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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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同人誌「りいふ」7号より・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
りいふ

──新・読書ノート──

     同人誌「りいふ」7号より・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

三井修氏編集の同人誌「りいふ」7号が出て、私のところにも贈られてきたので、ご紹介する。


       砂の幻    三井修

   歌書くと 真夜に開ける わがVA1O 小さく鳴りたり そは何と
   クリックすれば 遥かなる 古き友より 久々の  e-mailにて 簡潔
   な メッセ—ジあり、今彼は その母の国 シリアとう 豊かなる国
   密やかに 逃れ来りて 隣りたる ヨルダン国に うから等と 住みて
   いるとぞ、半世紀 近くを我が かく深く 関わりきたる アラビアの
   古き友らが 苦しみて いることを知る あるものは その血を流し
   あるものは 獄に繋がれ あるものは 彼のごとくに やむを得ず 祖
   国逃れて その生活(たつき) ままにならずと、 一途なる そのe-mailは 我
   が理解 また支援など かくひたすらに 訴えいたり。

   日本に 歌の輩(ともがら) 数多ある 中の一人の その名前 千種創一 彼
   もまた かのアラビアに 我のごと 深く関わり 近々に 赴任すると
   ぞ 彼のため その友垣が 宴の座 設(しつら)えんとす 我もまた 呼ばれ
   てあれば 新宿の 夜を歩みつつ 望の月 仰ぎてみたり 彼の往く
   かのアラビアの 砂と人 われの裡にて また不意に 甦りくる その
   砂に 陽炎立ちて  一発の 鋭き銃声 響きては のけぞれる友 あり
   ありと 浮かびてきたり かかる幻

        千種君の名を詠み込みて贈る反歌二首

   千粒の種また万粒の種が地に散ればかの日のなかりしごとし

   『種の起源』その初版本幾千部刷られたりけむ百五十年前

   歌、又は歌の断片を最初に書き留めるのは、以前勤務していた会社から今も送られ
   てくる「社員手帳」である。筆記用具は鉛筆かシャープペンシル。手帳は毎年一冊
   使うので、もう三十冊ほどになるはずである。

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三井修氏も、よく「長歌」を作られる。 叙事を綴るには、この形式が向いている。
私も何度か採用したことがある。
三井氏は長年、商社の駐在員として、かの地に勤務されたことがある。そんなことから、かの地の友や、かの地に赴任する友への「想い」がこもる佳い作品である。
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       ス卜ローハッ卜に花を飾って      野原亜莉子

   遠雷は夏の足音 いつ来るか分からないひとなんて待たない
   天に向きグリーンカーテン伸びゆきて葡萄のごとくトマトが実る
   はじめての夏を迎へる犬の仔は大きな瞳に光映して
   「胡瓜つて夏の匂ひ」と言ひながら毎度毎度の冷やし中華を
   作りかけのドレスや人形散らばりて花咲くごとし夏のわが部屋
   予告篇だけで泣いちやう涙腺の壊れ加減が微妙に困る
   やはらかき耳を撫でればふるふると震へてゐたり小さき犬の仔
   ごはんだのデザートだのつて引き留める母よわたしにだって〆切はある
   もう泣いていいよいいよと云ふやうな蝉時雨なり七月の果て
   がらくたに埋もれて眠るわたくしを探してほしい光れよ、ココロ
   アン・シャーリーの気分で歩く夏の午后ストローハットに花を飾つて
   去年の夏はたいへんだつた。だからもうなんにもしない夏日和なり
   カナカナの雑木林を抜けてきて橋の袂で夕暮れに会ふ
   幼子のポケットからバラパラと飛び出してきた西瓜の手紙
   パラソルで陽を遮りて帰る道いつかは終はる夏と思へり
   われの後ばかりついて歩きたる犬の仔ちひさき妹のやう
   恋のこと考へぬ夏があつていい秋の予定は白紙のままに
   留守番がひとりでできぬ犬の仔のお守りに行けば指嚙まれたり
   夕暮れにふつとため息つくときはチョコ茶の秋が傍にきてゐる
   メトロまで虹色の雨のなかを行く 今日も明日もたぶん夏なり

外出中でも在宅中でも、歌が浮かんだら携帯電話(今はiphone)にメモって
おく。その後、パソコンの画面上で歌の順番を入れ替え、連作を作る。推敲はほと
んどしない。最初に発表するのは、プログ「森の苺曰記」のことが多い。写真、文
章、短歌を一セットにして、二曰に一度更新している。プログ更新のために即興で
短歌を作ることもある。とにかくiphoneがないと、何もできない毎日なのだ。

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この作品は「りいふ」の巻頭を飾る特別作品である。
この人はブログを持っている。アクセスしてみられよ。 ↓
「野原亜莉子の森の苺日記」という。 念のために書いておくが、名前は「のばら・ありす」と読む。若い人である。
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       お帰りなさい    武藤ゆかり

   低速で铫子大橋渡るとき夏の陽射しは瞳に痛し
   いらっしゃいお帰りなさい空港に電光掲示板の富士山
   比類なき庭園などと銘打って良き日本を売る書店かな
   水筒を置いてきたこと飛行機の遅延の文字を見て悔いにけり
   鳥肌の寒き機内にしだり尾の長々し夜を震えているか
   ある者は携帯電話ある者は英字新聞待ち合い席に
   世の中に五輪報道ある時は次の火種に身構えるベし
   番号制拒むすべなき家畜人われら今こそ辞世の歌を
   大陸の果ての国より帰り来し妹はもう友のごとしも
   中東の砂漠の都市に過ごしたる一夜のことを熱く語りぬ

縁の黄ばんだレポート用紙だとか、昔もらったノートだとかに、シャーペンで下書きの
歌を書き、推敲する。なぜかこのたぐいの用紙が私に集まってくる。紙としての天命を
全うさせるため、全部のページに歌を書き散らし、淸書してから処分する。これが紙
に対する私なりの供養である。

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武藤さんは、元・新聞記者だった。
そんなことで彼女の歌には、その時どきに生起する事どもが描かれる。時事性に優れた作品である。
彼女には、私の第五歌集『昭和』について、この「りいふ」6号で精細な批評を賜った。改めて御礼を申し上げる。



コメント
コメント
今回も良歌を掲載していただきありがとう
ございます。私も誘われている俳句同人誌に
拙ブログから掲載しようとしていますが
まだ時間がありません。
掲載の折には木村様にも伝えます。
2012/12/02(日) 12:01:19 | URL | 2000円マスター #- [ 編集 ]
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