FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
202007<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>202009
鼎談─瀬戸内寂聴 ・梅原猛「春になれば、花は咲きます」東北に送るメッセージ(転載)
01梅原猛02瀬戸内寂聴
 ↑ 撮影:斉藤ユーリ    於:京都嵯峨野「寂庵」 

──新・読書ノート──(転載)

鼎談─瀬戸内寂聴 ・梅原猛「春になれば、花は咲きます」
東北に送るメッセージ“私の「東北」──戦争よりひどい「東日本大震災」”

      ・・・・・・・・・角川学芸WEBマガジンNo.62より転載・・・・・・・・・・・

梅原 あの3月11日以来「東日本大震災」に対して、私なりに何かできることはないかと考えていました。ちょうどその時、寂聴さんが新聞にメッセージを寄せているのを見て、ああ、そうだ、寂聴さんと対談して本を作って、その印税を義援金として寄付するというのが物書きとしては、一番いい復旧・復興のメッセージになるのではないかと考えまして、対談をお願いしたわけです。

瀬戸内 言われれば、何でもします。

梅原 寂聴さんは、おいくつになられました。

瀬戸内 私はこの正月で数え、90歳、卒寿です。満では88歳です。

梅原 大正11年生まれ?

瀬戸内 はい、1922年5月15日生まれ。

梅原 私は大正14年生まれ、3月20日で86歳になりました。数えで87。お互い、よう長生きしましたね。

瀬戸内 そうです。もうあとがない。
 
梅原 大媼(おおおうな)と大翁(おおおきな)の対談になりますね。しかしこれだけの年齢を重ねると、思い切ったことを語ることができます。現在、誰にも遠慮せずに、今の日本の置かれた真実を語ることが必要です。日本人のために、人類のためにね。
 私はこの対談は一世一代の対談になると思う。だから人の顰蹙(ひんしゅく)を買うようなことでもはっきりと言います。
 寂聴さんは徳島県の出身ですけど、51歳で出家されて、岩手県の天台寺のご住職になられ、東北と深い関係ができた。

瀬戸内 はい。私の仏教の師の今東光先生が中尊寺の貫主でして、そのご縁で中尊寺で出家して、岩手県と青森県の境にある中尊寺の末寺の天台寺に晋山(しんざん)する仏縁ができました。
 それがもう本当にボロボロのお寺で、どうしようもなくなってたんですね。お参りもなくなっていた。そこへ行って毎月通って、64歳から24年通っていました。法話だけで、初めから青空説法をして人を集めました。幸い、日とともに全国からお詣りに集まって下さり、それでとにかく20年で復興したんです。そりゃもう私の力じゃなくって、ご本尊の桂泉観世音さまの御力と檀家さんのおかげ。檀家っていっても二十六、七軒ですが、その人たちの協力があっての復興でした。
 そこで東北の人たちと初めて付き合ってみると、まったく私が今まで付き合ってきた人たちと違うんですよ。ほとんど無口。何にもしゃべらない。それに言葉がわからない。まるで外国へ行ったみたいでした。でもそのうち言葉も少しずつ通じるようになると、一見、排他的と思っていた人たちが、実はとても心があたたかで、素朴で、本当に優しいということがわかったんですね。東北の人たちが排他的なのは、無理もないんです。長い間苦労ばっかりしてきたから。飢饉だの天災だのって、いつも貧しくってね。吉原の女の人なんて、みんな東北の人でしょ。妻や娘を売らなくてはやっていけない。そのくらい貧しくて、辛い思いをして、それに耐えてきた。他所者が来れば女房か娘を取りに来たと身構える。排他的になっても当然です。
 私は徳島に生まれて、東京にも行って、そして京都にもう長い間置いてもらっていますけど、東北はもう一つの私の故郷になりました。お墓も、天台寺に作ってあるんですよ。
 梅原さんと私は三つ違いだけど、同世代でともに戦争を経験していますので、今度の震災をどうしても戦争のあのむごさと重ね合わせて見てしまいますね。けれど、この天災は戦争よりひどい。特に福島の原発。戦争も人災ですけど原発も人災です。生き地獄というのはこういう状態を言うんですね。人災は人の手で防げるはずです。防がなければならない。

梅原 私は仙台の生まれです。私の母方の祖父は石巻の渡波(わたのは)という漁師町で網元をしていた。ところが事故でマグロ船を沈没させてしまった。それで遺族に全財産を投げ出して、補償して、自分は一文無しになって仙台にやってきた。助けてくれる人があって、仙台で魚の卸売り業をして何とか立ち直ったんですが、私は、その血を引いている。だから私は自分を「東北の漁民の子」と思っている。
 それと、私の母は父と恋愛して未婚のまま私を生んだ。そして二人とも病気になって、母は私を生んで1年3か月で死んでしまう。私は「東北の漁民の孤児」になった。
 今の震災を見ていると、親を失った子供、孤児が多く出ている。私は自然とこの「震災孤児」と自分を重ね合わせてしまいます。私のように、どうかいい所にもらわれてゆきますように、と願うのみです。
 それと寂聴さんのおっしゃる原発、これが一番ひどい。底が知れないんでね。土が汚染されて、野菜や米がダメになる。海が汚染されて、魚がダメになる。東北は縄文文化の地です。昔むかしから、海の幸を海からいただいてきた。山の幸を山野からいただいてきた。これが全部ダメになる。ひどい話です。


瀬戸内 東北の人たちは辛抱強い。そしていくらでも質素に暮らすことができる。これは美徳です。そして強さでもあるんですが、今度はね、不平不満をもっと訴えてほしいですね。「世の中こういうもんだ」と初めから諦めているようなところがあるでしょう。それに我慢するのが美徳だという考えもあるだろうけど、今回はもっと自分を主張して、わがままになってほしいですね。
 京都では、桜が咲いてのどかな春ですよ。一方で、こんな生き地獄のような被災地があるんです。東北の人たちは「宿命」だなんて思わないで、「こんなに辛い」「助けてくれ」って叫んでほしい。私たちはその声を受けて何でもしますよ。私たちの身代わりになってくれたんですよ、東北の人たちは。「あなたたち何も悪いことしてないのに、何で地獄の苦しみに遭って、黙っているの」って、言いたい。

梅原 「東北」は「日本」の象徴なんです。和辻哲郎は『風土』で、日本はモンスーン地帯で、常に自然災害に遭っているけど、そこから必ず立ち直る能力を持っていると言った。まさに東北の人たちはそういう能力を持っている。
 しかし私は、今度の災害に関しては、天に対する怒りを感ずる。

瀬戸内 「ノアの箱船」ですよ。私たちだけが助かっていいんですか? 「東北」の人を置き去りにして、私たちだけが船に乗っていいんですか?

------------------------------------------------------------------------

▼この対談の詳細は、下記の書籍で読むことができます。ぜひ、お楽しみください。

『生ききる。』著者:瀬戸内寂聴 梅原猛
ワンテーマ21

定価(税込5%):760円
ISBN:978-4-04-710293-4

*この書籍における瀬戸内寂聴氏と梅原猛氏の印税は、被災されたみなさまへの義援金に充てさせていただきます。(角川学芸出版書籍編集部)

▲プロフィール瀬戸内寂聴 1922年、徳島市生まれ。作家、天台宗僧侶。『夏の終り』で女流文学賞。『花に問え』で谷崎潤一郎賞。『白道』で芸術選奨文部大臣賞。『場所』で野間文芸賞。73年に岩手県中尊寺で得度。98年、『源氏物語』現代語訳完成。2006年文化勲章。
▲梅原猛 1925年、宮城県生まれ。哲学者。『隠された十字架』で毎日出版文化賞。『水底の歌』で大佛次郎賞。99年文化勲章。2006年より能芸論を連載。近著は『うつぼ舟III 世阿弥の神秘』。2011年4月、「東日本大震災復興構想会議」特別顧問に就任。

コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.