──新・読書ノート──
岸恵子『わりなき恋』・・・・・・・・・・・・・木村草弥
・・・・・・・幻冬舎2013/04/10刊第三刷・・・・・・・・
知人から頼まれて、アマゾンから、この本を取り寄せた。知人に渡す前に役得で読んでみた。
この本の「帯」に、編集者が、こう書いている。
< でも、でもね、逢えてよかった・・・・・
突然の、胸の高鳴り。
年齢のくびきを越えて燃え上がる
鮮烈な愛と性
著者が10年ぶりに世に問う、衝撃の恋愛小説! >
また裏表紙には
< 孤独と自由を謳歌する、国際的なドキュメンタリー作家・伊奈笙子、69歳。
秒刻みのスケジュールに追われる、大企業のトップマネジメント・九鬼兼太、58歳。
激動する世界情勢と日本経済、混沌とするメディア界の最前線に身を置く二人が、
偶然、隣り合わせたパリ行きのファーストクラスで、
ふと交わした「プラハの春」の思い出話・・・・・・・。それがすべての始まりだった。
容赦なく過ぎゆく時に抗う最後の恋。
愛着、束縛、執念・・・・・・男女間のあらゆる感情を
呑み込みながら謳い上げる人生賛歌。
執筆4年、書下ろし文芸大作! >
と小説の要約が書かれている。 初版が出てから半月で三刷だから、よく売れているというべきだろう。
女優岸恵子(80歳)が、後期高齢者を迎える女性の恋愛と性に迫った小説「わりなき恋」(幻冬舎)である。
岸にとって、10年ぶりの書き下ろし小説で、70歳を目前にした日本とパリを拠点にする女性ドキュメンタリー作家と、
12歳下の大企業重役との5年を超える不倫愛が題材になっている。
タイトルは、古今和歌集で詠まれた一節にもあるように「理屈や分別を超えて、どうしようもない恋」を意味する。
早くに夫を亡くした女性は、海外を飛び回る男性と遠距離恋愛を続けていくうちに深い関係になっていく。
ただし、十数年ぶりの性交は潤いが足りず、思うようにいかない。意を決して婦人科で治療を受ける場面なども描かれる。
70代女性ならではのエピソードだが、男性にかかってくる電話やメールの内容、ささいな一言に、恋心は少女のように揺れ動いていく。
女優歴60年以上、作家としても多くの著書があり、57年にフランス映画監督のイブ・シャンピ氏と結婚し、1女をもうけて75年に離婚。
以降もパリに住み、作品の主人公と同様に日本とパリを行き来する岸が、赤裸々ともとれる同世代の恋愛小説に取り組むきっかけになったのは、幻冬舎の見城徹社長(61歳)との出会いだった。
5年前、岸の半生を紹介するドキュメンタリーに、見城氏がコメンテーターとして出演して交流が生まれた。
「決定的な小説を書きませんか」と依頼すると4年を費やし、322ページの長編小説を仕上げた。
見城氏は「恋愛という男女の普遍の営みを、格調高くうたい上げた新しい時代の新しい文学。こんなに興奮して作業したのは久しぶりです」という。
私は臍まがりなので、出たばかりのベストセラーには飛びつかないが、先に書いたような事情で、読んでみた。
先に引用したような文章にはない、しっとりとした「恋のかけひき」が描かれている。
この本の結末は、次のような文章で終わる。 十数年後という設定になっている。
< エピ口—グ
長い坂道を一人の男が歩いてゆく。
若くはないが、年寄りという風情ではない。すっきりと背筋を立てて、豊かではあるがかな
り白くなった髮の毛を搔きあげて、坂道に面したちいさな家のちいさな庭に眼をやった。そこ
にもう、男に懐いていた犬はいなかった。坂はまだだらだらと続いていた。その坂を、一歩一
歩踏みしめるように男はゆっくりと登つていった。
坂を登りつめたところにある、おおきな角地のブロックに男が愛した、純日本式の家ももう
なかった。歩調をゆるめた男は、東に面した道から、角を曲がって、かって裏庭のあった道に
回った。
そこに、はっとするほどおおきな房をつけたミモザの木があった。まだ冷たい春風のなかに、
黄色いミモザの花盛りがあった。
塀をまたいで、路上にこぼれ咲く花を、男は見つめ、そっと手を触れた。
「よう、生きていたね。おおきくなったなあ、逢いたかったぞ。俺は今日、七十五歳になった。
同い年になったんだ。それを言いに来た」
男の眼が潤んだ。潤んだ眼から涙が零れた。零れた涙は浅い皺のなかにうっすらと浮かんだ
笑窪にひととき留まって流れ落ちた。
男は、何軒かに建て替えられた家々には眼もくれなかった。ただひたすら、黄色いミモザを
見つめていた。暮れてゆく空に浮かんだ雲が、愛した女の晴れやかな笑顔になったり、掠れた
声で自分を詰るときに、瞳の周りがうすく青ずんで、その眼がすーっとつり上がる、怖いほど
美しい顔になったりした。
男は微動だにしなかった。ミモザの茂る塀に寄りかかって、雲の姿を眺めていた。
驚くほど繊細なくせに、どこか抜けていて、甘えん坊でお茶目な女の顔が、雲とともに流れ
てゆく。男の記念すべき七十五歳の一日が暮れようとしていた。
やがて、男も、笑窪も、ミモザの花も、夕闇にやわらかく包まれて淡み、遠く蒼ずんで空の
なかに溶けていった。
あとには、しん、と更に冷たくなった春の夜風が吹き流れているだけだった。 >
322ページに及ぶ大作の「書下ろし」である。 ご一読をお勧めする。
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↑ 講談社2005/12/20第一刷 2006/01/17第二刷
一緒に、こんな本も古本で買ってみた。写真入りのフォト・エッセイである。 これも版を重ねており売れたらしい。
この本を読んでみてわかったことだが、小説のプロットなどに、この写真エッセイ集が取り入れられているのである。
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著者が10年ぶりに世に問う、衝撃の恋愛小説!
でも、でもね、逢えてよかった……
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2015/06/26(金) 14:22:48 | 粋な提案
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