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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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野町和嘉・写真集『ガンジス』・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

      野町和嘉・写真集『ガンジス』・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・・・・新潮社刊:2011/09/22・・・・・・・・・・・・・

      ヒマラヤの氷河に発する源流からベンガル湾に注ぐまで、
      滔々と奔る大河の流域で、世俗を離れ聖水に身を捧げる修行僧、
      その水に身を浸し輪廻転生を願う何百万もの巡礼たちの恍惚の沐浴絵図……
      死を見つめ来世を想う“祈りの姿”をとらえた大河写真集。(定価6,300円)

野町和嘉は世界中を歩いて鮮烈な写真集を世に問うてきた。
この写真集も大部のもので本の値段も、ご覧のように高い。
新潮社の読書誌「波」2011年10月号より書評を引いておく。
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      死と再生のマンダラ空間を写す・・・・・・・・・・・山折哲雄

 ガンジスの流れはヒマラヤに源を発し、ベンガル湾にそそぐ。全長二五〇〇キロの長蛇が大地を這い、源流と河口部の高低差はおよそ四〇〇〇メートルだ。
その大蛇の流れを踏んで、数かぎりない巡礼と聖者が蟻のごとく押し寄せる。奇蹟を追い求める祈りの拠点が、姿をあらわす。
 本書は、その精神の心臓部にねらいを定め、喧騒と混濁のなかを歩いて撮りつづけた写真集である。
人間たちの赤裸な欲望が渦を巻いている。その間隙をぬうように至福の表情が浮かびあがる。
 ガンジスだけをねらっている。カメラの目はガンジスだけがインドだと主張し、ガンジス以外のいったいどこにインドの価値があるのかといっている。
その迫力は、やはり見上げたものというほかはない。
 3・11の大災害でわれわれを驚かした映像の数々が、あらためて蘇る。
猛スピードで浜に押し寄せる大津波のうねり、どこまでもつづく破壊の爪痕と瓦礫の山また山……。
けれどもそれらの映像は、どれもこれも空や高台から撮られた遠望であり、眺望だった。
しかしガンジスの長蛇は、いかに氾濫と逆流をくり返し、周辺の人家を打ち壊し押し流そうと、眺望や遠望の目によってはとらえることはできないだろう。
野町和嘉さんのカメラの目は、それらとは根本的に質を異にする。
 いまガンジスの全長はおよそ二五〇〇キロといったけれども、一枚一枚の写真をみていけばおのずからわかるが、
著者はほとんど同時にインド五〇〇〇年の歴史を歩いている。
つまり太古の神話時代から近代文明の現代にいたる人間たちの生と死の姿にカメラをむけている。
結果として天国の発見から地獄めぐりまで、野町さんの欲望がしだいに肥大化し膨脹していく。そのプロセスに立ち会わせられる。
 神話の核心をつかみだすところから仕事がはじまる。
ガンジス河は、昔から母なるガンガー(恒河)と呼ばれてきた。その上、ヒンドゥー教の神話では、天上界の女神として崇拝されてきた。
ガンジスはヒマラヤの娘として生まれ、天界で育てられた女神だったのだ。
やがてその女神にたいし、下界に天降りたまえと願う地上の王があらわれた。王は精進潔斎して祈ったのである。
そこでシヴァ神が呼びだされ、その大仕事を引き受けることになる。
この神は天上から降下するガンジスの流れを額で受けとめ、頭髪のあいだからすこしずつ地上に流出させたのだ。
 天孫降臨ならぬ、女神降臨の物語である。その場面で、シヴァ神がきわめて重要な役割をはたしていることに注目しなければならない。
この神はヒンドゥー教の主神の一つであるが、ガンジス河流域に点在する多彩な霊場を展望するとき、
この神がほとんど一神教的なカリスマ性を発揮する神であったことがわかる。
だから野町さんの旅も、ヒマラヤの氷河に発する源流に立つところからはじまる。
やがて悠久の輪廻転生に生きるサードゥー(修行僧)や巡礼たちの姿に焦点がしぼられていく。
 ガンジスは大小の河川を呑みこみ吐きだしながら流れていくが、その合流点や河口部に都市をつくり、霊地を生みだした。
巡礼たちが群集する祭りの舞台になっていった。
死と再生をめぐる万華鏡のようなマンダラ空間であるのだが、カメラはその一つひとつの混沌と静謐の瞬間をねばりづよく克明に写しとっている。
 ヒマラヤの神秘に包まれたカイラース山、アラハバードで六年ごとに催されるインド最大の沐浴祭クンブ・メーラ、
そしてヴァラナシのガート(沐浴場)で毎日のようにくりひろげられる火葬と再生の祈りの舞台などなど、迫力満点の現場に立ち合うことができるのもありがたい。
が、圧巻はやはり、いたるところに登場してくる裸身のサードゥーたち、その生きることの極北を行くような、確信にみちた人間たちの姿ではないだろうか。 (やまおり・てつお 宗教学者)
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野町和嘉/ノマチ・カズヨシ

1946年高知県生まれ。写真家・杵島隆氏に師事し、1971年にフリーの写真家となる。
1972年、20代半ばでサハラ砂漠に旅したことがきっかけとなって、極限の風土を生きる人々の精神世界に魅せられ、信仰、巡礼をテーマとして地球規模で描き続けてきた。
ナイル、エチオピア、グレート・リフト・ヴァレーといったアフリカの乾燥地帯の取材を経て、1980年代後半より舞台を中近東、アジアに移し、中国、チベット、サウジアラビア等での長期取材を経て、2002年以降アンデス、インドに取り組んでいる。
1984年『バハル』『サハラ悠遠』で土門拳賞、1990年『長征夢現』『ナイル』で芸術選奨文部大臣新人賞、日本写真協会年度賞、2002年に大同生命地域研究特別賞、ほかを受賞。2009年に紫綬褒章受章。
他の写真集に『メッカ巡礼』『チベット』『地球巡礼』『ペルシア』『サハラ、砂漠の画廊』など。これまで8冊の写真集が、英、仏、独、イタリア版などで国際共同出版されている。



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