FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201907<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201909
生殖を目指さぬ愛とたれか言ふいいや分けられぬ一つの行為・・・・・・・・・・・・・・・岡井隆
6321.jpg
注解する者0001
 ↑ 2010/07/25 思潮社刊─「注解詩」という新たな領域を切り拓いたとされる

     生殖を目指さぬ愛とたれか言ふ
        いいや分けられぬ一つの行為・・・・・・・・・・・・・・・岡井隆


この歌は岡井隆の第16歌集『神の仕事場』に載るものである。
まずネット上に載る記事を転載しておく。
-----------------------------------------------------------------------
岡井隆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

岡井 隆(おかい たかし、1928年(昭和3年)1月5日 - )は、日本の歌人・文芸評論家。未来短歌会発行人。日本藝術院会員。

略歴 愛知県名古屋市出身。父は日本陶器(現ノリタケカンパニーリミテド)の技術者で、後に専務取締役も務めた。旧制愛知一中(現愛知県立旭丘高等学校)、旧制第八高等学校、慶應義塾大学医学部卒。医学博士。内科医師として、国立豊橋病院内科医長などを歴任した。

若くから作歌を始め、1946年「アララギ」に参加、土屋文明の選歌を受ける。1951年、近藤芳美を中心として「未来」創刊。浪漫的な生活歌から出発したが、1955年、塚本邦雄との交流が始まり、寺山修司とも知り、青年歌人会議、東京歌人会などの活動に参加、前衛短歌運動を推し進めた。大学卒業後は北里研究所付属病院の医師として勤務していたが辞職して九州に隠遁、5年後に復帰。1989年より1998年まで深作光貞の誘いにより京都精華大学人文学部教授。1983年、『禁忌と好色』で迢空賞、1990年、『親和力』で斎藤茂吉短歌文学賞、1995年、『岡井隆コレクション』で現代短歌大賞、1999年、『ウランと白鳥』で詩歌文学館賞受賞。

1993年から歌会始選者、1996年紫綬褒章、2004年旭日小綬章受章、2005年、第56回読売文学賞詩歌俳句賞を『馴鹿時代今か来向かふ』で受賞、2007年、『岡井隆全歌集』で藤村記念歴程賞受賞。2009年、『ネフスキイ』で小野市詩歌文学賞受賞。2007年から宮内庁御用掛。2009年芸術院会員に選出。2010年、『注解する者』で第40回高見順賞受賞。2011年、『X-述懐スル私』で第18回短歌新聞社賞受賞。

評論では、斎藤茂吉論が多い。

門下に小嵐九八郎、池田はるみ、山田富士郎、加藤治郎、大辻隆弘、田中槐、紀野恵、大滝和子、東直子、高島裕、嵯峨直樹、笹公人、岡崎裕美子、中沢直人らがいる。

著作
単著
斉唱 白玉書房 1956
土地よ、痛みを負え 白玉書房 1961
海への手紙 歌論集 白玉書房 1962
朝狩 白玉書房 1964
眼底紀行 思潮社 1967
現代短歌入門 危機歌学の試み 大和書房 1969 のち講談社学術文庫
戦後アララギ 短歌新聞社 1970
岡井隆歌集 思潮社 1972
茂吉の歌 夢あるいはつゆじも抄 創樹社 1973
辺境よりの註釈 塚本邦雄ノート 人文書院 1973
鵞卵亭 六法出版社 1975
慰藉論 吉本隆明から斎藤茂吉 思潮社 1975
韻律とモチーフ 大和書房 1977
岡井隆歌集 国文社(現代歌人文庫 2) 1977 
歳月の贈物 国文社 1978
天河庭園集 国文社 1978
遥かなる斎藤茂吉 私流「茂吉の読み方」思潮社 1979
時の峡間に 現代短歌の現在 岡井隆評論集 雁書館 1979
ロマネスクの詩人たち 萩原朔太郎から村上一郎まで 国文社 1980
前衛短歌の問題 現代職人歌から古代歌謡まで 短歌研究社 1980
メトロポオルの燈が見える 砂子屋書房 1981
近藤芳美と戦後世界 蒼土舎 1981
人生の視える場所 思潮社 1982
歌のかけ橋 六法出版社 1983
花を視る人 砂子屋書房 1983
古代詩遠望 続・前衛短歌の問題 短歌研究社 1983
斎藤茂吉 人と作品 砂子屋書房 1984
岡井隆の短歌塾 入門編 六法出版社 1984
茂吉の万葉 現代詩歌への架橋 短歌研究社 1985
αの星 短歌新聞社 1985
岡井隆の短歌塾 鑑賞編 六法出版社 1986
岡井隆全歌集 1-2 思潮社 1987
犀の独言 砂子屋書房 1987
今はじめる人のための短歌入門 角川選書 1988
人麿からの手紙 茂吉の読み方 短歌研究社 1988
けさのことば 2 砂子屋書房 1988
鵞卵亭談論 六法出版社 1989
岡井隆の短歌塾 鑑賞編・古代歌謡 六法出版社 1989-90
親和力 砂子屋書房 1989
文語詩人宮沢賢治 筑摩書房 1990
宮殿 沖積舎 1991
太郎の庭 砂子屋書房 1991
愛の茂吉 リビドウの連鎖 評論集 短歌研究社 1993
斎藤茂吉と中野重治 砂子屋書房 1993
岡井隆コレクション 1-8 思潮社 1994-96
禁忌と好色 短歌新聞社 1994
茂吉の短歌を読む 岩波セミナーブックス 1995
短歌の世界 岩波新書 1995
茂吉と現代 リアリズムの超克 短歌研究社 1996
前衛歌人と呼ばれるまで 一歌人の回想 ながらみ書房 1996
夢と同じもの 短歌研究社 1996
歌を創るこころ 日本放送出版協会(NHK短歌入門) 1996 
けさのことば 3 砂子屋書房 1996
月の光 詩集 砂子屋書房 1997
大洪水の前の晴天 砂子屋書房 1998
ウランと白鳥 短歌研究社 1998
前衛短歌運動の渦中で 一歌人の回想 ながらみ書房 1998
ヴォツェック/海と陸 声と記憶のためのエスキス ながらみ書房 1999
詩歌の近代 岩波書店 1999 (日本の50年日本の200年)
ことばの朝風 中日新聞社 2000
挫折と再生の季節 一歌人の回想 ながらみ書房 2000
臓器 砂子屋書房 2000
E/T 書肆山田 2001
短歌-この騒がしき詩型 「第二芸術論」への最終駁論 短歌研究社 2002
吉本隆明をよむ日 思潮社 2002
〈テロリズム〉以後の感想/草の雨 砂子屋書房 2002
旅のあとさき、詩歌のあれこれ 朝日新聞社 2003
伊太利亜 書肆山田 2004
馴鹿時代今か来向かふ 砂子屋書房 2004
『赤光』の生誕 書肆山田 2005
岡井隆全歌集 全4巻 思潮社 2005-06
ぼくの交遊録 ながらみ書房 2005
わかりやすい現代短歌読解法 ながらみ書房 2006
二〇〇六年水無月のころ 角川書店 2006
岡井隆の現代詩入門 短歌の読み方、詩の読み方 思潮社 2007
家常茶飯 砂子屋書房 2007
初期の蝶/「近藤芳美をしのぶ会」前後 歌集 短歌新聞社 2007
鴎外・茂吉・杢太郎 「テエベス百門」の夕映え 書肆山田 2008
ネフスキイ 書肆山田 2008
瞬間を永遠とするこころざし 日本経済新聞出版社 2009 日本経済新聞「私の履歴書」をまとめたもの
私の戦後短歌史 小高賢聞き手 角川書店 2009
注解する者 詩集 思潮社 2009
X-述懐スル私 歌集 短歌新聞社 2010
静かな生活-短歌日記2010 歌集 ふらんす堂 2011
共著・編著
短詩型文学論 金子兜太 紀伊国屋新書 1963
『天使の羅衣(ネグリジェ)』思潮社・組詩(佐々木幹郎と共著) 1988
あなたと短歌を 角川書店 1995
集成・昭和の短歌 小学館 1995
現代百人一首 朝日新聞社 1996 のち文庫
俳句・深層のコスモロジー 雄山閣出版 1997 (Series俳句世界 5)
斎藤茂吉-その迷宮に遊ぶ 小池光,永田和宏 砂子屋書房 1998
『短歌と日本人 第7巻 短歌の創造性と象徴性』岩波書店、1999
『けさのことば』中日新聞・東京新聞に長年にわたって連載中。
---------------------------------------------------------------------------
転載の記事が多くて申し訳ないが、2005年に『馴鹿時代今か来向かふ』で「読売文学賞」を受賞したときの記事を引いておく。↓
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 戦後の短歌史と重なるといってもいい歌歴は、華々しくも起伏に富む。

 「アララギ」の歌人である両親のもとで10代から作歌し、1951年の「未来」創刊に参加。やがて始まった塚本邦雄氏とこの人との交流が前衛短歌運動を推し進め、吉本隆明氏との「定型論争」など、活発な評論活動を繰り広げた。

 だが、70年に突然、家庭も医師としての職場も捨てて九州に出奔し、5年間短歌から遠ざかった。92年には宮中歌会始選者への就任が論議も呼んだ。

 長い歌歴の中で、作風も変化を重ねた。受賞作にはそれが反映して、幅の広い多彩な作品が並ぶ。選考委員は「成熟した歌集。熟練と危うさが拮抗(きっこう)している」「自らのキャリアや立場に対する意識が薄まり、自由さを得た」と評した。

 「去年あたりから背負っているものが軽くなった気はしています。若い人に仕事がまかせられるようになったし、私生活では子供たちが自立してきた」

 <ゆつたりと廂に到(いた)る大いなる反(そ)りこそ見ゆれ雨絶えまなく>
といった韻律の美しい格調高い作の一方に、実験的な時事詠や口語体の作品がある。朗読のための連作、ことば書きや注の多用も特徴的だ。

 若い歌人とも積極的にかかわってきた。ライトバースの文体をいち早く評価したり、10年ほど前から、東京を始め関西や名古屋で若手中心の研究歌会を指導したり。だが、与えるばかりではない。若者の言葉遣いや発想の新しさを吸収して、より高度な形で自作に取り入れてしまう。
<窓際まで行かない、枯れ木の撓むのを見ない今日こそ〈始まる〉のかも>
実にやさしい笑顔を見せるのに、「岡井さんはこわい」とささやかれてしまうゆえんだ。

 数年前、30歳以上年の離れた妻と結婚した。
<よこになつて休めといふから寝てゐると側(そば)に来て傘(かさ)見せ寝かさないえり子>。
2人の関係を詠んだ歌は多い。「短歌は作者の背景を下敷きにして読まれるということも大切ですから」。あとがきに自らの履歴を織り込んでみたのも一つの試みである。

 一風変わった標題は
<かつてまだ定義されたることのない馴鹿時代今か来向(きむ)かふ>の一首による。

 「馴鹿はシカでもカモシカでもなく、家畜かと思えば野性味もあるとらえどころのない動物。現代という“世代”が失われ、家族が揺らぎ、個人と個人が裸で対しているような、定義しがたい奇妙な時代に、その名を付けてみたんです」

 時代を、社会を、自分自身を、鋭敏に感じ取り、先端を走り続けてきた歌人は、自在さを増してさらに旺盛に詠み続けるのだろう。(小屋敷 晶子記者)

『馴鹿時代今か来向かふ』
岡井隆
出版社:砂子屋書房
発行:2004年10月
ISBN:4790408167
価格:¥5250 (本体¥5000+税)
--------------------------------------------------------------------------
FI2618530_2E.jpg

『神の仕事場』は平成6年に刊行されたもので岡井の六十代後半のものである。今年で83歳になる。
先に引用した記事にもある通り、作風も変幻自在、また生き方の変遷にも何度もの離婚、再婚など彼の身めぐりには「女」の影がつきまとう。
「変身」のたびに配偶者を替えてきたと言える。
また「神の仕事場」という歌集の題名からして、言わば「人を食った」ようなところがあり、出版の際にも、さまざまの話題を呼んだものである。
同じ歌集から少し歌を引く。

 ミサイルが蛍のやうにとび交ふを愛咬の図とくらべて果敢無(はかな)

 ひさかたの倦怠(けたい)の雲のたなびきにエスプレッソの苦きなごりの

 長鼻の「ひかり」が着きてゆつたりと五月雨の下に眼(まなこ)を閉ぢぬ

 自転車をナジャと名づけてあしたまで駅の早霜にうたせて置かむ

 つきづきし家居(いへゐ)といへばひつそりと干すブリーフも神の仕事場

 くだりゆくエスカレーター羅(うすもの)の多くなりたる売場に映えて

 冷蔵庫にほのかに明かき鶏卵の、だまされて来し一生(ひとよ)のごとし

 耐へがたいほどの快楽(けらく)が四肢に来て或る契約に署名せりけり

 卓上にめがねを置きぬなに故に置きしや盲(めし)ひつつ抱かむがため

 食道をくだるチーズを一盃(ひとつき)の酒に追はせてゐたりけるかも

 砂庭にはなびら散らふ寂けさや午後の講義の想(さう)ひとつ浮く

この頃、彼は東京から京都の精華大学への出講のために往復していて、京都にしばらく滞在するなどの生活をしていた。また前夫人との離婚の話が進行中で、ここに引いた歌の中の「或る契約」うんぬんというのは、それに由来する。前夫人との間には子供があり、その成人までの養育費などの仕送りが必要で執筆などにも追われていたという。
しかし、ともあれ言葉の取捨選択は的確で、「比喩」にも秀でて第一人者の面影躍如たるものがある。
島田修三は<生殖を目指さぬ愛><耐へがたい>などの歌を引いて「おのれのリビドーへの深い傾斜」を指摘する。「韻律への楽しげな試みがうかがえるが、断固<意味>を去らぬ理由の一つが、おそらくこの辺にある」として、ことば遊びにとどまらない若々しい生命力に裏打ちされることに着目する。

長い紹介文と島田の解説などでもわかるが、ここで私なりの「解題」を書いてみる。

次々と女を替え、最近では30歳以上も年下の若い妻を娶るなど、彼は相手の女から若さと生命力を得てきたと言える。世間では、こんなに年の離れた妻だから、「生殖を目指さない愛欲だろう」などと噂するが、どうしてどうして俺は配偶者が望むなら子を生(な)してもいいんだよ、という言挙げの歌なのである。
彼の歌は先にも書いたように「比喩」のオブラートでくるんであるから、つい騙されるが、年月が経って当該の歌を読み返してみると、彼の実生活がこまめに詠まれているのである。
私がここに引いた十数首の歌は私が「恣意的」に引いたものではない。
実は、これらの歌は、篠弘編『現代の短歌100人の名歌集』(三省堂2003年刊)に載るもので、生存中の作家については作家によって「自選」されたものだからである。
つまり、この引用の一連には岡井隆の自分の歌に対する深い思いがこめられていると言えるのである。

先のネットからの引用文にある

<よこになつて休めといふから寝てゐると側(そば)に来て傘(かさ)見せ寝かさないえり子>

をみると今の若い妻は「えり子」というらしい。あるいはこれも「仮名」かも知れないが、いずれにしても若い妻「えり子」が可愛いくて仕方がない、という愛欲べたべたの歌である。彼女は「画家」だと言う。
私の引いた歌とは別の歌集の歌ではあるが、関連があるというか、一貫しているのであるから、この一連はそれを、さらりと表現してあるので嫌らしい感じはしないが、まあ、そういうことである。
「愛咬の図」とか「干すブリーフ」とかの生々しさもあるのに、目立たない。
そういう「生活臭」を比喩などの表現で巧みにくるんで「文芸」の域に高めてある技巧は素晴らしい。
「干すブリーフ」と「神の仕事場」との取り合わせなど、絶妙の限りで、意表をつく見事さである。
ワープロ入力しているときに「変換」で神→紙などと出てくるが、これを捉えて「紙の仕事場」のもじりだとすると、面白いと思うのだが、いかがだろうか。
玩味するほど味の出てくる作品群である。賞味されたい。



コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2019 Powered By FC2ブログ allrights reserved.