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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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米川千嘉子歌集『あやはべる』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
あやはべる

ryukyumurasaki04.jpg
↑ リュウキュウムラサキ

──新・読書ノート──

     米川千嘉子歌集『あやはべる』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・・短歌研究社2012/07/24刊・・・・・・・・・

私の歌集『昭和』(角川書店)の末尾の「長歌と散文 プロメーテウスの火」の中に、この人の歌

   余震やまぬ一枚の国苦しみつつ放射能濃き水を吐き出す・・・・・・・・・・・・・・米川千嘉子

を引用として挿入したので、そのお返しの形で、今回の歌集を恵贈された。

この作者については、2011/05/01に「あやはべる」の歌について記事を載せたので参照されたい。
この歌集には、この「あやはべる」の歌の一連も収録されている。
2010年に「三崎の棕櫚の木」で第四十六回短歌研究賞を受賞され、その受賞第一作の一連の題が、これなのである。
掲出写真として沖縄の代表的な蝶・リュウキュウムラサキを出しておく。

この歌集『あやはべる』は米川さんの第七歌集ということになる。
以下、私の心に触れる歌を引いてみたい。

*複雑な家系きはまりあらはれしマキシラリアフェルゲンナスナオナオの花
*禁忌ゆゑ母には息子が匂ふといふ 受験期に入る息子は臭し
*万能細胞生まれたる世のひとわれら月光菩薩の背中も見たり
*黒蟻のいのちはちりちりちりちりと 紙のやうな芍薬にちかづく
*買ひたくないのはたぶん正しい進化なり進化しながら滅ぶといふか

はじめの歌のカタカナは蘭の一種マキシラリア属の花らしい。この花を「複雑な家系きはまり現れし」という把握の仕方が面白い。
こういうカタカナ語に違和感を表明する人も居るが、私は好きである。
作者は身辺を積極的に詠むのも好ましい。
夫や家族など身内のことを全く詠まないという主義の人も居るが、今の世の中、カスミを食って生きているのではないのだから。
世の中の現象や科学の進歩、催し物などにも作者の好奇心は旺盛である。

*能面展めぐり終へたる身体冷え愛を乞ふ顔われははづすも
*植物や天象の名もつひとを両性具有者(アンドロギュヌス)源氏愛せし
*家中のどこにをりても寝る夫のどんな記憶にわたしは生きる
*来年は五十になるわたくしは四本の親知らず抜き母には言はず
*数学を解くとき息子が聴いてゐるあはあはと澄む「いきものがたり」の歌
*君とわれ三日違ひの誕生日来てふたりとも眼鏡光らす
*キャッチャーミット黴噴いてをりこんな時代に育つてとまだ言はざる息子
*八房のやうな隣家の白犬もわが七倍の速度で老いた

引く歌が多すぎて、困る。これらの歌も作者の関心の領域が広くて秀逸である。
「能面展」はあるいは馬場あき子先達の影響か。
どこにでも寝れるという特技、羨ましい限りである。
作者は私の子供たちと同じ年代である。私も齢とったということである。
学科にスポーツに子供は励む。この頃の子供──特に男の子は匂いを発散して臭い、臭い。フェロモンである。しかし、これも至福。
「八房」の歌に見られるドッグイヤーのことなど、情趣ふかい。

*古代中国「山海経」を読みをれば庭の緑のうつつは暗む
*恋ふるとき鳥形硯に墨を磨り飛ぶ文字を書く秋の斎宮
*鈴の屋をくるりとまはり鈴を買ふ学問きびしき現代の鈴
*明月記に「死ぬべくおぼゆ」といふ俊成柾目にてふかき死の言葉あり
*来年はたぶん息子のをらぬ部屋ふと寝て二時間内緒で眠る
*食べさせたものから出来てゐる息子駅に送りて申し訳なし   息子進学で家を出る
*パパとママはいまけんくわしいゐますと配達の人に言ひたる四つの息子
*子の去れば思ふこころに空間の生れてしづかに揺れゐる茅花

古典をめぐる旅と学習。作者のキュリオジテが発揮されて歌に稔ってゆくのであった。
そして、子の巣立ちのときが来たのである。母としての心は、からつぽ、である。

綾蝶(あやはべる)くるくるすつとしまふ口ながき琉球処分は終はらず
*飢饉ある年にデイゴは紅かりと聞きつつゆけり人なき真昼
*宮古島まなつまひるの青しじま影生まれねば一身が影
*「ほうとする程長い白濱の先は」超空を読むキンドルのしづかな渚   電子書籍リーダー
*ひたすらにひとは紙漉きキンドルのしづかな白も作りだしたり

綾蝶の歌の初出は、この歌集では推敲された。初出では「口しまひ」と動詞の連用形だったが、歌集では「しまふ口」と三句切れに改作された。
これで歌に落ち着きが出た。的確な推敲である。

沖縄──琉球弧は、複雑な歴史を孕んでいる。うちなんちゅには幸福になってもらいたい。
キンドルの歌には今の時代が反映して見事である。

*原発の不安さまざまに揉みながら闇にねむれる一枚の国
*こども産むエリちやんは京都へ行きました 嬰児のかはりに咲く夏つばき
*余震止まず一枚の国苦しみつつ放射能濃き水を吐き出す
*公園の土もきりんのシーソーも入れ替へたれば あたらしい親子
*草食べる花を食べるといふことの何こみあげて菜の花を食ふ

私の歌集に引用した歌も「余震やまぬ」から「余震止まず」に推敲された。
この一連は被災者の心に寄り添いつつ、現実を抉りだして秀逸である。

一番あとに引いたのは巻末に載る歌で、安心して食べられるものがあることの喜びと、心の揺れを活写して見事である。
この巻末の歌につづく、次の歌集を待ちたい。
この一巻を読んだ快い高揚のうちに鑑賞を終わりたい。 ご恵贈に感謝して筆を措く。 (完)

詳しくは → Wikipedia 米川千嘉子


コメント
コメント
毎日jpの『迢空賞:米川千嘉子さんに 歌集「あやはべる」』というニュースをきっかけに検索して来ました。
ご紹介ありがとうございます!
2013/04/03(水) 22:28:57 | URL | いなモチ #- [ 編集 ]
ご覧いただいて嬉しいです
■いなモチ様。
ご覧いただいて嬉しいです。
私のサイトの記事は引用などフリーです。
ご自由にお使いください。
あなたのURLなどわかりませんので、
ここに返信を置くにとどめます。
2013/04/04(木) 05:24:46 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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