K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201705<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201707
草弥の詩作品・新作「春 の 修 羅」・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
詩人集2013
harutoshura.jpg
 ↑ 宮沢賢治『春と修羅』初版本

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


──草弥の詩作品──(75)

         春 の 修 羅・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
               ─死者たちの 野に風車ひとつ からからから─
                                            石牟礼道子


三・一一以降、なんとも重苦しい感覚がまとわりついて
離れない。
宮沢賢治生誕二ケ月前(1896/06/15)に発生した三陸地震津
波が県内に多くの爪痕を残した中での生誕だった。
また誕生から五日目の八月三十一日には秋田県東部を震
源とする陸羽地震が発生し、秋田県及び岩手県西和賀郡
・稗貫郡地域に大きな被害をもたらした。
この一連の震災の際に、母イチは賢治を収めたえじこ(乳
幼児を入れる籠)を両手で抱えながら上体で蔽って念仏
を唱えていたという。
家業が質屋の息子である賢治は、農民がこの地域を繰返
し襲った冷害などによる凶作で生活が困窮するたびに、
家財道具などを売って当座の生活費に充てる姿にたびた
び接し、この体験が賢治の人格形成に大きな影響を与え
たとされている。

     いかりのにがさまた青さ
      四月の気層のひかりの底を
     唾し はぎしりゆききする
      おれはひとりの修羅なのだ

      ああかがやきの四月の底を
      はぎしり燃えてゆききする
     おれはひとりの修羅なのだ

     草地の黄金をすぎてくるもの
      ことなくひとのかたちのもの
      けらをまとひおれを見るその農夫
      ほんたうにおれが見えるのか

     (まことのことばはここになく
     修羅のなみだはつちにふる)
              *<宮沢賢治「春と修羅」抄>

生きものたちが冬の厳しい寒さをやりすごすために、
代謝を制限して眠ったような状態を冬眠という。
北国で太陽が遠ざかる冬に活動しているものは本当に数
えるほど少ない。

        大怪獣クラーケンのように
        無慈悲に襲いかかってくる
        大津波よ!
        修羅よ! 春の修羅よ!

----------------------------------------------------------------------------
この詩作品は、土曜美術社出版販売が発行するアンソロジー『詩と思想詩人集 2013』用に準備したものである。
これはアンソロジーであるため、一篇は字数25字×46行以内という制限があるので、それに合わせて推敲した。
もちろん原文はタテ書きである。
まあ何とか読める作品になったかと思っている。
こういう風に他人の作品を取り込むことを文学用語で「コラージュ」という。

発行日は、2013/08/31だが、本日できあがってきたので本の表紙の画像を出しておく。
題名が「春の修羅」なので、陽春の今に出しておく。
折しも三陸沿岸は東日本大震災・津波から丸二年が過ぎた。 その犠牲者の鎮魂の意味も込めてある。




コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.