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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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木村太郎『ディア・グロリア』─戦争で投函されなかった250通の手紙・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

  木村太郎『ディア・グロリア』―戦争で投函されなかった250通の手紙―・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
           ・・・・・・・・・新潮社2011/11/18刊・・・・・・・・・・・・

      戦時下で揺れ動く心情を語れるのは、アメリカ人の親友への手紙だけだった。
      日米開戦から70年の時を経て、80歳の姉の家から見つかった45冊のノート。
      それは幼少期を過ごした米国での友人グロリアへ向けて書き続けた、手紙仕立ての日記だった。
      自由を満喫できた「敵国」に思いを馳せつつも連日の空襲に苦しむ日々……。
      戦後は戦犯裁判の通訳を務めた姉の人生をジャーナリストの著者が綴った感動の記録。

新潮社の読書誌「波」12月号に載る書評を引いておく。
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       真に強い、勇気の女性       安藤優子

 ニュース番組でコンビを組んで二十年をゆうに超えた。にもかかわらず、未だ解けぬ「出生のナゾ」につつまれているのが木村太郎さんである。何かの拍子に福岡県の飯塚の話になると「ああ、川筋モンね、あそこは……」などとまるで自分がそこで生まれたかのような口ぶりになる。そして、またあるときは「生まれたのはサンフランシスコだから、日米両方のパスポートあるし……」ともいう。しかもニューヨークの話になれば「ロングアイランドにガキのころ住んでいたし」となる。じゃあ本籍は? と聞けば「麻布・龍土町」だというのだ。まさか『時をかける少女』じゃあるまいし、いったい子供のころの木村さんは飯塚やサンフランシスコ、ロングアイランドに六本木と、複数・分割に存在したとでもいうのだろうか。それが木村さんの近著『ディア・グロリア』によって解き明かされた。なんのことはない、木村さんのおじいさんは飯塚の造り酒屋で、お父さんの仕事の関係でサンフランシスコで生まれて、ロングアイランドに引っ越して、でも帰国後は龍土町(現・六本木七丁目)に住んでいたのだ。それにしても生まれてから五~六年でそんなにあちこちに存在し、海まで渡ってしまったのだから、木村さんというのは生まれながらに波乱万丈、八面六臂に報道の現場で生きることが決まっていたとしか思えない。
 しかし、『ディア・グロリア』の主人公はそんな木村さんではなく、十歳年上のお姉さん、利根子さんだ。日本で生まれて後に満州に暮らし、その後六歳から七年をアメリカで暮らし、帰国。戦争中はアメリカ向けの宣伝放送に英語の話せる子役として駆り出され、戦後は戦争犯罪人を裁く法廷通訳として米軍のために働いたという、あまりにもドラマティックな日々を送ってきた女性だ。その利根子さんが高齢になって病に倒れ入院、退院後のためにいちばん身近な木村さんがお姉さんの部屋を片付けたときに、二百五十通にのぼる古い手紙や日記が見つかり、この『ディア・グロリア』が生まれた。手紙はさまざまな大きさの古いノートにびっしりと流麗な筆記体の英語で書かれており、どの手紙も「ディア・グロリア」、「グロリアさま」で始まっていた。決して投函されることのなかったそれらの手紙は、利根子さんがアメリカから帰国した十三歳のときから九年間にわたって書き続けた日記の一部であった。宛名のグロリアは、利根子さんがニューヨークに住んでいたときの親友である。アメリカ人の友達に、しかも英語でしか自由に思いを語ることができなかった利根子さん。彼女は帰国後の母国の印象を次のように書いている。『私が船を降りた時、一人の男が間違いなく悪意をもって私を蹴った。(中略)私は、いい子であるように努力してきた。穏やかであるよう努め、完璧であるようにしてきた。それも今日までのことだ。こんな環境の中で、私の忍耐は限度に達している。』当時いわゆる贅沢禁止令が出されていた日本では女性はモンペ姿が当たり前で、美しいアメリカ製のドレスを着ているだけで、むき出しの敵意に出会ったことは想像に難くない。そんななかで戦争が始まり、利根子さんが愛するアメリカは敵国となる。それでもグロリアへの手紙は綴られた。やがて敗戦。玉音放送を聞いた利根子さんは『これを最後に貴方にはもう手紙を書かないわ。でも貴方を怒っているわけではないのよ。誰も責めているわけではないの』とグロリアに決別宣言をし、以降、日本語で日記を書こうとする。しかし、日本語より英語を得意とする利根子さんは、アメリカへの無理やりの決別に疑問を感じ、再び英語で綴るようになる。そのときの彼女の日記は感動的だ。『戦争は終わり、アメリカは私たちを負かした。アメリカが勝ち、私たちが負けたのだ。でも、それはどういうことなのだろう。私たちは負けたから彼らを憎まなければならないのだろうか。』そして、利根子さんは憎むことをやめ、自分を解放することで自由な心を取り戻していく。真に強く、勇気に満ちた女性だ。彼女の日記に綴られた率直きわまりない言葉の数々が、日本とアメリカの愚かな過去を見事に浮かび上がらせている。少女にとって親友が敵になるほど、醜い現実はないのだから。
 (あんどう・ゆうこ ニュースキャスター)
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1326木村太郎
木村太郎/キムラ・タロウ

1938年米国カリフォルニア州生まれ。1964年慶應義塾大学法学部卒業後、NHKに入局。ジュネーブ支局、ワシントン支局特派員などをつとめた後、「ニュースセンター9時」のメインキャスターに。1988年にフリーとなり、現在はフジテレビ「スーパーニュース」のコメンテイターをつとめる。

「立ち読み」も出来る。お試しあれ。

コメント
コメント
報道 天才
最近、原発を中心とした問題が流行のトピックですが、
当時、小泉政権の原発推進派を養護する報道をしたフジテレビジョン(木村太郎
、安藤優子、滝川クリステルなど) は、どう考えてもおかしいと思われます。
自民党と公明党は、公約を守って党を「ぶっこわした」すだけでなく、原発をぶ
っ壊しました。
このリンクを見てほしい。http://www.salanetwork.or.jp/
滝川クリステルの動物愛護団体名誉会員については、この団体とは異なりますが
、おかしいわけです。
ムツゴロウ動物王国の問題もフジテレビジョンでしたし、競馬は、フジテレビジ
ョンのメインコンテンツ、競争馬は、怪我すれば、殺処分されます。
震災後にやたら滝川の動物愛護が目立ち異常に際立っています。
フジテレビジョンは、小泉の三位一体の改革を大絶賛し続けた。小泉は、公約通り、自民と公明そして原発をもぶっ壊した。
安藤優子、木村太郎、滝川クリステル
などは原発を安全だと主張した原発賛成派である。
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1179007636
2012/01/21(土) 16:12:10 | URL | 匿名 #- [ 編集 ]
コメント有難うございます
■匿名さま。
コメント有難うございます。
私は「凡人」で、詳しいことを知っているわけではありません。
「木村太郎」もNHKの頃の番組を見たにすぎません。
フジテレビの「性格」は、おっしゃる通りでしょうね。
この母体会社が「産経新聞」でありますから、その政治主張からして、よく判ることでしょう。
私が、この本を採り上げたのは、それらとは関係がありません。
ご教示に感謝します。
URLの明示がありませんので、ここに記すにとどめます。
2012/01/23(月) 06:19:52 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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