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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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塩野七生『十字軍物語』1・2・3完結・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

   塩野七生『十字軍物語』1・2・3完結・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・・・・・新潮社2011/12/09刊・・・・・・・・・・・・・

      シリーズ第三巻は獅子心王リチャードとイスラム最高の武将サラディンとの激戦。
      「地中海の女王」ヴェネツィアを飛躍させた第四次十字軍。
      謎に満ちた神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ二世の外交戦術。
      そして第七、第八次十字軍を率い、聖人と崇められたフランス王ルイ九世の実像……。
      堂々たるシリーズ完結にふさわしい「戦争論」の極致。

新潮社の読書誌「波」2012年1月号より 書評を引いておく。
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     [塩野七生『十字軍物語3』刊行記念]

          はじめに十字軍ありき         野口悠紀雄

 十字軍遠征が人類史上稀に見る集団的愚行であったことは、非キリスト教徒の目には明白である。聖地奪還というのだが、「私が信じる宗教の発祥地は私のもの」という論理はあまりに身勝手で、呆れる他はない。百歩譲ってこの論理を認めても、多大の犠牲を払って遠征を行なう合理的理由を見出せないのである。「こんな訳の分からぬ話はない」と、ずっと思っていた。
『十字軍物語』も、遠征の理由探しから始まる。ビザンチンからの救援要請を奇貨としたローマ法王の企みは、分からなくもない。しかし、参加した諸侯は、一体全体何が目的だったのか。「巡礼者が邪魔されていたため、信仰心の篤い諸侯が立ち上がった」というのなら、分かる。しかしそうではなかった。領地獲得という経済的動機もなかった。費用は自分持ちだし、領地への後顧の憂いもあったはずだ。コンスタンチノープルに着けば、邪魔はされるし、忠誠は要求される。「それでもやるのか」と、謎は深まるばかりだ。
 で、何が何だかさっぱり分からないまま、第一次十字軍はオリエントの地に攻め入った。そして、十字架とともに快進撃を続け、ついにイェルサレムを奪還。神が与え給うたエネルギーのすごさには、驚くばかり。
 第二次十字軍には、フランス王妃エレオノール(アリエノール・ダキテーヌ)がいる。彼女は、夫ルイ七世に同行したというより、自分で軍を編成し、夫を焚き附けたのだ。『冬のライオン』では、「裸同然の姿で乗り込んだので、兵士たちは喜んだ」と自ら語っている。彼女はトロイのヘレン並みの美人だったろうと、私は何の根拠もなしに空想している(本書がその可能性に言及していないのは、大変残念)。
 十字軍全史のクライマックスは、イスラムにサラディンが登場し、ライに侵された一三歳の少年王ボードワンが十字軍国家防衛のために超人的な努力をするあたりから始まる。
 そしていよいよ、「花の」第三次十字軍がヨーロッパを発ち、リチャード獅子心王とサラディンの激突が始まる。著者も力が入るが、読むほうも大いに力が入る。どこが一番いいかと問われれば、まだ少年だったアル・カミール(後のイスラムの盟主)がリチャードによって「騎士にされちゃった」場面だろう。イスラムを巻き込んでの騎士道物語だ。
 全編を通じて著者は、「ダメ男」と「スゴイ男」を明確に対置する。無能男が指導者の椅子に座れば、その周りに無責任男や、甘い汁を吸おうとする者どもが群がる。しかし、他方では、聡明で使命感に燃えた人物が現われる。人望厚く、離散していた人々を固く結束させ、戦場では相手の出方を的確に読んで味方を勝利に導く。拍手大喝采!
 指導者に求められる資質は何か? 傑出した能力だけでなく、「あの人になら従いて行く」という人間的魅力が必要だ、と著者は指摘する。そのとおりだ(私は大蔵省というヤクザ組織にいたことがあるので、このことが本当によく分かる)。このところ日本の政治指導者に凡庸な人しかいないのは、イタリアからでもお分かりでしょうが、塩野先生。人材枯渇は政治の世界だけではない。どの組織にも、ジャーナリストにも学者にも、「普通の人」しかいなくなってしまったのですよ。サラディン様やリチャード様には及びもないが、せめてボードワンやイベリン級は出てこないのか? 嗚呼!
 もっとも、十字軍も最後はダメ男だらけになった。ルイ九世の、聞くだけでゲンナリする無残な敗けいくさで、十字軍の歴史は幕を閉じた。
 こうして、蛮勇に始まり愚挙に終わった十字軍だが、いったい何をヨーロッパに残したのか? ギボンは、「十字軍にかけたエネルギーを他に向けたら、ヨーロッパはもっと発展していただろう」と言う。当然至極の意見だ。しかし、私は百パーセントは賛成できない。
 まず何よりも、十字軍は、強い魔力を放射し、多くの英雄物語を生んだ。キリスト教徒にとって「十字軍」という言葉がいかに魔術的魅力に満ちていたかは、クラシックバレエの名作「ライモンダ」を見れば分かる。主人公ジャン・ド・ブリエンヌが雄々しく出征する様を婚約者ライモンダが見守る場面は、何度見ても(DVDで、ですが)涙が出る。ところが、塩野女史によれば、この男は「どうにも冴えない」老人で(何たる幻滅!)、彼が率いた第五次十字軍は「御当地十字軍」と呼ばれてしまう始末(あんまりだ!)。それが史実だったとしても(史実なのだろうが)、人々はそれには目をつぶり、凜々しいヒーローを想像するのである。
 いや、バレエだけではない。十字軍は、イタリア海洋都市ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサに空前の繁栄をもたらした。これが本書の強調する点だ。海上力とは、輸送力だけでなく軍事力でもあった。いまで言えば、産軍複合体である。リチャードの行軍が都市国家艦隊との共同作戦だったことを、本書で初めて知った。十字軍を「支えた」というよりは、「利用した」というべきだろう。都市国家が戦争で蓄積した富が、ルネッサンスを生みだしたのである。
 ところで、これらの「逆命題」は真だろうか? 私は、つぎの仮説を提起したい。すなわち、仮に十字軍がなかったとしたら、海洋都市国家は発展しえなかった。また、仮にこれらの経済的繁栄がなかったら、ルネッサンスはなかった。
 さらに進んで、つぎの(大胆すぎる)仮説はどうだろう? ポルトガルとスペインによる大航海は、イタリア都市国家の衰退をもたらすことになるのだが、仮にそれらの都市がなかったら、胡椒貿易もなく、したがって大航海もなかった。
 以上の仮説がすべて正しければ、十字軍の蛮勇と熱狂こそが(そして、それのみが)、現代まで続くヨーロッパの世界支配の源だということになる! 「遠征を合理的に説明できるかどうか」などは、どうでもよいことなのだ。
「十字軍がヨーロッパにもたらしたのは、アンズだけだ」と言う研究者がいる。とんでもない。十字軍はヨーロッパにルネッサンスと新大陸をもたらしたのだ。ツヴァイクは、名作『マゼラン』を、「はじめに胡椒ありき」と書き起こした。しかし、胡椒が始まりではなかった。その前に十字軍があったのだ。だから、大航海の歴史は、「はじめに十字軍ありき」と書き直さなければならない。
 こうした仮説を、専門の歴史家は取り上げない。現実でなかったことを仮定しても、論文にならないからだ。大学のチェア獲得のためには、「沃野にあって枯草を食わなければ」(空想でなく論文を書かなければ)ならない。上のような勝手な想像ができるのは、キリスト教徒でなく専門の歴史研究者でもない者の特権である。塩野氏はその一人だと明言しているが、もちろん私も特権享受者である。本書に刺激されて、久々に世界史的空想の羽根を広げることが出来た。 (のぐち・ゆきお 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)
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2010/08/08に採り上げた「ガイドブック」↓ と共で全四冊となる。
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「立ち読み」も出来るので、お試しあれ。

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