
山椒の葉かげに卵(らん)を生みゐたる
黒揚羽蝶わらわらと去る・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
掲出の写真①は黒揚羽蝶の雌の羽の表の様子である。裏側の模様は少し違うが省略する。写真映りは白っぽいが、色は真っ黒である。

黒揚羽蝶の成虫は葉っぱを食べているわけではない。写真②のように花の蜜を吸って生きているのである。
揚羽蝶には色々の種類があるが、概して卵を生む植物は「香り」の強い草木に限定されているが、その中でも黒揚羽蝶は山椒、金柑などの柑橘類の木、パセリなどのハーブ類に卵を生む。
ハーブと言っても種類は多いので、その中でもパセリ類に限定される。
揚羽蝶の種類も色々あり、羽の模様もみな違うように取り付く草木も、それぞれ違う。黒揚羽と並揚羽とは取り付く木も共通するものが多い。
ここでは要点を絞って黒揚羽蝶と、その幼虫に限定する。

気持が悪いかも知れないが、写真③は幼虫の蛹になる直前の終齢の頃のもので、頭の先に赤い角状のものを出して「威嚇」しているところ。
独特の臭気も発する。これも威嚇のためである。
この写真の一日後には、この幼虫は「蛹」(さなぎ)になった。
写真④に、その蛹の様子を載せる。

糸を一本吐いて柑橘類の木の茎に体を固定して蛹の様態に入ったもの。
この段階で捕食者から襲われないように、周囲の木と同じ色になって保護色を採るというから、その知恵には恐れ入る。
幼虫は夏の間に何度も孵るが、晩秋に蛹になったものは、この蛹の状態で「越冬」して、翌年の春に「羽化」して黒揚羽蝶の成虫になり、
雄、雌が交尾して、雌が産卵して新しい年度の命が発生する。
卵は纏めては生まない。ちょうど鰊の「かずのこ」の一粒のような大きさの卵を木の葉っぱのあちこちに、ポツンポツンと産み付ける。
色は葉っぱに似せて緑色をしている。この卵の段階でつまんで取り去ることも出来る。
この卵から孵ったものは黒っぽいが、黒揚羽も普通の揚羽も、とてもよく似ている。
この段階では緑と黒の保護色なので、葉っぱに紛れて見つけにくい。
写真⑤は蛹になる直前の終齢の幼虫を角度を変えて撮ったもの。

黒揚羽の幼虫は、ここまで来ると、写真③も同様だが、いかにも気味の悪い毒々しい姿になったところである。
「蝶」は春の季語だが、春以外の季節にも居るので、その時は季をつける。
夏の蝶の代表は揚羽蝶である。これには十種類ほど居るという。一番よく目に止まるのは黒と黄色の縦じまの普通の(並)揚羽蝶ということになる。
黒揚羽蝶は夏らしい強さ、激しさを持っていると言われている。
以下、それらを詠んだ句を少し引いて終わりたい。
黒揚羽花魁草にかけり来る・・・・・・・・高浜虚子
渓下る大揚羽蝶どこまでも・・・・・・・・飯田蛇笏
夏の蝶仰いで空に搏たれけり・・・・・・・・日野草城
碧揚羽通るを時の驕りとす・・・・・・・・山口誓子
乱心のごとき真夏の蝶を見よ・・・・・・・・阿波野青畝
山の子に翅きしきしと夏の蝶・・・・・・・・秋元不死男
夏の蝶一族絶えし墓どころ・・・・・・・・柴田白葉女
日蝕のはげしきときに揚羽とぶ・・・・・・・・百合山羽公
賛美歌や揚羽の吻を蜜のぼる・・・・・・・・中島斌雄
夏蝶の風なき刻を飛べりけり・・・・・・・・池上浩山人
黒揚羽舞ひ来て樹下に風起す・・・・・・・・茂恵一郎
好色の揚羽を湧かす西行墓・・・・・・・・安井浩司
黒揚羽黒と交わる神の前・・・・・・・・出口善子
熟睡なすまれびととあり黒揚羽・・・・・・・・久保純夫
魔女めくは島に生まれし黒揚羽・・・・・・・・大竹朝子
摩周湖の隅まで晴れて夏の蝶・・・・・・・・星野椿
乱心のごとき真夏の蝶を見よ・・・・・・・・阿波野青畝
磨崖仏おほむらさきを放ちけり・・・・・・・・黒田杏子
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