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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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秋の子のわたし真つ赤な彼岸花の野をするすると過ぎゆかむもの・・・・・・・・・・・村島典子
晶0004

──村島典子の歌──(10)

     秋の子のわたし真つ赤な彼岸花の
          野をするすると過ぎゆかむもの・・・・・・・・・・・村島典子


          蛇を踏む犬・・・・・・・・・村島典子

 尾根道の木の根の陰に潜まりし縞へびをわが犬は踏みたる

 思ひきや蛇の愕きはいかならむ悠然と崖くだりゆきしを

 このごろは蛇に遇はずと言ひし日に蛇を踏みたるわたくしの犬

 その死より幾日すぎける道端の鼬のむくろ、毛の裘(かはごろも)

 ファンタジーの世界なりけり竹林はクローン竹のしづけさに満つ

 音楽の響りやみしとき静寂を待ちうけしごと鳥鳴きいだす

 鳥たちはとほくへ合図をおくるらし人はもむかし袖振りにけり

 灼けつちを喘ぎながらに帰りつく我が家といふを犬認識す

 蛇の頭を踏みしわが犬炎天の庭に伸びをり目を瞑りをり

 犬といへど瞑想いなりふかぶかと夕暮はきぬ犬のかたへに

 老びとは幼きものの傍らに、山の広場にブランコを漕ぐ

 天国の余り風なり風の漕ぐぶらんこはもう夕雲のなか

 かんぷーは髪むすぶ紐とりどりの色ゴムさげて女童来り

 六歳の少女のももいろワンピース竿に揺れをりうれしきごとし

 ママゴトのやうなお盆のお供へをけふはせりけり手を合せけり

 仏壇も位牌もなけれど父母は帰りきませりこの数日を

 戒名を称ふることのたいせつさ私の中へ死者を呼び出す

 『左岸だより』巻末にきて作者なる玉城徹の死のとき迫る

 夜の窓あけて呼ぶなり月明に赤のワインを供せむとして

 大水にことしの蛍は流されぬ吉野、黒滝、天川、熊野

 去年(こぞ)雨の黒滝川に明滅せし吉野のひとのたましひ、ほたる

 一年は人を老いしむ大津波、台風いはむや原発惨事

 花の壺と呼ばれし果実いちじくを二つに割りて朝の食卓

 白き汁に口をぬらして食(たう)べたりたちまち秋の野の広がれり

 まんまんと晩夏のみづは流れをり宇治川を越ゆ大和へ入りぬ

 黄金に田畑実れるたたなづく青垣やまとへひと日たびびと

 台風に伏す稲の辺に跪く農夫ありけり見て過りたり

 みつみつと菱の葉しげる沼の面の白鷺はそのうへに佇ちをり

 厳(いつか)しきこゑ荒らげる婦人あり後部座席に子を叱るらし

 阿房列車にあらねどわれは百のたのしみすこし味はひにけり

 秋の子のわたし真つ赤な彼岸花の野をするすると過ぎゆかむもの
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この歌群は「晶」76号に載るものである。
愛犬の散歩の途中で犬が縞蛇を踏んだことを契機として、この一連は構成された。
真ん中すぎのところには、この前の号で紹介した奈良は吉野の、先師・前登志夫の死にまつわる「黒滝村」の一連を曳いて詠われている。
一連は、東日本大震災にも思いは巡って、沈潜した情趣ふかい歌群として終始していて、好ましい。

     
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