』で試みたのと同じ手法である。
これらの事象を扱ったものにも先日紹介した和合亮一の詩「詩の礫」「詩ノ黙礼」などがあり、実地に検分したものとして、インパクトのある作品になっている。
それに比べて私の作品は遠隔地に居るので臨場感もなく、観念的にならざるを得ないが、これらを詠うことは「機会詩」として、また同時代人として必須のことであり、
不十分は承知の上で書き記しておくものである。
被災地の人々も「悲惨さ」に狎れて、当然、怒りをぶつけるべき相手に、意思を示さない、もどかしさがある。
放射能汚染の実態は、かのチェルノブイリよりも深刻であり、極めて健康にも最悪なのを知るべきである。
それらの危険性が、小出しに小出しに知らされるので、その深刻さを皆理解していない。 呑気すぎる。
詩の中にも書いたが、もっともっと怒って当然なのである。 それが官僚や企業を突き上げ、動かすのである。
私の立場を明らかにしておきたい。
福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」の名は仏教の文殊菩薩に由来するが、1995年にナトリウム漏出火災事故が起きたために運転を休止した。ナトリウムと水が触れれば、激しい「水反応」を起すが、この技術はまだ完全には確立しておらず、作業員が死亡するなど大事故であった。
この時以来、私は「反原発」の立場を表明している。
今や原子力発電は「安価」とは言えず、また放射能を帯びた物の最終処分も確立していなくて、問題が先送りされている状態で、燃焼済み核燃料や放射能を帯びた汚染物が大量に、処分のめども立たないまま保管されている。
それに放射能というのは長年にわたって人体に悪さをするし、目に見えないので始末に悪い。
チェルノブイリの、あの悲惨さが25年経った今も現実に存在することを他山の石として(今やフクシマが、その現実になってしまったのだが)過ちを繰り返さないようにしたい。
先に「スタジオ・ジブリ」の例をお示ししたが、私も同様に「原子力発電」によらない電気で生活したい、と強く主張する。
それによって多少の不自由を強いられても我慢する。

これは草稿であり、歌集などに発表するまでに、まだまだ推敲することがある。

はじめに掲出した画像について少し補足しておく。

ドイツの画家・ハインリッヒ・フリードリッヒ・フューガー(Heinrich Friedrich Füger)(1751-1818)が描いた『人間たちに火をもたらすプロメーテウス』は、ドイツ語では『Prometheus bringt den Menschen das Feuer』と言う。

bringen Zは、Zを持って来るという意味である。

der Menschは、人間という意味だ。
ここでは、複数形3格(den Menschen)になっている。

das Feuerの語義は、火である。ここでは4格になっている。

プロメーテウスは、神々の反対を無視する形で人間たちに火を与えた。
左手の人差し指を唇の前に置いているのは、内密の行為であることを示している。
向かって左下に描かれている彫像は、暖かさを得られない生き物の姿を描いているが、火がもたらされるまでは、人間はこのような生気のない姿で暮らしていたわけである。

この作品は、ウィーンにあるリヒテンシュタイン美術館(Liechtenstein Museum)で見ることが出来る。

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