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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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にしつじ とおる詩集『生きもの語り』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
西辻

──新・読書ノート──

     にしつじ とおる詩集『生きもの語り』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・北國新聞社出版局2013/01/10刊・・・・・・

この詩集の作者・西辻融は、私には未見の人であるが、このブロクでも何回か採り上げた西辻明の弟さんである。
この本に載る略歴を引いておく。

1934年、石川県小松市生まれ。
1958年、金沢大学法文学部(現法学部)卒。
民間会社に奉職。
歌誌「作風」元会員、石川詩人会元会員。
現在、詩誌「蒼」(小松市)会員。

この本には全部で32篇の作品が収録されているが、巻末に載る詩を、先ず引いておく。
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     善知鳥(うとう)記・・・・・・・・・にしつじ とおる

  陸奥(みちのく) 地の果て 率土(そつと)の浜

  「雉も鳴かずば撃たれまい」に
  と俚諺は言うが
  親の鳥が「ウトウ」と呼べば
  子の鳥が「ヤスカタ」と答える
  持って生まれたこんなかなしい性(さが)ゆえに
  狡猾な猟師にいつもたやすく捕獲された

     (善知鳥のことである)
     『これは諸国一見の僧にて候 我れいまだ陸奥外の浜を見ず候程に
     この度思い立ち 外の浜一見と志し候 又よき序にて候程に
     立山禅定申さばやと存じ候…』
     (越中の立山で禅定した旅僧が山を下りてくると
     一人の老人が現れて 陸奥へ下られるのであったら
     去年の秋死んだ外の浜の猟師の家を訪ねて 蓑笠を
     手向けるように伝えてくださいと懇願する
     旅僧は 老人の願いを引き受け別れたのだが・・・
     やがて外の浜を訪ね  蓑笠を手向け回向をしていると
     猟師の亡霊が現れて旅僧に語るのだった
     きけば 猟師はいま 生前繰り返した殺生のために
     地獄に堕ちている
     砂原の穴のなかに子を産む善知鳥を捕るのに
     親鳥を装って「ウトウ」とその名を呼びかける すると
     巣穴の子鳥は「ヤスカタ」と必ず応えるので
     この習性を悪用し多数の善知鳥を捕えてきた
     しかし子を捕られた親鳥は 血の涙を流し
     飛びまわって悲しんだ
     いまや地獄での善知鳥は鷹の化鳥となり
     雉となった猟師を追って責め苛むのだという
     そう懺悔し 僧の救いを求め亡霊は消え失せた)
  世阿弥の謡曲「善知鳥」の語りである

  春まだ浅いあの日
  彼方の沖から

     荒ぶる霹靂神(はたたがみ)のように
     黒い波が押し寄せた

     三界の火宅
     四衢の露地

  生きものたちの記憶が
  いくつ潰え去ったことか
  親と子が 何度呼び合い
  浮きつ沈みつ波間に消えたことだろう

  悲しみの数だけ物語りがあり
  物語りの数に余るこの不条理を
  誰が肯んずることなどできょうか

  善知鳥の伝説をいまに伝える陸奥という陬遠

   十・百・千・万
   億・兆・京・垓

  悲傷と悔恨と懺悔と
  そこばくの慷慨の思いをこめて
  人はいま
  生きものたちの記憶を
  あらためて ふたたび
  紡ぎ 織りなしていくことだろう
  頑是ないものも
  罪深きものも
  おのがじし

     ※ウトウ(善知鳥)=東北地方南部以南に群生するウミスズメ科の留鳥。
     善知鳥伝説=允恭天皇の御世に、烏頭中納言安方という貴人が勅勘を蒙り都を追放されて、
        津軽外ケ浜にやってきたという、いわゆる貴種流離譚にはじまる。
     外の浜=地誌上は青森県東津軽沿海の古称。古来、外ケ浜、外の浜、率土 (地の果ての海
        浜の意)の浜、率都の浜などいろいろの表記がある。
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この詩は、一見して判るように、一昨年三月十一日に襲来した大津波を、比喩的に表現したものである。
「善知鳥伝説」を引用して、巧く、情趣ふかい詩篇に仕立て上げた。
私は、一読して彼の亡兄・西辻明の作品を思い浮かべた。
彼の作品も、古典やらを盛んに引用する詩であった。 ただ一つ違うのは、兄・明は英文学徒であったから、かの地の詩からの引用が多かった。

私がこの詩を引いたのには理由がある。
この本の「帯」の裏面に、この詩の一部が載せられているからで、編集者が、そうしたのか、作者が言って、そうしたのか、この詩集のキーを成すと感じたからだ。

この本の「あとがき」で

<三つの章に分けてみた。
 やや抒情性のあるものを「『みせばや』頌」に、
 イリュージョン風を「海市蜃楼」に、
 鳥獣虫草にことよせ、命の頌歌として「生きもの語り」を。
 各章における順序は四季に従うこととした。>

と書いている。
普通、現代詩作家は俳句・短歌などの伝統詩とは距離を取る人が多いが、彼は短歌も作っていたらしく、「伝統」と繋がることに違和感がないのも好ましい。
私も短歌も作り、詩も書くので、同じ立場だからである。

もっと多くの詩を引きたいが、これを取り込むにあたってスキャナを利用したが、文字化けなどが多く、多分に手間がかかる。
子細に修正したが、まだあれば指摘されたい。すぐに直します。
そんなことで、今回は、このくらいにしたい。
なお、巻末に住所が載せてあるが、ここは兄・明が住んでいた家のあるところで、立派な家だったので、彼・融が引き継いで住むことになったのだろう。


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