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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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青江三奈を聴く・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
img_941644_34217406_0青江三奈

──エッセイ──

      青江三奈を聴く・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

私の知人に、青江三奈を好きな男が居た。 彼女が出演するというので一緒にクラブに行ったりした。
彼は昨年亡くなったが、あのハスキーな声が今も頭のどこかに残っている。
青江三奈のニューヨークでの「伊勢佐木町ブルース」の動画を見つけたので出しておく。
「あぁ~」というセクシーさったら、堪らんねぇ。



青江 三奈(あおえ・みな、1941年5月7日 ~ 2000年7月2日)は、東京都江東区砂町出身の演歌・歌謡曲の歌手。本名は井原静子(いはら・しずこ)。
自身本来の生年月日は1941年5月7日であるが、芸能活動におけるプロフィール上では1945年7月7日としていた。成徳学園高等部卒業。

「青江三奈」の芸名は、作詞家・川内康範が『週刊新潮』で連載していた小説「恍惚」のヒロインの歌手の名前に由来する。
高校在学時から東京・銀座の「銀巴里」でステージに立つ。
高校卒業後、西武百貨店勤務の後、クラブ歌手となり、1966年、「恍惚のブルース」でメジャーデビュー。
以後、1968年に「伊勢佐木町ブルース」、「長崎ブルース」、翌1969年には「池袋の夜」が大ヒット。
森進一と並んで「ため息路線」と呼ばれ、「伊勢佐木町ブルース」の冒頭部分は特に有名である。
「NHK紅白歌合戦」には1966年(第17回)に初出場。翌1967年(第18回)は落選するも、その後1968年(第19回)から1983年(第34回)まで、16年連続で出場した。
1990年(第41回)には、同年12月に亡くなった「恍惚のブルース」の作曲家・浜口庫之助を偲ぶという形で7年ぶりの復帰、通算18回目の出場を果たしたが、これが青江の生涯最後の紅白出演となった。

1999年1月23日、渋谷公会堂のコンサートを最後に、病気療養のため一切の歌手活動を停止。当初は膵炎と公表されたが、実際は膵臓癌であった。
その後は入退院を繰り返しながら闘病生活を送り続けていたが、翌2000年7月2日、膵臓癌により54歳(プロフィール上、実年齢は59歳)の若さで他界した。
没後に「伊勢佐木町ブルース」の歌碑が、神奈川県横浜市中区のイセザキモールに建立された。

なお、若き日の青江に大井町で同居しながら長年にわたり歌唱指導を行い 死亡直前に婚約した作曲家・花礼二と青江の兄弟との間で、激しい遺産争奪戦が起こりマスコミの話題を呼んだ。さらには後にその兄弟の間でも遺産争奪戦が起こり、訴訟沙汰になっている。


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