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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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小倉美惠子『オオカミの護符 』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──   

 小倉美惠子『オオカミの護符 』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥 
           ・・・・・・・・・新潮社2011/12/16刊・・・・・・・・・・・・    

      川崎の我が家で目にした一枚の護符。描かれた「オイヌさま」の正体とは?

      50世帯の村から7000世帯が住む街へと変貌を遂げた、神奈川県川崎市宮前区土橋。
      長年農業を営んできた著者の実家の古い土蔵で、護符の「オイヌさま」がなにやら語りかけてきた。
      護符への素朴な興味は、謎解きの旅となり、いつしかそれは関東甲信の山々へ──。
      都会に今もひっそりと息づく、山岳信仰の神秘の世界に触れる一冊。

新潮社の読書誌「波」2012/01号に載る書評を引いておく。
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     土地の記憶をたぐる       成毛 眞

 ていねいにていねいに、心をこめて、大切に作られたノンフィクションだ。
なにごとかを強く主張するために作られたわけではない。
さりとて、第三者である取材者の目で作ったわけではない。
この本は思いを共にする人々と土地の記憶をたぐる旅の記録である。
 あえて「本を作る」と書いた。
本書は二〇〇八年に公開された記録映画「オオカミの護符」をもとに書かれているからだ。
そもそもこの映画は、著者小倉美惠子自身が神奈川県の川崎市宮前区土橋にある自宅周辺の古老を訪ね歩いた映像記録を発端にしている。
家庭用ビデオカメラで五年間にわたり伝統行事などを撮り続けるうちに、支えてくれる仲間が増え、やがて本格的な映画として完成することになった。
平成二十年度の文化庁映画賞文化記録映画優秀賞や二〇〇九年度アース・ビジョン賞を受賞した。
 コンビナートの印象がつよい川崎市だが、じつは臨海地帯から多摩丘陵まで細長い形をしている。
土橋は多摩丘陵側にあり、おしゃれな街「たまプラーザ」につながっている。
小倉家は代々お百姓の家系。古い土蔵があり、そこに貼られていた「護符」がふと気になったところからこの旅ははじまった。
その護符には黒々しい犬が描かれていて、「オイヌさま」と呼ばれているという。
毎年貼り替えられるこの護符はどのようにしてやってくるのであろうか。著者はその流れを遡りはじめた。
 百姓の神様「オイヌさま」は講からもたらされていた。
その「御嶽講」という古くから土橋にある行事は、山の世界への入り口である「武蔵御嶽神社」へと向かい、やがて「御師」という山びとに導かれ、
山の神への一年の無事と豊作・豊漁をお願いするという流れだ。
著者は何百年も続いてきたこの流れを、素直なおどろきとともに、いとおしむように記録していく。
 この柔らかい視線は祖父母ゆずりのようだ。祖父の布団に弟が、祖母の布団に著者がもぐり込んで、祖母の語りを聞きながら二人は眠りについた。
「さるカニ合戦」や「桃太郎」はもちろん、すこし大きくなると「さんしょう太夫」や「青の洞門」なども、絵本をつかわずに「そら」で語ってくれたという。
祖母は主人公が窮地に立たされる場面になると、「あなたならどうする?」と幼い著者を覗きこむ。
悪者をコテンパンにすると答えると、祖母は「一寸の虫にも五分のたましいがあるぞ」と言い聞かせたという。
 懐かしく甘酸っぱい記憶がよみがえってきて鼻の奥がキュンとなる。
夜の闇が祖父母を連れ去ってしまうのではないかと思い、幼い著者は布団のなかで涙が止まらなくなる。
読みながらもらい泣きしてしまいそうだ。
この本の魅力のひとつは、著者のような経験がない読者もこのような記憶を共有できることなのかもしれない。
もちろん、その記憶とは著者のこどものころのことだけではない。
山とオオカミへの素朴な信仰、信仰をつなぐための山の人と里の人の行き来、丹精込めて作られるタケノコ山、
里にのこる「べーら山」など、人々と土地に刻まれた古代からの記憶だ。
 ところで、東京都青梅市にある武蔵御嶽神社創建の言い伝えは崇神天皇七年だ。
古代から伝わる、鹿の骨を使った「太占」という占いがいまでも行われているのは、群馬県富岡市の貫前神社と二社だけであるという。
ほぼ二千年にわたり、都が西にあったため、東国は未開の地のように考えてしまいがちだが、むしろ東国にこそ古代の記憶が残っているのかもしれない。
この本は、古代や絶滅したニホンオオカミをめぐる記憶などを共有することができる今年一番のおすすめ本だ。 (なるけ・まこと HONZ代表)

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小倉美惠子/オグラ・ミエコ

1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋に生まれる。アジア21世紀奨学財団やヒューマンルネッサンス研究所での勤務を経て、2000年から自主的に地元「土橋」の映像記録を開始。2006年、民族文化映像研究所所員であった由井英と共に(株)ささらプロダクションを設立し、プロデューサーとして2008年に映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」(文化庁映画賞文化記録映画優秀賞受賞。地球環境映像祭アース・ビジョン賞受賞)、2010年に「うつし世の静寂(しじま)に」を公開。

「立ち読み」も出来る。お試しあれ。

コメント
コメント
以前、土橋の近くの鷺沼に住んでいました。
あの界隈は今は東京のサラリーマンのベットタウンです。「金妻」の舞台となりました。
それでも郊外農村の面影は残っていて、
家の近くには採れたて野菜の無人販売所も
ありました。
御嶽山は毎年正月に山仲間と宿坊に泊まります。拙ブログでもたびたびアップしました。
興味深い本を紹介していただきありがとうございます。

2012/01/22(日) 11:13:42 | URL | 2000円マスター #- [ 編集 ]
私は関西人で首都圏のことは何も知りませんが。。。
■マスターさま。
お早うございます。
コメント有難うございました。
私は関西人で首都圏のことは何も知りませんが。。。
大都市の近くは、どことも同じようなことが
起こっているのでしょうね。
私の首都圏の知人たちも、そんな「近郊」に住んでいますがね。
明治になってから住宅地になったところ。
昭和はじめに替わったところなど、開発の時期によって
町並みは替わります。
今のお住まいの辺りは、いかがですか。
では、また。
2012/01/23(月) 06:02:54 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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