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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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五味文彦『西行と清盛─時代を拓いた二人』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

     五味文彦『西行と清盛─時代を拓いた二人』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・・新潮選書2011/11/25刊・・・・・・・・・・

     遁世か? 武断か? 同い年の二人の足跡を辿り、中世日本人の生き方に迫る。

     1118年生まれの二人の男。片や二十三歳で出家し、中世を代表する歌僧となって往生し、
     片や十代から出世街道を走り、武者の世の栄華を極めたすえに滅亡した。
     文と武、聖と俗――いかにも対照的な彼らは十二世紀の日本をいかに生き、
     新たな時代の文化と政治をどう拓こうとしたのか? 
     中世史研究の泰斗、渾身の書下ろし七〇〇枚。

↓ 新潮社の新刊のHPに載る「編集者のことば」を引いておく。
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       中世日本人のふたつの生き方

 西行と清盛。この二人にはいくつか共通点があるのですが、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
 後世の日本文化と政治のありように多大な影響をあたえた。――ちょっと大づかみな捉え方になりますが、たしかにこれは共通点といえそうです。西行は二十三歳で出家するまではれっきとした武士だったから、二人はともに武人として人生をスタートさせた。――これも正解。でも、西行と清盛には、ある意味でもっと単純な共通点がありました。どちらも一一一八年生まれの、同い年。
 本書はそんな二人の歩みを比較しながら、遁世と武断という中世日本人のふたつの生き方、ひいては十二世紀という時代のおおきな変わり目の空気を読み解こうとする意欲作です。
 いくつかの共通点があるとはいえ、二人の生き方は対照的なものでした。片や世俗の生活を捨てて中世を代表する歌人となり、片や孫を天皇にすえて栄華をきわめ中世を代表する武士となったすえに滅亡する。また、西行には『山家集』『残集』などの歌集があって、その内面を物語る主観的な資料には事欠かないものの、人生の足跡をきちんと辿れるような客観的史料には乏しい。一方、清盛にはその心情をみずから吐露したような資料は乏しいけれども、何年何月に何をしたかを伝える史料は豊富に残されています。
 そこで、著者は、西行の内面と清盛の外面をいわば合せ鏡のように対照するという極めてユニークな手法を考案し、二人の人生の節目を十年ごとに区切りながら、その足取りと時代の動きをていねいに活写していきます。来年のNHK大河ドラマは『平清盛』。その前に、日本中世史の泰斗によるこの渾身の書き下ろしをご堪能ください。
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↓ 以下は、新潮社の読書誌「波」12月号に載る著者本人の解説文である。

       西行の身体      五味文彦

 文学作品から歴史を読み解こうという私の試みは『平家物語、史と説話』(平凡社ライブラリー)に始まり、『「徒然草」の歴史学』(朝日選書)・『梁塵秘抄のうたと絵』(文春新書)を著したあと、いよいよ和歌について考える段になって大きな壁に直面した。
 藤原定家の日記『明月記』を読んでいても、なかなか定家の和歌の世界に入ってゆけないのに、どうして文献史料の少ない歌人たちの和歌を歴史学的に取り扱えるのであろうか、という壁である。そこで注目したのは和歌に添えられた詞書である。絵巻を詞書から探った試みと同様に、和歌を詞書から探ってみたらどうか。いわば「詞書の歴史学」を試みればよいと思った。
 その面から見渡したところ、詞書の多い作品として西行の『山家集』が目に入ってきたが、この試みを後押ししてくれたのが、西行学会からの講演依頼である。その要請に応じて詞書を整理し、歴史的に位置づけてゆくなか、しだいに和歌の内容もわかるようになってきた。分析の柱となったのは、かつて『中世の身体』(角川学芸出版)で探った身体という考え方と、『平清盛』(吉川弘文館)・『後白河院――王の歌』(山川出版社)で探った人物史の方法である。
 西行の身体に即してその和歌を読むうちにしだいに輪郭が見えてきた。西行は何度も自らの身体を変換させ、また移動させて新たな地平を手に入れてきた。すなわち遁世聖にはじまって高野聖、西方修行僧、勧進聖、歌僧などへの変換、そして平泉・厳島・高野山・吉野・大峯・熊野・讃岐、伊勢といった移動である。その身体から和歌がいかに詠まれたのかを考えたのである。
 とはいえ和歌以外の文献史料が数少なく、その生涯を時代とともに探るのは容易ではない。そうした時に気がついたのが、西行が平清盛と同じ年に生まれたことである。二人を比較して探ってゆけば、おのずから時代が見えてくることになるであろう、という目論見により、人物史の方法に沿って二人の動きを十年刻みで考えてゆくことにした。
 その結果、二人は微妙に交錯しながら時代を生きてきたことがわかった。西行がこの時代を文化の面で拓いていったのに対し、清盛は政治の面で拓いていった。そこでタイトルも「西行と清盛 時代を拓いた二人」となった。二人の動きは、今の時代にも通じるものが少なからずある、そんな思いを込めての副題である。
 こうして本書は成ったのだが、ここまで来ると、その次が欲しくなる。西行の大きな影響を受けた後鳥羽院が視野に入ってきたが、ここでは「詞書の歴史学」は通じない。どう攻めるか、また課題を負った。(ごみ・ふみひこ 放送大学教授)
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五味文彦/ゴミ・フミヒコ

1946年生まれ。東京大学文学部教授を経て、現在は放送大学教授。東大名誉教授。『中世のことばと絵』でサントリー学芸賞を、『書物の中世史』で角川源義賞を受賞し、以後、日本中世史研究をリードして来た。近年の著書に『後白河院―王の歌―』(山川出版社)、『日本の中世を歩く』(岩波新書)、『躍動する中世』(小学館)などがあり、同じく共編著に『現代語訳 吾妻鏡』(吉川弘文館)などがある。

「立ち読み」も出来るのでアクセスされたい。

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