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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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きつと可愛いかたい歯で、/草のみどりをかみしめる女よ、/まんべんなくお前の顔をいろどつて・・・・・・・・・・萩原朔太郎
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    愛 憐・・・・・・・・・・・・・萩原朔太郎

   きつと可愛いかたい歯で、

   草のみどりをかみしめる女よ、

   女よ、

   このうす青い草のいんきで、

   まんべんなくお前の顔をいろどつて、

   おまへの情慾をたかぶらしめ、

   しげる草むらでこつそりあそばう。

この詩は萩原朔太郎の「愛憐」と題する詩の抄出である。
4行目の「いんき」の字には傍点として「、」が振ってあるが、ここでは振れないので省略する。
今どき、「女よ」というような呼びかけをするのは、ない。これを見ると、いかにも大正期に作られた詩だということが、よく判る。
「うす青い草のいんきで、まんべんなくお前の顔をいろどつて」というところが、この詩の眼目である。
春を過ぎて夏にさしかかって来て、野の草も丈が伸びてくる。
不良詩人らしく「おまへの情慾をたかぶらしめ、しげる草むらでこつそりあそばう」というくだりは、いかにも萩原朔太郎らしい。
こういう破滅型の作家は戦後の太宰治など以来いなくなっている。
今どきの詩人は谷川俊太郎にしても大岡信にしても、みな紳士でデカダンなところは全くない。
本音を吐露するというのではなく、「言葉遊び」として活字を操っているという感じである。
それに現代詩人には学者が多くて、本業は学者でメシを食っている。
発表する詩その他文筆だけで食っているのは谷川俊太郎くらいのものであろう。

そんな先入観を取り払って見ると、この詩は季節の詩として、面白い。
余計なことは分別臭くは、書くまい。いいように鑑賞してもらいたい。 6月巻頭の詩として、掲げておく。

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ここで、朔太郎の他の詩を詩集『青猫』から一つ引く。

   思想は一つの意匠であるか・・・・・・・・・・萩原朔太郎

  鬱蒼としげつた森林の樹木のかげで
  
  ひとつの思想を歩ませながら

  仏は蒼明の自然を感じた

  どんな瞑想をもいきいきとさせ

  どんな涅槃にも溶け入るやうな

  そんな美しい月夜をみた。



  「思想は一つの意匠であるか?」

  仏は月影を踏みながら

  かれのやさしい心にたづねた。

この詩集の「序」で朔太郎は書く。
<私の情緒は激情(パッション)といふ範疇に属しない。むしろそれはしづかな霊魂ののすたるぢやであり、
 かの春の夜に聴く横笛のひびきである。
 ある人は私の詩を官能的であるといふ。或はさういふものがあるかも知れない。けれども正しい見方は
 それに反対する。すべての「官能的なもの」は、決して私の詩のモチーヴでない。
 それは主音の上にかかる倚音である。もしくは装飾音である。私は感覚に酔ひ得る人間ではない。
 私の真に歌はうとする者は別である。
 それはあの艶めかしい一つの情緒──春の夜に聴く横笛の音──である。
 それは感覚でない、激情でない、興奮でない、ただ静かに霊魂の影をながれる雲の郷愁である。
 遠い遠い実在への涙ぐましいあこがれである。・・・・・
 されば私の詩を読む人は、ひとへに私の言葉のかげに、この哀切かぎりなきえれぢえを聴くであらう。
 その笛の音こそは「艶めかしき形而上学」である。
 その笛の音こそはプラトオのエロス──霊魂の実在にあこがれる羽ばたき──である。
 そしてげにそれのみが私の所謂「音楽」である。「詩は何よりもまづ音楽でなければならない」といふ、
 その象徴詩派の信条たる音楽である。・・・・・
 とはいへ私の最近の生活は、さうした感覚的なものであるよりはむしろより多く思索的の憂鬱性に傾いて
 ゐる。・・・・・
 詩を作ること久しくて、益々詩に自信をもち得ない。私の如きものは、みじめなる青猫の夢魔にすぎない。>
 (草弥・注 下線部は原文では傍点である)

この『青猫』は1923年1月に刊行されているもので詩集『氷島』とともに彼の代表作とされる。

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萩原朔太郎の生まれは群馬県の前橋だが、萩原家の本家は大阪の「八尾」である。
本家の職業は幕末からつづく「医師」であり、いまも萩原医院がある。
萩原朔太郎の甥っ子に萩原隆氏がおられて『朔太郎の背中』などの本を出されたが、一昨年亡くなられた。
昨年から、やお文化協会が「萩原朔太郎記念とをるもう賞」という新人を対象にした「詩」賞が創設された。
昨年の受賞者は阿久津歩氏だった。← 昨年私の書いた記事を参照されたし。
今年、第二回の受賞は江夏名枝さん『海は近い』(思潮社刊)に決まったらしい。


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