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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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山本万里詩集『撫順』・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
撫順

──新・読書ノート──

     山本万里詩集『撫順』・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                ・・・・・・・行路社2007/09/10初版第二刷刊・・・・・・・・・

先に書展などの紹介をした山本万里さんの詩集『撫順』をアマゾン中古本で買い求めた。
先の記事で書いたように幼児のときに満州から引き揚げて来られた際の体験を詩にしたものである。
見返しのところに、みごとな水茎うるわしく山本万里の毛筆書きと判子が押してある。誰かに献呈されたものらしい。
二、三引いてみる。


  絵巻物

万里ちゃん
クラスのお友達に
満州のことをお話ししてください

私は大垣市宇留生小学校の教室で
昨夜クレパスで描きあげた絵卷物を
一年生のみんなに話しはじめた

撫順の夏の白夜の鬼ごっこ
長い冬のスケ—ト 橇遊ぴ

日嬌小学校のこと
そして
まだからだが覚えている
引揚げの朝のこと

   私たちはぎっしりと屋根のない家畜用の貨物列車に詰め込ま
  れました。足も伸ばせない窮屈さでしたが、やっと日本に帰れ
  る喜びでいっばいでした。
   汽車が広い平原の力ーブにさしかかると、何十両も連結した
  貨車の最後尾までが見渡せました。
  「おーい おーい」。
  「日本に帰るんだぞう」。
  「おーい」。
   遠くの車両から声があがりました。こちらからも、鈴なりに
  満載された大人も子供も、皆有頂天になってハンカチや帽子を
  振って、ワッーと歓声を上げて応えました。

 時々列車はわけもなく広野の真ん中で止まり、ばらばらと中
国人の物売りや子供が群がって、「茶水」、「茶水」と、コップ
一杯の水を高値で売りました。買えない人を尻目に、満州でし
か通用しないお金をどんどん使う人もいました。

 漆黒の夜が来て嵐のように雨が降り出しました。屋根のない
貨車の上で傘は風にあおられ、滝のような土砂降りに体の芯ま
で濡れ、凍えるような寒さが襲いかかりました。
「眠ったら駄目だ。眠ったら駄目だ」。
父のどなる声に何度も揺さぶられながら、足元を洗う水溜り
の中で立ったまま夜を明かしました。
苦しい一夜が明けてほっとしたのもつかの間、今度は強烈な
直射日光が私たちを苦しめました。大陸の自然は次から次へと
無防備な私たちをいたぶり、すさまじい喉の渴きに、幼い弟た
ちは泣き出しました。あちこちで赤ちゃんが泣き喚き、辛さは
ひとしお募りました。

震える声を飲み込み
目じりの涙を手の甲でぬぐう
万里ちやんがんばって
先生のやさしい声に
つつかえながら先を読む

  列車が大河にさしかかった時、前方の車両から投げ落とされ
  た小さな木の箱、それは子供の亡骸だったそうです。
  再び大きく弧を描いて長い列車の全貌が見えてきても、もう
  手を振る人はいませんでした。疲れ果て、渴きと空腹、立ち込
  める不快な匂いのせいで、誰も彼もが苛立ってどうしようもな
  く不機嫌になっていたからです。

   汽車はまたもや高粱畑のまん中で止まりした。朝まで動か
  ないということでした。高い貨車からおりて線路脇の草の上に
  座りました。
   船に乗るまであとどのくらいかかるのだろう。泣き疲れて寝
  入ってしまった弟たちの側で、私はうつろに空を見上げました。

絵卷物はどこまでを描写したのか
ただ塞き上げる思いが
六歳の私を混乱させ
級友の前で立ち往生してしまつた恥ずかしさが
今もなお何かの拍子に思い出されてきて

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  撫順音頭

年に一度の満鉄会から
父が持ち帰った手ぬいぐい
鮮やかな赤ちょうちんに
白抜きの「炭都撫順」
踊るような墨の字の「撫順音頭」
会の余韻のご機嫌さで
父は歌う
つぶやくようにうるうると

暮れなずむ空にちょうちんの列
母の袖を握って見上げたやぐら太鼓
  日本ではね
  これとそつくりな盆踊りをするのよ
ゆらいだ声までがよみがえる

青天井の下に
階段状に切り開かれた広大な地形
ずっと底まで続く切羽の各段に
石炭を満載した大型の貨車
これが撫順炭鉱の露天掘り
写真を指さす父の口調がせつない

父たち大勢の日本人が
若い身命を賭して
懸命に働き明日を夢みた
しかし 戦後
満州で生きてきたことが
恥ずかしいことのように
後ろめたい記憶のように
口をつむぐ
侵略という史実の前に

私も来し方を振り返る時期にきて
ようやく父の心に添ってみる
満鉄会に参加する
父たちの拠り所が寂しい

  おらが撫順でヨイショヨイヨイ
  掘り出す石炭(すみ)はヨッコラサノサ
  伸びる日本の土台石

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  半紙

今はもう誰も住んでいない母の家を整理する
天井の袋戸棚から出てきた私の成績物
通信簿にまじって
とてつもなく元気に
かきくりいもと 書いてある
これはあの時の半紙
そうに違いない

  夏休みの間に干草を作ってください
  出来高に応じて半紙と交換します

新聞紙が真っ黒になるまで練習して
最後に白い半紙に清書していたあのころ

草刈を日課として姉と励む
農道のチカラグサの根元を左手で束ね
鎌に力を込める
この草には泣かされたものだ
誰かがこの草をアーチ状に結んでおく
うっかり足を踏み入れて転んだことも数知れず
日当りの良い場所ならどこにでも生え
ちょっとやそっとでは引き抜けないからチカラグサ
はや五つに分かれた花穂をゆるがせ
どつしりと野道に居座っている。

出勤前の父も応援してくれる
きらめく大川の水辺近くまで
丈高い草をすばやく刈る
シ口ツメグサやホタルブクロ
黄色い花も混じつたまま
竹籠をゆすって詰め込んでゆく

筵に広げた草は
夏の太陽にちりちり焦げる
何度も裏返して乾燥させる

ふんわり香る干草を担いで交換所に急ぐ
友達も大勢集まっている
ずっしり重い箱入りの半紙
雪白のつややかな紙に頰ずりし
半紙のにおいを吸い込む
どんな書き味がするかしら
小走りに川べりの道を戻りながら
筆を下ろした瞬間の
墨のにじみ具合がゆるゆる浮かんでくる

あれから六十年
ずっと書道を続けてきて
あの時の半紙
この時今日の半紙に
ひとりだけの決意が走る

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第一章 日本の土、七月
第二章 撫順の空
第三章 松林の風

と全部で三十三篇の詩が載っているが、その中から第二章から二つ、第三章から一つの詩を引いてみた。
引き揚げてきた大垣の小学校での「書道」に始まり、終生を「書」と関わってきた作者の想いが凝縮していると思うゆえである。
先にも書いたが、この詩集によって第十七回の紫式部宇治市民文化賞を受賞されている。
この本には長年行動を共にされてきた田中国男氏による「記憶の中のもう一つの生の光景」という33ページにわたる詳しい解説があることも書いておく。
作者の益々のご健筆を祈って稿を終えたい。

(お断り)詩の部分はスキャナで取り込んだので、どうしても文字化けなどが生じる。
子細に修正したがまだあれば指摘してください。すぐに直します。



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