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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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草弥の詩作品「尺八──お秋の巻」・・・・・・・・・・・・木村草弥
4397206尺八
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──<後水尾院>シリーズ──(19)

       尺八──お秋の巻・・・・・・・・・・・・木村草弥

      お秋も市井の遊女である 
      「尺八」の名手として知られていたのを
      お上が連れて来られたのである

      尺八とは今風に言うと「フェラチオ」である
      今どき風俗店では常識の遊びである
      昔の人は、優雅な言葉を隠語に使ったものだ
      フェラチオ (Fellatio) は オーラルセックスの一種であり
      パートナーが相手の一物を口に含んだり舌を使うなどして刺激する
      語源はラテン語の fellare(吸うという意味の動詞)
      英語の隠語ではBlow jobなどと言う
      フェラチオは短縮されて「フェラ」と呼ばれることが多い
      古語では「吸茎」 「口取り」 「雁が音」 「尺八」 「千鳥の曲」とも言った
      今どきの隠語では「F」 「フェラーリ」などという
      また勃起した陰茎を横から咥えることを俗に「ハーモニカ」と言う。


      お上は 今や熟年の齢となられて
      さまざまのことをお試しになった
      下々の者がやっている性行為の体位に
      とても関心を持たれた

      <四十八手などというそうじゃのう>
      などと言われた

      世の中は戦国時代から太平の世になって
      世の中が落ち着くと
      性そのものを楽しむ機運になってきた
      浮世絵の隆盛になるのは もっと先だが
      その走りの肉筆描きの春画などが
      市井の巷には出回りはじめていた

      また院は旺盛な読書家であられたので
      平安時代初期に書かれ 伝承される
      最古の説話集『日本霊異記』のことも
      ご存じだった
      著者は奈良右京の薬師寺の僧・景戒
      上・中・下の三巻
      変則的な漢文で表記されている
      この本の成立年は 序と本文の記述から
      弘仁13年 (822年) とする説がある
      景戒は下の巻三十八に自叙伝を置いて
      妻子とともに俗世で暮らしていたと記して
      国家の許しを得ない私度僧に好意的で
      自身も若い頃は私度僧であったが後に薬師寺の官僧になったという
      生国は、紀伊国名草郡。

      上巻に35話、中巻に42話、下巻に39話で、合計116話が収められる
      それぞれの話の時代は奈良時代が多く 古いものは雄略天皇の頃とされている
      場所は東は上総国 西は肥後国と当時の物語としては極めて範囲が広い
      その中では畿内と周辺諸国が多く 特に紀伊国が多い
      登場する人物は 庶人 役人から貴族 皇族に及び
      僧も著名な高僧から貧しい乞食僧まで出てくる。

      説話自体が事実を伝えるものではないとしても
      その主題から外れた背景 設定からは
      当時の世相をうかがい知ることができる
      田に引く水をめぐる争い(上巻第3)
      盗品を市で売る盗人(上巻第34、第35、下巻第27)
      長期勤務の防人の負担(中巻第3)
      官営の鉱山を国司が人夫を使って掘ること(下巻第13)
      浮浪人を捜索して税をとりたてる役人(下巻第14)
      秤や桝を使い分けるごまかし(下巻第20、第26)などである
      また、性愛を扱った説話も収められ
      息子を愛するあまりにフェラチオするようになった母が臨終の際に
      息子のものを吸いながら「わたしは、今後次々に生れ変って
      後の世でいつもそなたと夫婦になります」と言い残し
      隣家の娘に生まれ変わって息子と結婚するといった奇譚などがある(中巻第41)。

      編纂の目的から奇跡や怪異についての話が多い
      『霊異記』の説話では、善悪は必ず報いをもたらし
      その報いは現世のうちに来ることもあれば 来世で被ることも
      地獄で受けることもある
      説話の大部分は善をなして良い報いを受けた話
      悪をなして悪い報いを受けた話のいずれか あるいはその両方だが
      一部には善悪と直接かかわりない怪異を記した話もある。

      仏像と僧は尊いものである
      善行には施し 放生といったものに加え 写経や信心一般がある
      悪事には殺人や盗みなどの他 動物に対する殺生も含まれる
      狩りや漁を生業にするのもよくない
      とりわけ悪いこととされるのが僧に対する危害や侮辱である
      これらが『霊異記』の考え方である
      転生が主題となる説話も多い
      動物が人間的な感情や思考をもって振る舞うことが多く
      人間だった者が前世の悪のために牛になることもある。

      『日本霊異記』の古写本には、平安中期の興福寺本(上巻のみ、国宝)
      来迎院本(中・下巻、国宝)、真福寺本(大須観音宝生院蔵、中・下巻、重要文化財)
      前田家本(下巻、重要文化財) 金剛三昧院(高野 本、上中下巻)などがあり
      興福寺本と真福寺本が校注本においても底本に用いられることが多い。

      その中で天竺の話として息子にフェラチオをする母親の説話があるのも
      お上は ご存じで
      <母子の間でのう>などと
      お秋に語りかけられるのだった

      江戸時代の川柳にもこの行為を扱ったものがあり
      この頃の人々には珍しくなかったと言える
      地方藩でこの行為が禁止されたことが
      藩士の日記の中に残っているらしい。

      キリスト教が広く信仰される前の大半の世界では
      とりわけ古代ギリシア・ローマ世界では広くフェラチオが
      愛好されており ごく一般的に行われていた
      発掘されたポンペイの遺跡の壁画などに見られる
      中世キリスト教では生殖を伴わない快楽を求める行為として忌み嫌われたが
      他の文化圏では性行為が繁栄の象徴として扱われたこともあって
      他地域と比べておおらかに描かれている
      インドの『カーマ・スートラ』に描写があるほか
      紀元1世紀 ~ 7世紀に南米に栄えたシパン文明の出土品の中に
      フェラチオを行っている像がある
      インドはカジュラホの寺院の壮大な壁彫刻にも見られる。

      フェラチオというラテン語が近代世界に知られるようになったのは
      チャップリンの二番目の妻リタが怪文書「リタの不満」で
      「彼(=チャップリン)にフェラチオという倒錯行為を強要された」
      と明かしたためであると言われる。


         お上と お秋との 尺八の秘戯の様子を
         描くのは 長くなるので
         止めておこう

のちに後水尾院は詠まれた

     <誰がなかの人目づつみの隔てとて立ち隠すらん秋の河霧>


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