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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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福岡伸一『生命と記憶のパラドクス』・・・・・・・・・・・・木村草弥
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──新・読書ノート──

    福岡伸一『生命と記憶のパラドクス』・・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・・・文芸春秋社2012/09/15刊・・・・・・・・・・・

この本は「週刊文春」2010年3月11日号から2011年9月8日号まで連載されたものである。
彼については前にも「新・読書ノート」に書いたことがある。
『せいめいのはなし』 『トリプトファン』など、参照されたい。
はじめにWikipediaに載る彼の経歴を引いておきたい。
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福岡 伸一(ふくおか しんいち、1959年9月29日 - )は、日本の生物学者。青山学院大学教授。専攻は分子生物学。農学博士(京都大学、1987年)。東京都出身。

略歴
1982年3月 京都大学農学部食品工学科卒業
1987年3月 京都大学大学院農学研究科食品工学専攻博士後期課程修了
1988年7月 ロックフェラー大学ポストドクトラル・フェロー(分子細胞生物学研究室 1989年2月まで)
1989年3月 ハーバード大学医学部ポストドクトラル・フェロー(1991年7月まで)
1991年8月 京都大学食糧科学研究所講師
1994年4月 京都大学食糧科学研究所助教授
2001年4月 京都大学大学院農学研究科助教授
2004年4月 青山学院大学理工学部化学・生命科学科教授
2011年4月 青山学院大学総合文化政策学部教授

活動
狂牛病問題などで新聞・雑誌に頻繁に登場している。雑誌の随筆や新聞の文化面、読書面の常連筆者でもある。また、有限責任中間法人ロハスクラブ理事も務めている。また、一般に向けた科学書の翻訳・執筆を行っている。2007年の「生物と無生物のあいだ」は65万部を超えるベストセラーとなった。

生命観
同位体でマークしたアミノ酸を用い、タンパク質など生体を構成する物質は極めて素早く入れ替わり、作り替えられていることを実証したルドルフ・シェーンハイマー(Rudolph Schoenheimer)の実験に強く共鳴し、再評価を行った(ただし、「生物と無生物のあいだ」で書かれているように、シェーンハイマーが決して無視されていたわけではないことには注意)。これに基づき、「生命は流れの中のよどみ」という考え方を自著で繰り返し述べている。また、「世界は分けてもわからない」などでホーリズムを主張している。

動的平衡
ルドルフ・シェーンハイマーの発見した「生命の動的状態(dynamic state)」という概念を拡張し、生命の定義に動的平衡(dynamic equilibrium)という概念を提示し、「生命とは動的平衡にある流れである」とした。生物は動的に平衡状態を作り出している。生物というのは平衡が崩れると、その事態に対してリアクション(反応)を起こすのである。そして福岡は、(研究者が意図的に遺伝子を欠損させた)ノックアウトマウスの(研究者の予想から見ると意外な)実験結果なども踏まえて、従来の生命の定義の設問は浅はかで見落としがある、見落としているのは時間だ、とし、生命を機械に譬えるのは無理があるとする。機械には時間が無く原理的にはどの部分から作ることもでき部品を抜き取ったり交換することもでき生物に見られる一回性というものが欠如しているが、生物には時間があり、つまり不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度おりたたんだら二度と解くことのできないものとして生物は存在している、とした。

プリオンについて
コッホの三原則を満たしていないなどの理由から、現在の世の中では主流となっているBSEのプリオン原因説に懐疑論を投げかけている。著書『プリオン説はほんとうか?』ではBSEのウイルス原因説を提示して話題を呼んだが、これに関しては多くの生物学者から反論を受けている。

進化論
チャールズ・ダーウィンの進化論に対して、完全ではないという考えを持っている。 文學界2008年8月号で、川上未映子との対談において、進化を説明するための一つの説としてジャン=バティスト・ラマルクの用不用説を持ち出している。用不用説は学会において批判の多い学説であるが、福岡本人も「そのためのメカニズムがない」「後天的に獲得した形質は遺伝しない」として、現在では否定されているとしながらも、二つの説明の仕方の内の一つとして挙げている。

その他にも、進化には「複合的な要因」が考えられるのではないかといった議論、またニッチを引き合いに出して今西進化論へ共感を示すなど、進化論以外の道に注目する姿勢を見せている。

人物
愛用している時計は、シチズン社のカンパノラ。
スキーが趣味である。
独特の風貌を持ち、友人の小黒一三からは「世に二人といない不思議な顔」と評され、爆笑問題からはNHKの教養番組で「くいだおれ人形そっくり」と弄られている。

受賞歴
朝日学術奨励金(1987年度)
2006年 第1回科学ジャーナリスト賞
2006年 『プリオン説はほんとうか?』で講談社出版文化賞科学出版賞(平成18年度)
2007年 『生物と無生物のあいだ』で第29回サントリー学芸賞<社会・風俗部門>
2008年 『生物と無生物のあいだ』で第1回新書大賞

著書

単著
『もう牛を食べても安心か』(文春新書、2004年)
『プリオン説はほんとうか? タンパク質病原体説をめぐるミステリー』(講談社・ブルーバックス、2005年)
『ロハスの思考』(木楽舎・ソトコト新書、2006年)
『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、2007年)
『生命と食』(岩波ブックレット、2008年) 
『できそこないの男たち』(光文社新書、2008年)
『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(木楽舎、2009年)
『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書、2009年)
『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋、2010年)
『フェルメール 光の王国』(木楽舎、2011年)

共著
生物が生物である理由 分子生物学 太田光,田中裕二 (講談社 2008年、 爆笑問題のニッポンの教養)
盛山正仁(著), 福岡伸一(編) 『生物多様性100問』 (木楽舎、2010年 )

翻訳
ヒューマンボディショップ 臓器売買と生命操作の裏側 A.キンブレル 化学同人 1995.7
七つの科学事件ファイル 科学論争の顛末 H.コリンズ,T.ピンチ 化学同人 1997.2
キャリー・マリス『マリス博士の奇想天外な人生』早川書房、2000 のちハヤカワ文庫
リチャード・ドーキンス『虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか』早川書房、2001 
マッキー生化学 分子から解き明かす生命 Trudy McKee,James R.McKee 市川厚監修 監訳 化学同人 2003.10
Yの真実 危うい男たちの進化論 スティーヴ・ジョーンズ 岸本紀子共訳 化学同人 2004.8
モッタイナイで地球は緑になる ワンガリ・マータイ 木楽舎 2005.6
築地 テオドル・ベスター 和波雅子共訳 木楽舎 2007.1
エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか ライアル・ワトソン 高橋紀子共訳 木楽舎 2009.6
思考する豚 ライアル・ワトソン 木楽舎 2009.11

対談集
『エッジエフェクト 界面作用』(朝日新聞出版、2010年)

出演

テレビ
スタジオパークからこんにちは(2010年5月17日、NHK総合)ゲスト出演。
歌うコンシェルジュ(2011年1月24日、NHK総合)ゲスト出演。
カズオ・イシグロを探して(2011年4月17日、NHK教育)
いのちドラマチック(NHK-BS)レギュラー出演。

ラジオ
上柳昌彦・山瀬まみ ごごばん!フライデースペシャル(2012年1月13日、ニッポン放送)ゲスト出演。

CM
日本エイサー「AS1410シリーズ」
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この経歴を見てわかる通り、彼は京都大学農学部を出ている。
昔は「農学部」というと文字通り農業に関係する学問とか林業に関する実学に携わる人の行くところだった。
しかし今では、この学部の扱う分野は、とても広く、世界的に活躍する科学者が、ここを出ている。
特に、京都大学は著名な学者を輩出している。こういう科学者は、以前なら「理学部」出身者が多かったのだが、今は違う。

おまけに、この本の巻末の辺りに書いてある「ナチュラリスト宣言」というところで、このように書いてある。

<そういう福岡ハカセも、実は2011年の春、理系を卒業しました。
 同じ大学内で「文転」することにしたのです。
 これまでずっとマウスを殺し、細胞をすりつぶし、遺伝子を切り貼りしてきた。
 そこで学んだことも多かったけれど、これからはミクロに分けるだけではなく、
 もっと統合的に生命のことを考えたい。
 文化や社会とのかかわりの中で生命観を深めたいと思った。
 もともと福岡ハカセは昆虫少年としてファーブルやドリトル先生や今西錦司にあこがれていた。
 彼らは自らのことをナチュラリストと名乗っていた。
 だからここで私もちょっとライフチェンジして、分子生物学者からふつうの生物学者(ナチュラリスト)に戻ろう。
 そう思うに至ったのです。
 時は春。終わることから新たに始まることがあるのではないかなと。
 ささやかながら、福岡ハカセのナチュラリスト宣言。>

もう一度、彼の経歴のところに戻ってもらいたい。

2011年4月 青山学院大学総合文化政策学部教授      と書いてある。これこそ彼の「文転」である。
今西錦司先生は、「文転」こそしなかったけれど、山に登り(ヒマラヤにも登った)霊長類研究所の創設にかかわったり、科学の啓蒙書を書いたりした。

この本は、本の性格としては「エッセイ」 である。カバーに書いてある通り66篇の短い文章から成る。
目次を引いてみると、

   ハカセの記憶
   ハカセの旅
   ハカセの進化
   ハカセのIT
   ハカセの読書
   ハカセの芸術
   ハカセのナチュラリスト宣言

などとなっている。
「まえがき」と「あとがき」には、アメリカのロックフェラー大学での「ポスドク」としての悲惨な研究者生活の一端が書かれている。
「ポスドク」とは「ポスト・ドクター」大学院の博士課程の単位を満了した学者の卵──今や、このポスドクが掃いて捨てるほど存在し、
中には就職口もなく悲惨な存在となっている一面がある。

この本は短い記事が一回分「読み切り」になっている。 三つほど引いておこう。

     働きバチは不幸か

まだまだ暑いけれど、空を見上げるとこまかいうろこ雲が広がっている。ふと足元に目をやる
と、道端に、黄色いハチのむくろが千からびてころがつていた。力つきて地面に落ちたのだろう
か。今夜、私が帰ってくる頃には、アリたちにきれいに運ばれてしまっていることだろう。小さ
な生命のかけらを見ると夏の終わりを感じる。
子どもの頃、.ある夏の終わり、クモの巣にひっかかってもがいているミツバチをみつけた。あ
っ、かわいそう。そう思った私は、すぐに近寄って指先で縦糸を切り(クモの巣の縦糸は、クモ
自身が通路として使うのでベタつかない)、ミツパチをクモの巣から救いだした。そして絡まっ
た横糸をはずしてやろうと手のひらに乗せた。そのとたん、それまでおとなしくしていたミツバ
チは、思い切り私の指の付け根を刺した。激痛がはしった。びっくりした私は思わずミツバチを
振り払い、わっと泣き出した。指はみるみる間に赤く腫れ上がった。ミツバチの黒い針が突き刺
さったままそこに残っていた。
針はミツバチにとって最後の手段である。針を使えばミツバチは死ぬ。結局、私は、ミツジチ
を助けようとして、ミツバチを死に追いやってしまった。いのちを救おうとして、いのちをそこ
なう。おまけに、せっかく張ってあったクモの巣を壊し、クモの獲物をうばったことにもなる。
ひょっとすると私はクモの生存までおびやかしたかもしれない。私が行おうとしたことは一体な
んだろう。自然に対する勝手なおせっかいにすぎない。おせっかいどころか、大迷惑、あるいは
犯罪行為かもしれない。
私は、指の付け根に刺さっていたハチの針をそっと引き抜いた。赤い小さな穴と鈍い痛みが残
った。ミツバチの針は、ミツバチの産卵管の先端が変化してできたもの。内臓とつながっている。
だから針で敵を刺し、針がちぎれると、内臓もちぎれ、そこから体液が漏れでてミツバチは死ん
でしまう(スズメバチのように針がちぎれず、何度も出し入れして使えるハチは、刺しても死な
ない)。
外へ出て、花を探しているうちにクモの巣にかかってしまうようなミツバチは働きパチであり、
一生、卵を産むことのないメスである。だから產卵管を産卵管としてつかうこともない。それは
毒針のついたひもでしかない。働きバチの寿命はほんの数通間。多くの働きパチは毒針で敵を剌
す機会もなく、いのちが尽きてしまう。そして生きている数週間は文字通り働き詰めだ。最初は
内勤として、巣の掃除や幼虫の世話係をする。ついで外へ出ることを許される。外勤である。花
のあるところに行って蜜と花粉をせっせと集める。最後は地に落ち、あるいはクモやアリの餌食
になる。でもそれは,かわいそうなことだろうか。たぶん違う。
働きバチたちは、女王が君臨する王国の奴隷のように見えるけれど、実は、そんなことはない。
役の割り振りは人間の勝手な見立てにすぎない。ハチの国の主権者は、働きバチそのものである。
女王バチは、実は女王でもなんでもなく、巣の奥に幽閉された産卵マシーン。働きバチは必要が
あれば女王を殺し、必要があれば新しい女王を作り出す。僅かな数だけ生み出される雄のハチも
また働きバチの支配下にあり、用が済めば餌ももらえず捨てられる。働きバチだけが、よく食べ、
よく学び、 労働の喜びを感じ、世界の広さと豊かさを知り、天寿を全うして死ぬ。おまけにしん
どい産卵は他人まかせ。働きバチこそが生の時間を謳歌しているのである。
子どもの頃には、気づかなかったことがもうひとつ。自然を大切にする、あるいは生物の多様
性を保全するということは、死ぬべきものを、死から救い出すことではない。死は自然であり、
死は生命そのものである。福岡ハカセは今になってようやくそう思う。


     風呂場イスひとりじめ

とある休日。気持ちの良い風が吹く夕暮れ時、久しぶりに近くの銭湯に出かけてみた。昔、こ
のあたりにあった寿湯、玉川湯ともに姿を消してしまった。今ではマンションや駐車場になって
いる。当時の様子を思い出そうとしても、もううまく思い出せない。屋根の向こうにひよろっと
高い煙突があったっけ。
仕方がないので少し離れた阿見湯に行く。番台のおばさんにお代を払って板張りの脱衣場に入
る。今日はすいているようだね。ガラリとガラス戸をあける。湯けむりがあたたかい。ふと見る
と、いつも入り口に積み重ねてあるイスがない。あれ、おかしいなあ。洗い場を回り込んでみて
びっくり。奥に、イスをひとりで全部とりこんで使っている奴がいるではないか。風呂場イスひ
とりじめ、ってあんた、いったいどういう了見だ。
フロバイスヒトリジメ。ここまで真面目に読んでくれた方、ごめんなさい。こういうほっこり
した夕暮れのひとときがあったことは事実なのだが、この呪文は、私たち生物学を学ぶ者が、必
ず覚えなければならない必須アミノ酸暗記用の語呂合わせなのである。タンパク質を構成する二
十種のアミノ酸のうち、フェニルアラニン、ロイシン、バリン、イソロイシン、スレオニン、ヒ
スチジン、トリブトファン、リジン、メチオニンの頭文字をつないだもの。この九つのアミノ酸
は、ヒトが自分で合成することができない。だから必ず食品として外部から摂取しなければなら
ない。これが必須アミノ酸。生物学や栄養士の試験などによく出題される。
フェ二ルアラニンやトリブトファンは、祌経活動を伝達する重要な物質、ドーパミンやセロト
ニン、メラトニンの原料でもある。リジンはタンパク質にプラスの電荷を与える数少ないアミノ
酸のひとつ。メチオニンはタンパク質合成が開始される信号にもなる(だからすベてのタンパク
質の先頭はメチオニンである)。こんなに大切なアミノ酸をどれも人間は自ら作り出すことがで
きない。ヒトよりずつと昔から存在していた微生物はほとんどのアミノ酸を自前で作り出すこと
ができる。植物もしかり。
ヒトだけでなく動物にも、それぞれ食物として摂取しなければならない必須アミノ酸がある。
いったいなぜ、重要なアミノ酸の合成能力を失ってしまったのだろう。かつてはその能力を持つ
ていたのだから、進化の過程で、動物はその能力をあえて捨てたことになる。
食べ物のなかにたくさんアミノ酸が含まれているから、わざわざ自分で合成する必要がなくな
った? この説明は一見、合理的に見えるが違う。進化のプロセスでは、失うこと、捨てること
にも積極的な理由が必要である。そうでなければ淘汰の中でその形質が選択されることはなかっ
たはずだから。
しかもアミノ酸のうち、自然界に豊富にあるものではなく、むしろ特に重要なものをあえて合
成できないようにしたのだ。
特定の重要アミノ酸が合成できなくなることは生物にとってどのような「有利さ」をもたらし
たのか。必須アミノ酸は喑記させられるけれど、その存在理由を教科書は教えてくれない。これ
が学校教育の問題点でもある。どんどん仮説を作ることが生物学を面白くするのにね。
福岡ハカセは次のように考えている。あるアミノ酸が生命に必須となった瞬間、生物は「動
物」になりえたのだと。食べ物を探査し、追い求め、獲得すること。これはすべての行動の原型
である。必須アミノ酸が生まれたことによって、生物は自ら動くことを求められ、自ら行動しう
るものが選抜された。そしてそのことが生命にさらなる発展をもたらした。視覚や嗅覚や味覚も
このプロセスで獲得されたのではないか。自前で合成できないこと、つまりウォント(want)
が、生命の進化にとってにわかに輝かしい鍵となったのである。


     ふっくらブラジャー

水兵リ—ベ、ぼくの船・・・・・いう語呂合わせ、聞いたことありますよね。元素の暗記方法。軽
いものから重い順にならベると、H (水素)から始まって、He、Li、Be、 B、 C、 N、 O、 F、
Neと続く。
リ—ベはドイツ語で愛する(ラブ)の意味だが、なぜここに出てくるかは意味不明。とはいえ、
これはほとんどの人が学校時代に聞いたことがあり、時代的にもかなり古くから人口に膾炙して
いる(ってほどのことでもないか)ようだ。
当然のことながら日本独自のもの。昔、アメリカで研究をしていた頃、諸外国から来ていた友
人たちに「なにかそういうメモライズする方法ある?」と聞いてみたことがあったが、まったく
反応がなかった。思うに、これはなかなかに美しい言葉の文化ではないだろうか。
たとえばこんなのも思い出した。「産医師、異国に向こう。産後厄なく産婦、御社(みやしろ)に虫さんざ
ん闇に鳴くころにや、弥生も末の七日、あけむつのころ草の戸をくぐるに皆いつかはと小屋に送
る・・・・・・」。
これは一時は、たんに3でもよいことになっていた円周率ですね。
さて、水兵リーベの方は、ぼくの船のあとに続くいくつかのバリエーションがある。時代の変
化や地域差かもしれない。一般的なのは、「そう曲がーる、シップス、クラーク......」というパ
ターン。「そうだ、間がある、競輪行こう縁がある、貸し借り好かん……」という無頼(?)パ
ターンもある。
これで地球上に存在する元素を二十ほど丸暗記することはできるわけだが、実は、元素は一覧
表にならべてこそ意味がある。Li、Be、B、 C、 N、 O、 F、 Neの八つで一つの行が終わり。次
の八つ、Na、Mg、Al、Si、 P、 S、Cl、Ar (Na[ナトリウム]はソ—ダと読む)は、その下の行
に書く。
大事なのはこのように行を連ねて書いたときの、縦の列なのである。縦の列にある元素は互い
に性質が似る、というのが化学の大原則。LiとNa、 CとSiは性質が似ている(地球の生物はC
〔炭素〕でできているが、宇宙にはSi〔ケイ素〕生物がいるかもしれない)。つまり元素は重さの
順にならベて改行して書くと、周期的に似た性質のものが繰り返し出現する。
たとえば、F (フッ素)の縦列を見ると、Cl (塩素)、Br (臭素)、I (ヨウ素)、At(アスタ
チン)となる。これはハロゲンという仲間で、マイナスイオンになりやすく、いろいろな反応に
関わる。
だから理系の受験には元素の表を縦に憶えることの方が重要で、そのための語呂合わせも細か
く存在している。福岡ハカセが知っているのは、Fの列だと、ふっくらブラジャーわたし(I)
にあてて、というもの。なぜか縦列暗記法にはエッチなものが多く、その隣の列は、幼いセック
ス照れてポっ。こんなのばかり紹介していると紙幅がすぐ尽きてしまうのだが、おそらくは受験
生の鬱屈が込められているのだろう。
さて、元素にはどうして周期的な性質があるのか。
元素は中心に原子核、そしてその周りを運動している電子からなっている。ちょうど太陽系の
ように。
電子はそれぞれ固有の軌道をもっている。内側の軌道が満員になるとひとつ外側の軌道にはい
る。炭素は一番外側の軌道に四つの電子をもつ。ケイ素はこの軌道を電子で満たして、さらに外
側の軌道に四つの電子をもつ。最外殻の軌道の電子数が一致すると元素の性質も似る。これが元
素の周期性の源。
このことが後に元素の内部構造を解明することへの鍵となったのだが、最初にこの周期性に気
づいたロシアの科学者メンデレーエフは、惜しくもノーベル賞を逃した。
そのせいかどうかは定かでないが、彼はウオッカを愛し、後にそのアルコール濃度を四〇%と
制定した。

福岡②
福岡③

「学ぶ」という意味からすれば、ここに掲げた本『動的平衡』『動的平衡2』の方が意味があると思うのだが、後日に採り上げる。





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