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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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藤井貞和詩集『春楡の木』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
藤井

──新・読書ノート──

   藤井貞和詩集『春楡の木』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・・思潮社2011/10/20刊・・・・・・・・・・


          春楡の木・・・・・・・・・・・・・藤井貞和

     聖伝のなかに、
     すっくと萌え立つ春楡の木です。
     「その昔、
     そのかみ、
     国造りの大神、
     村造りするとて、
     国造りするといって、
     この人間の国土へ、
     降りてくる。
     ついに村を造り終え、
     国を造り終える。
     さて、その後になって───」
     (これこそわたしの、
     ふるさとの山、
     その名はオプタテシケという、
     神のみ岳)
     「そのみ岳の、
     山頂より、
     神雲の空に、
     国造りの大神の、
     昇天する。 そのときに、
     春楡の木の柄を、
     置き忘れて」
     (鍬をすげて揮い、
     国造り、
     村造りして、
     造り終えると、
     その柄を、
     オプタテシケの神岳の、
     山頂に、
     置き忘れて)
     「昇天する大神が、
     手づから作る、
     鍬の柄の、
     むなしく土とともに、
     朽ち果てることの、
     もったいなさに、
     ちいさな  いのちとなって、
     生い出る 春楡の木。」

(七月八日、「私は非転向だ」という、一通の手衹とともに、蛍石が送られてきた。十七曰(海の日)には、通りの街路樹にムササビ(現代詩)と、
ユリカモメ (短歌)、それにくるり黒板に一回転半をえがき、ビ—タ—パン(俳句)がやってきて、ひとつの枝に寄るとしばらく、さんざめくトークを
して去った。 二十四日の終日、ハワイに滞在していたころの、草野心平さんについて調べていると、『ハワイイ紀行』(池澤夏樹、一九九六)にメハメ
ハメの巨木をみつけた、ハメハメハではない。 きのうはずっと春楡の木について調べた。 書き写しているうちに、事件は「その昔、そのかみ」と
あっても一か月以内に起こったことだと気づいた。 一か月以内に起きたことだけが現代なのだと思うと、ア—トも、現代詩も、六月から向こうはも
う現代でなくなってゆくのだとわかった。 前後二か月だけがたいせつなのだな、その範囲内にあるのが現代詩なのだとすると、これからさき一か月な
ら現代詩は持ちこたえられると知られた。 ここまで書き写してきたとき、春楡の木がもう枯れはじめていると私は感得する。)

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この詩集の冒頭に載る、題名になった詩を引いた。
この詩は、句読点がやたらに多く、なんだか読み下すのに難渋するが、これは作者の師匠である釈迢空(折口信夫)のやり方を踏襲しているのである。

藤井 貞和(ふじい さだかず、1942年4月27日 - )は詩人・日本文学者。東京大学名誉教授、立正大学教授。博士(文学)(東京大学、1992年)。東京生まれ。

人物

父は折口信夫門下の国文学者で國學院大學名誉教授の藤井貞文。姉は歌人の藤井常世。1972年、『源氏物語の始原と現在』で注目される。
2001年、『源氏物語論』で角川源義賞受賞。
詩人として、1999年『「静かの海」石、その韻き』で第40回晩翠賞受賞、2002年『ことばのつえ、ことばのつえ』で藤村記念歴程賞と高見順賞受賞。
2006年、『神の子犬』で現代詩花椿賞と現代詩人賞を受賞。2007年『甦る詩学』で伊波普猷賞、2008年『言葉と戦争』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。
2012年『春楡の木』で第3回鮎川信夫賞、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

1991年、湾岸戦争の際の『鳩よ!』の戦争詩特集を批判した瀬尾育生と論争をおこなった。      

略歴
1966年 東京大学文学部卒業
1972年 東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程単位取得満期退学
1972年 共立女子短期大学専任講師
1975年 共立女子短期大学助教授
1979年 東京学芸大学助教授
1992年 東京学芸大学教授
1995年 東京大学教養学部教授
2004年 立正大学文学部文学科(日本語日本文学専攻コース)教授
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藤井は、現代詩作家としても現役であり、多くの賞を得ているが、その詩の作り方は、資料を読み込んで、それを「換骨奪胎」する手法を得意とする。
この詩でも、後半の部分は活字を小さく組んで解説風に載せてある。
この詩集の後ろに出ている 注、そして初出の覚え書き を引いておくので、これでよく判るだろう。

•春楡の木(『現代詩手帖』2006/9)
ややわかりにくいので、物語ふうに理解する。最初は美しい人間の国土を造って天上に戻ろうと
した神が、斧を置き忘れる。その柄からちいさな春楡の木が生まれたという〈誕生〉の話。「わたし」
は神話のなかでプタテシケ=大雪山に仕える女神。後書き(=かっこの部分)はこの作の制作途上で
の出来事類。「わたし」はだれでもよく、出来事のなかの〈私〉であってよいだろう。聖伝は久保寺逸
彦『(アイヌ叙事詩)神謡.聖伝の研究』〈聖伝3〉より。

他の作品も、万事このように構成されている。名づければ「構成詩」という手法である。資料の「コラージュ」。
岡井隆が詩集『注解する者』でやった「注解詩」という手法に似通ったものと言えるだろう。

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ここで、判りやすい詩を一篇引いておく。

          神田駅で・・・・・・・・・・藤井貞和

     夜明けがやさしいなら、
     きっとわたしは、
     きょう一日を耐えられると思う。
     ここは夜明けの準備室、
     まだ暗い駅。
     わたしはぼくは、
     精神を出られない、
     置き去りのプラットホームで、
     始発のチャイムが、
     どこかから鳴りつばなし。
     立ち上がれるさ、
     まえにすすむ。
     神経はこなごな、
     よわいんだから、お前。
     けさのくるのが怖いひと──

     夢のあとさきの、
     希望がつながるならよいのに。
     聖なる、
     おりたたまれた、
     棚田のように見える下町。
     駅舎の向こうにひろがる下町。
     ななめのそらをえがいて、
     夜明けがやつてくる。
     神 神さまの手が、
     田 田植えしている?
     夢のなかではつたう水。
     穂明かりして、
     しばらくすると、わたしは、
     一本の稲でした。

この詩は「神田駅」を「神」「田」に分解して、神様に仕える国学院出身らしい詩に仕立て上げた。

この詩集には全部で二十四篇の作品が、長いもの短いもの、とりまぜて載っている。



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