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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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岡井隆『わが告白』・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
岡井隆0001

──新・読書ノート──

     岡井隆『わが告白』・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
        ・・・・・・・・・新潮社2011/12/21刊・・・・・・・・・・・

     八十三歳、歌会始選者・宮内庁御用掛の大胆なる「私小説」への挑戦。

     男女の愛とは何だろうか――。二度の離婚。そして五年間の恋の逃避行。
     日本を代表する大歌人には、語られざる過去があった。
     文学者として世俗的な栄誉をすべて受けた今、封印してきた記憶が蘇る。
     そして、嫉妬と悪意の嵐。
     裁判沙汰になったストーカー騒動にも巻き込まれ、決して平穏な日々は訪れない。
     最初で、最後の小説。

新潮社の読書誌「波」2012/01号に載る書評を引いておく。
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          チーズと悪夢       穂村 弘

『わが告白』とは強い印象のタイトルで、いったい著者はどんな人でどんな罪を犯したんだろう、と考えてしまう。
読み進むと、その年齢が八十代であることがわかる。彼は宮内庁御用掛、歌会始選者、日本芸術院会員、つまり歌人としての最高の地位を極めた人間である。
その一方、元医師であり、元大学教授であり、過去に焼夷弾による負傷、キリスト教の受洗、革命運動への参加などの経験があるようだ。
人生のなかで思想的に左から右へシフトしたことがみてとれる。
 また、現在の妻との間の年齢差が三十二歳ある。六十一歳のときに二十九歳の彼女と知り合って恋に落ちたらしい。そのとき、彼には妻と三人の子供があった。
その前にも別の妻と子供がいた。さらに前にもまた別の妻と子供がいた。
つまり、三度にわたって妻子を捨てた経験を持っているわけだ。彼はこれを一種の罪と考えている。
「わが告白」とは、つまり、その体験に関わるタイトルであるらしい。
 それにしても、と思う。なんという「濃い」人生なのだろう。
戦後生まれで人生に対する活力に乏しい私には想像もできない。そんな彼は次のように書く。

 ユンゲ・フラウ(引用者註:「若き妻」の意)は、いつもバナナ(朝食)を半分に切り皿にのせ「どちらがいい?」と訊く。
焼魚や煮魚の一切れずつを二枚の皿にのせた時も、「どちらがいい?」と選択を迫る。
ほとんどかわりないのだが、「こちらでいい」と答えると「で、といわないで」「こちらが、といって」という。
私はトラブルを避けて「こちらがいい」と言い直す。こうしたたあいのないやりとりでも、現在を書くことの方が私には嬉しいのである。過去は嫌いだ。

 八十代の巨匠の文章とは思えない。ここには読者を脅かすような重々しさは全くない。あるのは軽やかな魅力。
だが、若者の日常のようにさえ見えつつ、よく読むと、行間に独特の空気の濃さというか、チーズのように複雑な匂いが漂っているのが感じられる。
この他愛ない幸福の背後に、置き去りにした五人の子供と三人の元妻の存在があることを意識しなくても、鋭敏な読者は何かを感じ取るだろう。
「どちらがいい?」「こちらでいい」「で、といわないで」「こちらが、といって」「こちらがいい」という日常のやり取りが、奇妙な深みを帯びて響いてくるのだ。
「過去は嫌いだ」と云いつつ、彼の文章のチーズめいた味わいが、そのような過去の混沌とした厚みに根ざしていることは否めない。
加えて、韻文作者としての練り上げられた言語感覚がその発酵に拍車をかける。結果、全体がおそろしく複雑な旨味に充ちた読み物になっている。
にも拘わらず、本書のなかで、その筆がどうしても届かない領域がある。それが「告白」だ。
 本書の面白さは、肝心の「告白」がなかなか為されないところにある。
宮内庁御用掛の視点からの皇居の内部描写、原発推進賛成の弁、性的告白、被ストーキング体験、とあらゆるタブー的事項を自在に描いていながら、
「告白」になると、突然、その筆が金縛りにあってしまうらしい。確かに重い出来事には違いない。
だが、書き手の性質によってはもっとあっさりと、或いは面白可笑しく、描くこともできるだろう。
 天皇や皇后に短歌を講ずる芸術院会員の巨匠が、その言語感覚の全てを投入して挑んでは跳ね返される様子に異様な生々しさを感じる。
ついには「昨年末以来、悪夢が続いて、目がさめた時には、夢の中にあらわれた魔ものたちのものすごい力によって、さんざんに痛めつけられて」と記すに至る。
この惨敗振りに胸を打たれる。愛と結婚を巡る彼の行為は法律上の犯罪ではない。その罪の深さは誰にも測れない。
では、罪の意識の深さはどうか。八十代の人間が毎夜のように悪夢を見続けて魘される。
ここから彼自身の罪の意識の深さを窺うことができる。それは愛に対する真剣さの裏返しではないか。

 泣き喚ぶ手紙を読みてのぼり来し屋上は闇さなきだに闇・・・・・・・・岡井 隆

                                  (ほむら・ひろし 歌人)
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岡井隆/オカイ・タカシ

1928年1月5日愛知県名古屋市生まれ。歌人・文芸評論家。未来短歌会発行人。日本藝術院会員。現、宮内庁御用掛。慶應義塾大学医学部卒。医学博士。内科医師として国立豊橋病院内科医長などを歴任。1946年「アララギ」に参加。1951年、近藤芳美を中心に「未来」創刊。『禁忌と好色』で迢空賞、『親和力』で斎藤茂吉短歌文学賞、『岡井隆コレクション』で現代短歌大賞、『ウランと白鳥』で詩歌文学館賞、『注解する者』で高見順賞受賞。
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岡井隆については何度か、つい最近にも書いた。
評者の穂村弘は若手の歌人として注目を浴びている人で、旧来の歌人の枠には収まらない人であるが、この評は常識的である。
この記事の初めの方で<最初で、最後の小説。> とあるのは、新潮社の編集者の書いたキャプションであって、私の意見ではない。
この本は、断じて「小説」などではない、ことを強く言っておきたい。
穂村弘も書いているが「わが告白」という割りには、オブラートにくるんだ表現に終始し、「歯切れ」が悪い。
それは今一緒に暮している妻・恵里子が読んでショックを受けないようにとの配慮によるものである。このことは彼自身が書いているのだ。
もう三年も前になるのか、日本経済新聞に三十回にわたって連載された「私の履歴書」を補足する形の文章が、この本である。
「人騒がせ」な人であるから、今後も何かあるだろう。
彼は「権勢欲」の強い人であり、派閥意識の強い人であり、「目立ちたがりや」でもある。
宮中歌会始の選者、宮内庁御用掛などの職も「天皇家」側からの何らかの栄誉を期待してのことであろうか。

「立ち読み」も出来る。お試しあれ。

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