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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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三井葉子・句まじり詩集『花』より・・・・・・・木村草弥
三井葉子「花」

       あれ・・・・・・・・・・・・・・・・三井葉子

      いのちが
      なにものとも関わりなく生れてきたことを思えば

      いのちとは
      なにものとも関わりなく生きているもののことである

      もちろん
      私の老いなどとはなんの関係もない

      いのちは
      つやつや
      スタコラ サッサ

      なにか
      いるナ とは思っていたが
      老人になると
      彼が疾っている
      のが
      見える

      肩張って
      駆けているのが

      は は は

      は

      あれは なあに?
     
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2008年10月に私の詩集『免疫系』(角川書店)を上梓して進呈した縁で、大阪府八尾市在住の詩人・三井葉子さんと知り合った。
彼女は17、8歳の頃から塚本邦雄の身辺にあった人で、塚本や、詩人で編集者だった政田岑生のやっていた「書肆季節社」などと近しい人である。私は塚本邦雄の弟子ではないが、私の第二歌集『嘉木』を出したときに読売新聞夕刊の「短歌時評」に採り上げて批評文を書いてもらった縁がある。
また、塚本邦雄が生きていた頃から季刊誌「楽市」を出しておられるが、その発行元は「創元社」である。ここも三好達治などの詩集など私が昔から親しんだ出版社として馴染みがある。「楽市」は昨年12月発行のもので64号を数える。
今回、私の詩集贈呈の縁で昨年五月に出たばかりの、句まじり詩集『花』(深夜叢書社刊)をいただいた。
実は、この詩集については昨年秋にブログに採り上げたのだが、Doblogが記憶装置のハードディスクの不調のために、私の記事が読み取りも引き出しも不能になってしまったので、遅くなったが、ここに再掲載するものである。

この「あれ」と題する詩は巻頭から四番目に載るものである。
「あれは なあに?」なんて、とぼけてはいるが、この詩集全般に詩人・三井葉子の「老い」を見つめる視線が鋭い。
普通、詩人と言われる人には二派があり、日本古来の「定型」に否定的な人と、肯定的な人とに二分される。概して「荒地」系の詩人は西欧詩のカトランなどには好意的でも、日本の「音数律」「定型」には拒否反応を示す人が多い。
さすがに三井さんは塚本邦雄の傍にあった人らしく、そんな「食わず嫌い」ではない。
先には句集『桃』も出されているらしい。
そして今回の詩集も「句まじり詩集」と銘打っておられる。
この詩は「私の老いなどとはなんの関係もない」と言われているけれども、それは「反語」表現であって、老いを意識されていることは自明のことである。
末尾の「あれは なあに?」なんていうところなど、人を食っている。
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         値(あたひ)・・・・・・・・・・・三井葉子

  死に値するようなことはなにもない と塩野七生はいう
  一
  二
  三
  四
  五百段

  あしもとにひた ひたと暮色しのびよる

  ひた
  ひた
  湧いているような
  波のような

  白い乳
  ひた
  ひた

  ひた
  石段を濡らす
  ひた
  ひた
  苔を濡らす

  死にアタイスルものなどなにもない と私も思う

  五百段では な
  見上げる空に春の昼

  死に値(あたひ)するかもしれず空の星。
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「詩」というのは、論理的に辿っても鑑賞できない代物である。
「一 二 三 四 五百段」というところなども、「語呂合わせ」的なものであって論理的ではないが、この詩の中にあっては、欠くことの出来ない必須のフレーズとなっているのである。
作者の中では、いつか見た「五百段」という石段の現実の記憶があって、それが、この詩の中に、ふいっと甦ってきたのである。
「死に値するようなことはなにもない」というのは、それだけ「死」というものが人生最大の関心事であり、何者にも代え難い一大事であることを表している。
この詩集は「句まじり詩集」と銘打たれるように、日本語固有の五、七という「音数律」が前面に出てくる。例えば
「あしもとに/ひたひたと暮色/しのびよる」「見上げる空に/春の星」「死に値/するかもしれず/空の星」などが、そうである。
そして全編として、人生というもの、死というもの、老いというものへ観照に読者をいざなうのである。
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     はなも小枝を・・・・・・・・・・三井葉子

   ながい間 
   死は禁忌であったので てのひらでやさしく伏せられていた
   指を
    じっとみていると それは
   犬が鳴く夜もあったし
   月光が
    おお
   月光のふちから這い上がってくることもあった
   虫籠が
   伏せてあるような
   夜
   も
   あったのだ
   虫出せ
   角(つの)出せ
   と
   誰がどう騒いでも 天はシンーと したものだ

   生が
   止まっていた 血が
   ひろがっていた
   暖かい
   土

   てのひらの中には時間というもの
   がいて
   美しい
   とは
   そういうことなのだ 海の中の
   島は
   ひたと海に伏せている
   死は
   ながい間
   禁忌だったので
   はなのように咲いても
   彼は
   根の国にいた

   指の間がもぞもぞしてこそばゆい

   こそばゆしのばしたあしを摺る蝶々

   てふてふと
   蝶海峡を
   越えてゆく


   暖流や
   はなも小枝を
   ひろげつつ。
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この詩の「初出」は武田肇が発行しているGANYMEDE39号2007/04/01発行に載ったものらしい。
この詩誌は短歌作家なども作品を載せていて、私の知る歌人なども歌を発表しているから、この雑誌には馴染みがあるのである。
この作品については谷内修三の批評文がネット上で見られるのでアクセスされたい。
この詩がガニメデに初出だと知ったのも、この谷内の評を読んだからである。

詩には同じフレーズを繰返す「ルフラン」という修辞があって、ここでも「伏せ」という表現が生きている。また「詩は ながい間 禁忌だったので」というルフランの効果も利いている。
「てふてふと 蝶海峡を」のフレーズは、有名な、今や古典となった安西冬衛の『春』の詩《てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた》を踏まえているのである。
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     月離る日離る里のはなふぶき・・・・・・・・・三井葉子

   聞いてくださる?
   わたしが 子に宿るようになったのを
   むかしはわたしが 子を宿したのに

   あ
   わたしが翳っている

   あ
   なんという胴欲

   西日
   動いている

   いとしまれて育ったはずの
   内ではない外で
   日に会い
   彼方にこそ向いていとしまれたはずの わたしのいま
   子の胎にいると思うわたしの安堵を

   忘れるために
   離れるために
   ふぶいていたはなふぶき

   日に向いて
   日から出て
   あ
   と
   立ち止まる

   くらきよりくらき道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月*

   あの
   とぼとぼと
   ときには跳び ときには
   消えながらあるいた あれは

   肩です
   げんきよく動いている
   足です
   まあ 指も五本とエコーが写しているいちまいの胎の映像

   式部は泣くかしら くらきより暗き道をあるいた式部は まっかな
   かおをして 泣くかしら

   おお お
   よしよし。

*くらきより=和泉式部996年16か17歳当時のうた。『拾遺集』(哀傷1342)
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この詩集には「しおり」が添付されており宇多喜代子、藤本義一、鈴村和成が書いているが、この詩については、藤本義一が「詩は永遠の迷路」の一文を寄せている。
この詩の「出だしの三行」を引いて
<この三行で、こちらは文章の上で今まで一度として感じたこと、考えたことのない世界に連れ込まれてしまうのだ>
と述べている。
先にも書いたが、詩の発想というのは論理的なものではないから直感で捉えるしかない部分がある。
この詩については「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」というサイトで2008/06/04の(1)から、06/16の(8)まで、この詩集について詳しい関連記事が書かれているので、参照されたい。

私が下手な解説をするよりも、谷内の精細な「読み」を紹介する方がいいので、くどくなるかも知れないが、この詩に関する部分を引いておく。
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三井葉子『花』(7)
2008-06-13 01:27:27 | 詩集 三井葉子『花』(7)(深夜叢書、2008年05月30日発行)

 きのう、坂多瑩子「母は」に触れながら、「私」と「母」が入れ替わるのを感じた。三井葉子も、それに似た感覚のことを書いている。
 「月離(さか)る日離(さか)る里のはなふぶき」。その1連目。

聞いてくださる?
わたしが 子に宿るようになったのを
むかしはわたしが 子を宿したのに

 「宿る」。誰かが誰かに。その逆も起きる。--これは、たとえば母がこどもを宿すということを例にとれば、そこに不可逆の「時間」があるから、絶対的にありえない。母が子を宿すということはあり得ても、子が母を宿すということは、「時間」の流れがめちゃくちゃになるから、そういうことは本来許されない。
 何から許されないのか。(草弥・注。下線部は草弥。以下、同じ)
 論理からである。「頭」からである。
 そうであるなら、「頭」で考えるのをやめればいいのである。ただ「肉体」の感じだけを頼りにすれば、「時間」の流れは消えてしまい、そこには母と子が一体になる、ひとつの体になるということだけが存在する。
 その一体感のなかで、母と子は簡単に入れ替わる。母が胎内の子の動きを感じる。それは母の肉体の内部のできごとだけれど、そういう動きを感じているとき、母は同時に子が母の肉体の存在を感じていることを知っている。腹を蹴る。そのときこどもの足が母の原の感触を感じていることを知っている。
 内と外は簡単に入れ替わる。というよりも、もともと、そんなものは区別ができない。同時に存在する。そして、その「同時」という感覚が、不可逆の「時間の流れ」を消してしまう。「時間の流れ」が消えてしまうから、母が胎児であってもかまわないのだ。胎児が母であってもかまわないのだ。胎児と母が同時に存在しているということで、はじめて「いのち」がつながるのである。「同時」が存在しなければ、「いのち」はつながらないのだから。

 私の書いていることは、奇妙に「論理的」すぎるかもしれない。
 三井は、私の書いているような、面倒くさい「論理」をふりまわさない。簡単に「同時」のなかへ入っていって、するりと「いれかわり」をやってのける。


いとしまれて育ったはずの
内ではない外で
日に会い
かなたにこそ向いていとしまれたはずの わたしのいま
子の胎にいると思うわたしの安堵を

 「同時」は、「入れ替わり」は「安堵」といっしょに存在する。母→子という時間の流れが消滅し、区別がなくなること、その瞬間の「安堵」。「同時」とは「安堵」以外の何者でもない。

 この入れ替わりは、母と子の間だけで起きるのではない。他人との間でも起きるのである。たとえば三井は和泉式部の歌を読む。そうすると和泉式部は三井の胎内に入ってきて、胎児として成長する。「時間」の流れ(歴史の流れ)からいうと、三井は式部のはるかはるか先の「子」である可能性はあるが、その逆はない。式部が三井の「子」である可能性は、「時間」が阻止している。絶対に、ありえない。はずである。
 しかし、強い共感によって、三井と式部の感覚が一体になるとき、その瞬間「時間」(歴史)は消えてしまう。「時間」が消えてしまうことが「一体」の真の意味である。

聞いてくださる?
わたしが 子に宿るようになったのを
むかしはわたしが 子を宿したのに

と詩を始めた三井は、最後には、まったく違った「場」にいる。

式部は泣くかしら くらきよりくらき道をあるいた式部は まっかな
かおをして 泣くかしら

おお お
よしよし。

 三井は式部の子孫(?)であることをやめて、ここでは突然式部の「母」になって、式部をあやしている。
 そして、こうやって式部をあやすとき、「安堵」するのは式部だけではない。その「安堵」する式部を見て、三井自身も「安堵」するのである。
 泣くこどもをあやす母。母にあやされてこどもがにっこり笑って安堵する。だが、そのとき安堵しているのはこどもだけではない。母こそが一番安堵している。安堵のなかで二人は一体になり、入れ替わる。泣き止み、にっこり笑うこどもの顔にこそ、母は安堵をもらう。母はあやされる。
 この安堵のくりかえし、入れ替わりは、三井たち女性が、「時間」を消し去りながら共有してきた「宝」である。

 こういう詩は、ほんとうにいい。すばらしい。美しい。
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私の考えでは、この詩を創られた頃、作者は子供さんに子供がうまれ、つまりお孫さんが出来て、人間の受胎、妊娠、誕生、などの経験が生じ、そこから「わたしが 子に宿るようになった」などのフレーズが生れた、と想像する。
詩は、さまざまに「韜晦」するのである。この一連のところに出てくる「エコーが写しているいちまいの胎の映像」などは「お孫さん」の胎児の映像であろう。そして「おお お よしよし」というのも作者が、その子をあやしている、のである。それらのことどもを、この詩の中にパッチワークのように配して「韜晦」したのである。
上に引いたのは、あくまでも谷内修三のものであるから、人々は、これに捉われずに、さまざまに読み解いていいのである。

ここで、先に紹介した谷内修三(やち・しゅうそ)の記事の他の一部を、他の詩に触れたものだが、少し長いが引用しておこう。
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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

三井葉子『花』(8)
2008-06-16 10:29:20 | 詩集 三井葉子『花』(8)(深夜叢書、2008年05月30日発行)
 きのう「比喩」について書いたが、三井には「比喩」を題材にした詩がある。「自伝・喩」

ある 晴れた日
父はむすめに おや おまえは鴨の子のようだねえと言った
それで わたしは
その日から鴨の子になった

ある日 わたしは
荒海や佐渡に横たふ天の川というハイクに出会った

どうして?
陸に川が横たふの? 陸が海に横たわっているのではないかと思ったが
鴨の子にさえなったわたしを思い出して
あら
おじさん
天がほしかったのねえと思った

荒海にさえなれば天地等価にすることができるあらあらしい自己消滅の
あらうみの
しぶき

わたしの父もいつかは鴨になりたかったのだ
ただおじさんと違うのは父がむすめを泳がせたことだ


ユウ ユウ

ララ ラ ユウユウ喩
わたしは水掻きで 水掻きながら

って
いったいなんだろうと思う
わたしを鴨の子にした

って

もしかして
変化?
進化
かも
よ。

 「喩」は「変化」か「進化」か。「変化」と「進化」に共通することばは「化」、「ばける」である。それは別のことばで言えば「なる」でもある。自分ではなく、自分以外のものに「なる」。そして、この作品には、その「なる」が「自己」と関係づける形で、しっかりと書かれている。

荒海にさえ「なれ」ば天地等価にすることができるあらあらしい「自己」消滅の

 「なる」と「自己」。しかもその「自己」は「消滅」と硬く結びついて「自己消滅」というひとつのことばになっている。「自己消滅」して、つまり、いま、ここにある「自己」を消し去って、何かに「なる」。そういうことが、「喩」のなかで起きている。
 「鴨の子」と言われたとき、そしてそれを信じたとき、三井はそれまでの三井ではない。何かが別のものになっている。それが「変化」か「進化」かは、人によって判断がわかれるだろう。そういう判断がわかれるものはどうでもいい(ともいえないだろうけれど、私はいったん無視する)。判断がわかれるだろうけれど、そこには「わたし」が「わたし以外のもの」に「なる」という運動があることだけは、共通認識として持ちうる。そういう「共通認識」をもとに、私は考えたいのである。
 この「なる」という運動のなかで、とても重要なのは、同じ行にある「天地等価にすることができる」ということばだ。
 「なる」という運動の最中は、それまでの判断基準が成り立たない。それまで「固定」されていたものがばらばらになる。どれが重要で、どれが重要でないかは、「なる」という運動のなかでは消えてしまう。何が重要かは、常に「自己」にとっての問題だから、「自己消滅」すれば、重要さを決める基準も消えてしまうのは、当然の「数学」である。
 この「天地等価」の状態、「天」も「地」も等しい、という状態を、私がこれまで三井の作品について説明するときつかってきたことばで言いなおせば、「混沌」である。
 「混沌」のなかでの「生成」。
 そういうことが「喩」の瞬間に、起きている。

 「喩」はそれまでの判断基準の解体である。揺り動かしである。判断基準がゆれるということは、「自己」がゆれる、「自己」が消えてしまう恐れがあるということである。その恐れに対して、恐れて身を引くのではなく、恐れの中に飛び込んでゆく。飛び込んで行って、自己が自己でなくなってもかまわないと決めて、「喩」を生きる。「喩」として生成する。再生する。生まれ変わる。そうすると、世界そのものが変わってしまうのだ。
 いままで見えていた世界が、まったく新しく見える。
 「荒海や佐渡に横たふ天の川」。
 それは世界の「再構築」である。
 こうしたことを、三井はもちろん「再構築」などというめんどうなことばでは書いていない。

あら
おじさん
天がほしかったのねえと思った

 「ほしかった」。何かを欲する。何かを手に入れることは、「自己」がその何かによっていままでの「自己」を超越できるからである。(と、少しめんどうなことばで書いておく。)この「自己超越」を「ほしい」という簡単なことば、日常のことばでまるづかみにしてしまうところが三井のすごいところである。
 「喩」には「ほしい」に通じる思いがあるのだ。自己にはない何かを「ほしい」と思う気持ちが人間を突き動かす。いまのままでは手に入らないものを「喩」になることによって手に入れるのだ。「ほしい」と「なる」は重なり合って、世界そのものをも変えていく。
 「自伝」ということばを信じれば、三井は、そんなふうにして三井の世界をつくってきたのである。ことばをつかって、常に自己解体(自己消滅)し、「混沌」(天地等価の状態)に身をくぐらせ、そしてそのつど、何かに「なる」、何かに「再生する」。そうすることによって世界を「生成」しなおす。世界を「再構築」する。
 三井は、そういう詩人である。

 いや、それ以上の詩人である。

 私は、どこかから借りてきたような「再構築」だの「混沌」だの「生成」だのという、めんどうくさいことばをつかってしか感想を書けないが、三井はそういう借り物のことばをつかわない。あくまでも三井の生活している世界のことばで語りきってしまう。(草弥・注。下線部は草弥。以下、同じ)
 私は、三井の「喩」の意識と、その意味について、めんどうくさいことを書いたけれど、そういうめんどうくさいことよりも、もっと感心したことがある。


ユウ ユウ

ララ ラ ユウユウ喩

 この口語のリズム。「喩」は私の発音(口語)では「ユ」だが、三井の関西弁なら「ユウ」なのである。(私は三井の話すことばを聞いたことがないので、想像で書いている。間違っているかもしれないが。)関西弁は1音節のことばを、母音を伸ばす(重ねる)形で2音節にする。その「口語」がそのまま文字にすることで、「ユ」と書いたとき(発音したとき)には触れ得ない世界をつかみとる。
 「喩」は「ゆうゆう」。「ゆうゆう」は「悠々」。ゆったりしている。広々としている。「自己解体(自己消滅)」→「混沌」→「生成(再生)」→「再構築」などという固苦しい世界ではないのだ。ゆったりと、のんびりと、いつも話している日常と地続きなのである。「おまえは鴨の子のようだねえ」ということば--それは日常なのである。そういうことばをそのまましっかり受け止めて、そのことばからずれずにことばをつづける。そこに三井のほんとうの力がある。ことばの力がある。これはほんとうにすごいことである。

 最後の連。

もしかして
変化?
進化
かも
よ。

 この連に、ふいに「鴨の子」の「鴨」が「かも」になって甦り、笑い話(冗談)のようにして作品が終わるのも楽しい。「自己消滅」だの「再構築」なんてことばでガチガチになると、いやだよねえ。大阪の漫才(私は実際には見たことはないのだが)のように、さらっと「おち」をつけて、さっと引き上げる。
 いいなあ、これ。
 私はたぶん、ごちゃごちゃややこしいことを書かずに、「かもは鴨の子のカモかよ」と突っ込むべきだったんだろうなあ。それだけで、この詩の魅力はより輝いたんだろうなあ、と思う。ごめんね。せっかくの話芸をぶち壊しにしちゃって、と反省するしかない。

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       形(すがた)・・・・・・・・・・・・三井葉子

   恵那の雪 ゑの形して残りけり

   わたしは恵那に行きました 恵那は岐阜県にあります

   平(たいら)に坐って山をみています
   残雪の形(すがた)が吉凶の占いになったことも あったのよ 昔

   溺れそうな海で海流が変化するとき
   ひやっと 横っ腹に
   冷たい

   海道をまがるときに
   みえるのよ
   島

   島 ?
   では
   もう陸生(りくせい)ね わたしたち とわたしはときどき思い出すのです
   わたしたちが成り立ったときのこと
   まだ

   島に 這い上らなかったときのこと。
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この詩では、前半では恵那の山を見ていながら、後半になると「陸生」になる前の「海」の記憶へと突然に飛ぶ。こういう作者の飛躍に驚いては、いけない。
こういうのが詩人の発想だからである。詩人の発想と表現は、自在に詩面を飛躍し、飛び回るのである。私が、詩人の「韜晦」と呼ぶ所以である。
私は、この詩を見ながら、少年の日に触れた、自由律の俳句

   <島が月の鯨となつて青い夜の水平・・・・・・・・・・・荻原井泉井>

を思い出していた。

この詩集の「あとがき」で三井葉子は書く。

<ずうっとことばと共寝だったな、と思う。おまえさんがいてくれての人生よ、などと言ってみたい。
 この間は、湯豆腐やいのちの果てのうすあかり 万太郎 が立てた拵えの。豆腐白壁のうすあかいいのちのいろ──を泣いたりした。もちろんなが年、非定型をおこなった、つまりわたしの無法が涙ぐんだのである。しかしながらこのところのわたしの関心事は変化について、である。簡単に言えば 老化がわたしの身の上にきた。はじめてみるじぶんである。すると。成り上る形姿が、また消えるところに射し込んでいる詩型に気付いた。さすがになあと、なにがさすがかは分からないが、この集を「句まじり」と呼びたいと思う理由である。>



これ以上、私が付け加えることは何のない。

なお、三井葉子さんは少女の頃から詩を書き続けて来られたので、はや1984年には土曜美術社から「日本現代詩文庫(19)」として「三井葉子、倉橋健一、吉原幸子」集としてアンソロジーが出ている有名な専門詩人であることを申し添えておく。

この辺で、今回の三井葉子の詩37篇の中からの抜粋の鑑賞を終る。
有難うございました。
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三井葉子さんの、この詩集が今年度の「第一回 小野市詩歌文学賞」の詩部門の受賞作となった。
副賞・100万円。
昨年までは、この市出身の歌人であり小説家でもあった上田三四二の名を冠した賞であったが、今回から改称されて授賞も短歌、俳句、詩の三分野に拡大された。
心から、おめでとう、と申し上げる。
知り合ったばかり私としても喜ばしい限りである。
授賞式は5月23日午後から「第20回 上田三四二記念 小野市短歌フォーラム」の中で開催される。当日は、茂山千之丞の「連歌盗人」という狂言。授賞式の後、パネルデイスカッション「詩歌・言葉の楽しみ」が、パネリスト・馬場あき子、茂山千之丞、辻井喬、宇多喜代子、コーディネーター・永田和宏 で行われる。第三部は一般公募の短歌の表彰と選評が行われる。
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2月9日付けで載せた詩『ヤコブの梯子』を、三井葉子さん主宰の季刊誌『楽市』に投稿しておいたら、このたび4月1日発行の『楽市』65号に掲載されて、4月2日に届いた。

楽市

あいにく誤植があって、はじめから5行目の「天上」が「天井」になっている。これは完全な「変換」ミスだが、仕方ないかと思う。
「合評会」が五月下旬に大阪であるというが、どうするか、まだ未定である。
まあ、こういう具合に詩人たちとの新しい交友が始まるのも、悪くはない。
以上、ご報告まで。

コメント
コメント
記事のインポートについて
こんにちは。
少し前にあちらにいただいた、インポートの仕方という質問ですが、私が使っているのはfc2ではないので、ちょっと説明は難しいですね。仮に使っていたとしても、文書で説明するのはなかなかやっかいだと思います。
だれか分かる方にやってもらわないとちょっと難しいのではないでしょうか。
2009/03/28(土) 23:00:25 | URL | エスペラ #- [ 編集 ]
初めまして。
詩は学生の頃以来見ていなかった気がしますが
ここで読ませて頂いて、言葉に疎い私は表現できない何かを感じました。
体の中に宿ってジワジワ広がる感じです。
2009/04/01(水) 09:46:52 | URL | listen #- [ 編集 ]
■listenさま。
お返事有難うございます。
「詩」なんてものは、実生活には無くてもいいようなものですから、どうでもいいものです。自己満足に過ぎません。
お見知りおきを。
では、また。
2009/04/01(水) 13:00:56 | URL | sohya #- [ 編集 ]
早いですね、4月になりました。東京のサクラは足踏み状態。
自然の調和律が早く行くなよとと窘めているような、そんな
気さえする寒い今日この頃です。
三井さんの詩と解説を一気に読ませて戴きました。最初の
「あれ」に参りました。多少なりとも年を重ね、親父の亡くなった
年を意識する年代になり、この突き抜けた詩はなんだろうと。
人は死ぬるために生きる、この言葉を思い出しました。
2009/04/01(水) 21:43:59 | URL | belage #- [ 編集 ]
「詩」から人生を感得する
■belageさま。
お早うございます。
ご返礼のコメント有難うございます。
先日来、楽しいハワイの画像やら見させていただいております。
ドブ以来、ほぼ毎日拝見していますが、この頃はアクセス数が増えたのではありませんか。
アクセスと言えば、「カウンター」のことですが、今までは私の場合はブログ外からのアクセスが多くて、それらをカウンターで判定していたのですが、ここFC2は「自動」計数ではないので、設置しようとやってみましたが、私の腕が悪くて、うまく作動しませんので今は外しています。
また、いろいろ先輩として教えてください。 よろしくお願いします。
いただいたコメントへの私の気持は「タイトル」部分にこめてありますので、よろしく。
2009/04/02(木) 08:00:47 | URL | sohya #- [ 編集 ]
こんにちは。
先日、京都の桜を楽しませていただきました。
何でもご存知のSohyaさんのお話を聞きながら
京都見物するとまた違った発見が出来るかもと
思っています。
京都の素敵な情報お待ちしております。
2009/04/14(火) 12:19:24 | URL | 君平 #3/VKSDZ2 [ 編集 ]
君平さま、いらっしゃい
■君平さま。
お早うございます。
昨日はバタバタしていまして、コメントの返事を
かけませんでした。
私こそ、あなたのブログから楽しい雰囲気を味わわせて
いただいてます。
私は今日から一泊二日で信州の善光寺の七年に一度の
秘仏のご開帳の行事を見に友人三人で参ります。
京都駅8時の出発で、まもなく6時半頃、家を出ます。
昨年春までの四国遍路の延長上の「お礼参り」ということです。
では、また。お元気で。
2009/04/15(水) 05:55:23 | URL | sohya #- [ 編集 ]
コメントレス
おはようございます。
いつも、ご訪問いただきありがとうございます。
コメントのレスをそれぞれの当該記事に置いています。
ご高覧のほど
コメントありがとうございました。
2009/04/18(土) 09:46:40 | URL | 結城音彦 #GCA3nAmE [ 編集 ]
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