K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
萩岡良博歌集『禁野』抄・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
禁野

──新・読書ノート──

       萩岡良博歌集『禁野』抄・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・角川書店・平成二十四年五月二十五日刊・・・・

*薬狩りのこゑをしづめて夕映ゆる隠沼ありぬわが禁野には

この歌集は、この「禁野」という字に凝縮される。
記紀・万葉の古典に載る宇陀の地の名という「禁野」には、言外に世人を寄せつけぬ「結界」が引かれているようだ。
この言葉は一見やたらには無さそうだが、私には遠い記憶がある。
私の住む処から西の生駒山系の山を越えたところに今の枚方市「禁野」というところがあって、昔、陸軍の火薬庫があった。
それが何が原因か昭和十年代に大爆発事故を起こし、その爆風が十数キロも離れた当地でも火柱が見えたという。私の子供の頃の記憶である。
そんなことで「禁野(きんや)」という名は幼い私の頭に刷り込まれたのであるが、「宇陀」の禁野は推古の御世の薬狩りの地─いわゆる禁裏御用の地なのであった。
私が書いた枚方の禁野は平安京の禁裏御用の地だったのだろう。 また、こんな歌もある。

*榛原ははざまの駅なり長谷の牡丹室生の石楠花咲く頃さみし
作者は、これらの地名の喚起する、ゆかしい地を「うぶすな」として生まれ、棲んでいるのだ。
*うぶすなは選べざりけり水漬きつつ新芽を噴ける河川敷の木木
*天上の一枝に糸懸け睡らむかみどりの楕円にひとを忘れて
*墓掘りて白骨出で来、骨となりし父祖ことほぎて御酒をそそぎぬ
*やまざくらこともなく咲き夕暮れの言葉そよがせくれなゐ深む
*目より入り胸処の奥にあをき灯をともせるほたる幾夜か飼ひぬ
*目も耳もおぼろになりたる地蔵佇つ宇陀が辻昏れなづみ、行きなづみ
*あたたかき距離と言ふべしさ牡鹿は母仔の鹿に少し離れて
*もみぢする忍坂をくだり下げ美豆良揺らして明日香のみやこへ急ぐ
*赤人の墓に詣でぬ野づかさに雪踏みしめて歌踏みしめて
*おほかみに喰らはせてをりしろがねのこゑあげ炎ゆる冬の昴を
*太郎岳次郎岳無きわが村の三郎岳を冬空が研ぐ
*怒りさへみどりをふふむ麦秋の国原ふかく火を育てつつ
これらの歌の紡ぎだすものこそ「地名」の喚起力というものである。
作者のいうように我々に「うぶすなは選べ」ない存在である故に、また、我々は「うぶすな」と結ばれるのである。
昔はみな土葬であった。私なども町内で死人があると、共同墓地の穴掘りに行ったものである。
キリスト教、イスラム教なども土葬である。火葬はヒンズー教などから伝わる習俗に過ぎない。
そして「天上の一枝に糸懸け睡らむかみどりの楕円」というのは「ヤママユガ」の紡ぎだす世界であり、そこから引きだされる短歌結社「ヤママユ」の前登志夫へと繋がってゆく。
「やまざくらこともなく咲き」という捉え方が秀逸である。万物は「こともなく」推移しているのであり、人に見せるためではない。
われわれ人間は、それらの風物に仮託して心を詠んでいるに過ぎない。
父祖の想いのこもる「宇陀が辻」が「昏れなづみ、行きなづみ」という畳句が利いている。こういうルフランの効用は西欧詩でも必須の技法である。
「三郎岳」を言いたいために「太郎次郎」を持ってきたり、麦刈りのあとの麦藁を焼く火のことを「麦秋の国原ふかく火を育て」というところなど、
これぞ「比喩」表現の典型として秀でている。
そういう「記紀・万葉の古典」を曳揺しながら、作者の「歌作り」は情趣深く進んでゆく。

*わが母の真白き奈落ふかきかな忘れわすれて自分さへをらず
*曼珠沙華くしやと凋るる失せたるは妻盗りしゆゑと言ひつのる母
*家事をせしことなき父がほほけたる母の朝餉の茶粥炊きをり
*息殺し見つめゐるらし八十歳の父母の見つむる呆けの映像
*風呂場にてわが父うたふ下手くそな「戦友」を雪木枯らしにまぎる
*母に言ふ妻のことばに棘あるをさびしみをれば曼珠沙華咲く
*手なぐさみに妻の編みたるキューピーの緋の帽子また脱げ落ちてゐる
*なめらかな女体を恋へりなだらかな雪山なだり月照らしゐて
*蒼き闇に夕顔咲けり死に際に思ひ出づるか汝がしろき胸
呆けゆく母をめぐる家族の哀歓、妻への想い、その他の歌を引きだしてみた。
我々もいつか行く道かも知れず、これらの歌の趣きは深い。
そして作者は管理職として学校経営に心を砕くが、それらの歌を引いてみよう。

*溶接の面をかぶりて日蝕を並び観てをり生徒とともに
*雄・雌の区別螺子にあり黙黙と雄螺子を削る機械科生徒
*千鳥足に法則あるとぞ幾何解析学のにはかに親し
*こつぴどく部下叱る夢にめざめたり無意識の菌糸伸びゆく朝明
*さくら散る 少年少女のさみしさに寄り添ふことを職として来つ
*酔ひつぶれ乗り過ごしたり終点の廃墟のやうな終バスの中
*二日酔ひの頭蓋に蝉をとまらせて陽に灼かれつつ溶けてゆくらし
*アルコール依存者ユトリロのくれなづむパリの街並み観つつ酒欲る
*なにもかも厭になる夜がある酔ひて顔よりどつと倒れぬ地面に
好きな酒だが、これからは夫婦和合の酒にするよう努められたい。
*ひと恋ふる樹液ときをり汲みあげて空に噴きをり唐変木は
*孤悲と書く万葉仮名を思ひをり朝日にゆるぶ霜柱踏み
*いくたびもさくらをあふぐいくたびも叱られて来つこころざし低きを
*真夜の風呂に背中流せば巨根とは巨き詩魂と言ひたまひけり
亡師・前登志夫に言われた歌を二つ挙げた。 
これからは「志」高く、夫婦和合して世界に羽ばたいて雄飛されたい。
 最後に昨年の大震災・大津波にまつわる歌を引く。

*想定外を想定するは想定内・・・・さくら舞ふ空鵯かまびすし
*大津波、娘のわかれ話 かなしみを膨らませつつ来るこの春は
*その日忘れしらつと凪ぎてゐる海ようちひしがれしことばを返せ
*呑みこまれ語られぬまま海の底にふるへてをらむことばはいまも
*残酷なまでに美しき逝く春の瓦礫のむかうの海の夕映え
*逃げ遅れしことばよ睡れ海ふかくあをき睡りをしづかに睡れ
*うなさかの蒼穹裂けてその割れ目にあまたの蝶の飛び発つを見つ
赤と黒の色づかいも鮮明な歌集を賜って、読み進む裡に「宇陀」の「禁野」に群れ飛ぶ蝶のような心地の「幻視」の境に居るようであった。
佳き歌集を読んだ軽い昂ぶりの初夏の一日である。感謝して筆を擱く。
二〇一二年五月二十八日

-------------------------------------------------------------------------------
萩岡氏の歌とは直接の関係はないが、文中で私が触れた「禁野火薬庫」という記事がWikipediaに載っているので参照されたい。周囲にも延焼するなど、ひどい被害だったことが分かる。

コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.