K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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黒松武蔵歌集『とかげ再び』抄・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
とかげ

──新・読書ノート──

     黒松武蔵歌集『とかげ再び』抄・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ・・・・・角川書店平成二十三年八月一日刊・・・・・

著者は巻末の略歴などによると、昭和八年生まれ。子供のころは旧満州に育ち、敗戦により引揚げ。
昭和二十六年、高校生のときに結核発病。十年後の三十六年に復学。
広島大学教育学部高校国語科卒業。国語科教員として鹿児島県下を転任。
昭和六十三年 県立図書館奄美分館館長として赴任、初代館長は「島尾敏雄」という職で、五代目。
以後、校長や私立鹿児島国際大学図書館事務長を歴任して退職。
現在、日本歌人クラブ鹿児島県代表幹事。短歌結社「南船」運営委員、選者。

若いときから波乱の生を経られて苦労された様子が窺える。
この本が初めての歌集らしいが、そのために、作者の人生と重ねて読み進むのに難渋するのが難だ。
以下、私の心に触れる歌を抽出したい。

   *母のいのり終はるそこより朝々を吾が哀しみはゆつくりと来る
   *わが抱へきれぬ重さに肥りたる犬を呼ぶ母よりも優しき声に
   *古里の林に入れば吾がかじる林檎も逃避の味させて来る
これらの歌は敗戦による逃避行の際の情景を詠んだものだろうか。
   *指差してゐて気が遠くなる如き落日よとかげの眸(め)も染まりをり
   *命ある最後のかたち美しく痙攣とかげの尾より始まる
   *とかげの死が埋められてある位置に指コンパスにして輪を残し来し
   *海峡を越ゆるしらせにてのひらを重ねて眠りに入る誕生日
   *尾の切れしとかげの如き哀しみが仰向けに閉ぢし眼の内に在る
歌集の題名「とかげ」というのは、奄美に赴任されたときに「短歌研究」誌の連作に応募されたときの一連「とかげの歌」に因むものであり、
少年時代の、とかげに没頭された経験が、ここにまつわっているのである。
先にも述べたように作者の長い作歌生活を一冊に纏めたが故の分り難さがつきまとうので、読み違いがあれば許されたい。
   *石灰化は小指大にして二箇所左肺中葉部に鮮明なりと
   *影の位置散らばる胸のレントゲン持ちて来ぬ屋上の空気を吸ひに
   *守り得ていま回復期にあることの思はぬをりに涙を誘ふ
先に略歴にも書いたが、作者は結核のために十年という年月を費やされた。
若い感受性盛んな時期の闘病は、どんなにも辛かったかと推察する。私も結核に罹って療養した経験があるので、よく判る。
念のために書いておくと歌の中にある「石灰化」とは、結核菌に侵された細胞が自分の治癒力によって患部を石灰化して防御する仕組の故である。
   *癒ゆる望み吾になかりし日々の歌復学なりし夜に読み返す
   *今日よりは再び高校生にしていく度かわが名呼ばれ上気す
   *復学を諦めしより寂しさに学びし英文法いまに役立つ
   *帰り来し机に暫しこみあげてをりたり十年の永き思ひて
これらの歌には「復学」の喜びに満ちた心が詠われている。
「十年」というと、元の同級生たちは大学も出て社会に雄飛している頃であるから、なおさらである。
そして作者は広島大学の教職課程に進まれるのである。
   *椰子の葉の風へ少しく異なりて動くと見ればトカゲ潜みつ
   *緑色のトカゲ棲む町に移り来て週に一度ほどの出会ひす
   *幹半ばにキノボリトカゲ這ふ見つつにはかなり離郷の思ひといふは
   *幾らかはユーモラスにて警戒の素振り見せつつ拡大されゆく
   *アカショウビン近くに鳴きつつ新着の図書一覧をワープロに打つ
   *遥かなるチェコ・スロヴァキアと思ひしに止めどもあらずこみあぐるもの
   *思ひがけずスメタナを聴きし昂りに人と別れし後なほ歩きつ
   *パパイアの熟れしに妻が歓声を挙げをり触るるばかりに寄りて
    *ガラス戸を隔てて吾に回復期の妻がしきりに示すパパイア
この一連には作者が少年期から拘ってきた「トカゲ」が詠われるが、奄美での作品群であるが、
その中に、突然、海外詠と思われる六、七首目の歌が挿入されて、とまどう。
これらの海外詠は「項」を改めて纏めてほしかった。
   *雨と風の音聞き分くる教案もありて新採に研修近し
   *花火の音真似てやりつつ自閉児に並びて壁の貼り絵見上ぐる
   *高き声に名前を言へば抱きしめてやりたきほどに微笑むもあり
これらの歌は県立養護学校校長として赴任した折の歌であろうが、深い人間性に満ちて涙ぐましい。
   *吾が投げし木の葉を牙にもてあそぶ野生衰へしシベリアオホカミ
   *グループに遅れてなほも見とれをりかつてオホカミを飼ひし日あれば
   *三月ほどオホカミ飼しが少年の一時期われの全てなりしよ
オホカミを飼うなどということは大陸の旧満州なればこそ出来たことだった。懐かしい回想である。
   *吾が節目と思ふ折々に手に入れし硝子は輝きを増せり年経て
   *体透けて見ゆる哀しみはばたきに見せて硝子細工の蝶あり
   *硝子には硝子の哀しみおのづから内に屈折率などありて
   *遥かなる国の硝子にオホカミの彫り深くして見つめ返さる
作者は、フランツ・カフカが好きだったという。団員を引率して東欧視察にも行かれたが、その折、チェコのプラハに遊ばれたという。
その折にボヘミアン・グラスにも触れられたのだろう。それ以来のガラス愛好が始まったのかと思う。
   *退職の記念に妻が求め来し胡蝶蘭机に見上ぐるばかり
   *戴きし搗きたての餅癒え初めし妻ともろとも食せり 今宵
巻末近くに、これらの歌がある。そして巻末の歌に
   *吾が好むひまはりの柄玄関のマットに妻が敷きて夏来ぬ
仲良き夫妻の縁が、これからも続くことを願って稿を置く。 佳い歌集を賜った。感謝したい。

コメント
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マグマの如き師なり
黒松先生に高校時代に教えていただきました。授業も立体的で様々な工夫を凝らした劇的な授業でした。先生の身体の中心には、ドロドロとしたマグマの如きものが煮えたぎってあるかと思われました。
2015/02/08(日) 12:30:42 | URL | 永田一平 #- [ 編集 ]
コメント有難うございます。
■永田一平さま。
コメント有難うございます。
古い記事を、よく見つけてくださいました。
この本は角川書店から「恵贈」されたもので、
この書評のおかげで、先生とは今も文通があります。
有難いことです。    では、また。
2015/02/09(月) 04:20:51 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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