FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
202008<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>202010
武藤ゆかり歌集『たそがれ通信』抄・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
たそがれ通信_0002

──新・読書ノート──

武藤ゆかり歌集『たそがれ通信』抄・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・南天工房2011/10/10刊・・・・・・・

この歌集は「たそがれ通信」と題されているが、それにぴったりの
「黄昏時の挨拶に寄せる歌」という五十首の一連がある。
この一連は茨城県の当地の夕方の挨拶ことば「お晩方です」を詠みこんだ特異なものである。

*頬かむりするりと脱いですれ違う白髪交じりのお晩方です
*麦はこがね蕎麦ははんなり細道の右へ左へお晩方です
*跡取りが一人で墓を守りおり俯きがちにお晩方です
*山鳩のででっぽうぽう聞く時ぞゆきにし人にお晩方です
*風呂沸かす薪は爆ぜつつめらめらと炎を上げるお晩方です

今アトランダムに、その中から五首引いてみた。
私の住む京の南─洛南の田舎には夕方の挨拶ことばとして「お仕舞いやす」というのがあった。
東北地方では「お晩です」と言うらしい。
私たちの言い回しとは少しニュアンスが違うが、感じとしては似通っている。
私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に
     京訛やさしき村の媼らは「おしまいやす」とゆふべの礼(ゐや)す
という歌があるのを思い出したが、そんな田舎の古い言い回しが、作者の脳裏に保存されているのだ。今となっては、もはや若い人は使うこともない挨拶だろう。
第一、この頃の若い人はすれ違っても、挨拶するということをしない。

この歌集には九百三十首の歌が収録されているというが、収録期間は2006年~2007年に作られたものだという。その多作ぶりには感嘆するばかりである。
ただ私にも経験があるが、作歌意欲に燃えているときには歌が湧くように出来るものである。
そんな意味からも作者は今や脂の乗り切った時期にあると言えるだろう。

三井修発行の「りいふ」第六号2012/07に、彼女の歌「十五郎穴」一連十首が載っているが、この題材も、古代のこの辺りの遺跡を詠んだものであり、作者の郷土に対する愛着を抱いていることが判る。

*新橋の慈恵医科大病院にはるばる来ぬる奇門遁甲
この一連15首は「奇門遁甲」と題されているのだが、この「奇門遁甲」なる中国古代ゆかりの占術のことが詠われるのかと思うと、他の歌はそうでもない。この辺はわかりづらい。
作者は十年余り茨城新聞の記者をなさっていたと仄聞するが、新聞記者なりに関心はあちこちに強いらしい。それはいいのだが、「舌足らず」は困る。

*親鸞が草鞋を脱いで道を説く群衆の中に我が前世あり
*骨組みの傘の彼方の空は虚無水母にあんどろいどの夢を
*透明な五線紙当てて読むという夜空に満ちる星の暗号
第一部からアトランダムに引いたが、作者の鋭いアンテナと感性が読み取れる。
リアリズム・オンリーではなく、比喩の使い方が光っている。詩的才能のある方である。

全巻で九百三十首とあっては歯がたたないので、拾い読みになるのを許されよ。
*意味よりも耳に優しいるーすかや言葉は初め医術のために
この歌も「るーすかや」という言葉が印象的なのだが、バレー白鳥の湖の登場人物の名前と思ったら結句に「医術のために」とある。この辺の繋がりが独りよがりである。
*惜しまれて引退などを発表し地上絵の上を飛びたし我は
*眠れると暗示をかけて萩の月芭蕉の一句つぶやきにけり
*下の名は不変のわたし裏表紙開けたところに押す蔵書印
*下書きの履歴書なども出できたり机の中の過去のこもごも
*白い鳩土をつついていたりけりただそれだけの午後の恩寵
*うっそうと東海駅の周りまで昭和半ばの航空写真
*この土地の小字素直に付けたこと知って親しい原研住宅
*久慈川の川のあちらは陸奥よ道ゆき祈れ馬頭観音
「地名の喚起力」というのがある。これらの歌は地名を詠みこんで一定の趣を出している。
*飲み干してああと漏らした男性の缶の銘柄は何だったのか
*空気まで読まねばならぬ超人の大和民族おそろしきかも
*常連はしたたる美形ばかりなる我が幻想の居酒屋みなみ
*わたくしの住所氏名は何人の手帖に残っているのだろうか
*夕暮れの鮭さかのぼる久慈川は末も間近き浅瀬なりけり
「なりけり」なんていう古い常套句を使うのは止めたほうがいい。歌を浅くする。

巻末の「海から山へ」の一連などは、郷土の歴史に根差して好ましい作品群である。
先に挙げた「十五郎穴」と同じように、こういう作品を作られることを私は期待する。

「あとがき」に
<天気予報を見て、風向きと放射線量を調べて私の一日が始まる。
 いつもの夏と同じように鳥が鳴き、花が咲いている。
 東日本大震災とは、あれは一体何だったのだろう。
 いつになったら過去になるのだろう。家の壁は壊れたままだし、
 床は傷付いたままだ。昼の空には奇妙な薄雲が漂い、
 夜の地面には低周波振動が広がって、心配性の観察者を震え上がらせる。>
<私の住む地方には、「こんにちは」と「今晩は」の間に「お晩方です」という挨拶がある。
 昼でもない夜でもない時間帯の、とても便利な言い方である。
 もう日が暮れましたね。今日も一日ご苦労様。そんな含みのある表現である。
 子供の頃、すれ違うお年寄りなどに「お晩方です」と言われると、自分も一人前になった
 ような、とても温かい気分になったものだ。
 黄昏の彼方へ去ってしまった人々、愛して止まない思い出の数々へ、
 私は何度でも呼びかけたい。>
と書かれている。
私が、この文章の書き出しに「お晩方です」の一連から引いたのは正解だったのである。
ただ先にも書いたように、歌の数が多い割に、舌足らず、独りよがりの歌が目立つのが惜しい。

これらの歌は後日に推敲されて新しい一冊となることだろう。

作者の紹介が遅くなったが、作者は短歌結社「短歌人」に所属する。この会は独特の個性ある歌人が並ぶ。
小池光などが中心だが、亡くなった高瀬一誌なども面倒見のいい、こまめな人だった。
私は連句会などで西王燦氏にお世話になった。この人は最近は、めったに短歌雑誌などにも登場しないのが惜しい。

作者の秀でた才(ざえ)に敬意を表して、鑑賞を終りたい。
        2012年8月3日


コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2020 Powered By FC2ブログ allrights reserved.