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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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橋下徹の功罪・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
a橋下徹

──雑文──

     橋下徹の功罪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

前・大阪府知事で現・大阪市長の橋下徹(はしもと・とおる)は、登場いらい物事をハッキリと言って、大阪府・市にまつわる事態を克服しようとしてきた。
彼の立場は、物事の一点を鋭く捉えて突き進むという一点突破で問題を解決してきた。
そして「大阪維新の会」を組織しての政治行動も、物議をかもしながらも、おおよそは好感を持って支持されてきた。
それは「選挙」での圧倒的な支持として結実してきた。
だが、その極端な「手法」は法秩序社会である日本では、或る種の「危険」と「うさん臭さ」をはらんでいて、はらはらさせるものがあった。
今や、それが現実のものとなり、地方選挙でも維新の候補が落選つづき、というような始末で、ひと頃の勢いは失せたという感じだ。
まあ、関西人の言葉で言うと「調子に乗りすぎたナ」というところである。
彼の改革には、一端の「真実」があったので惜しい気がする。
彼が世界中から総スカンを食らっている「従軍慰安婦」の件でも、下記のようなこともあるのである。 ↓

専用「売春」施設も…米軍が慰安婦を買い漁った過去

彼が、これからどうして凌いでゆくか、見ものである。 好漢、自重せよ。

Wikipedia─橋下徹

「従軍慰安婦」に関連して、私の若い頃のエピソードを書いておく。
「従軍慰安婦などは無かった」という論者の意見というのがあるが、この「従軍慰安婦」という言葉は後になってから概念として付けられたもので、
当時には、そんな言葉で言われたものではない、ことを明確にしておかなければならないだろう。
日本軍当局の「意向」を受けて、いわゆる「女郎屋」の経営者が、従事する女を募る。
いわば、最末端の汚れ役に良家の女が応募するわけもなく、当時の植民地として悲惨な境遇にあった朝鮮人などが募集に応じたということである。
別の「キレイ」な仕事と騙されて募集に応じた女も居ただろう。 そういうことである。
昔は赤線(あかせん)と言って、 日本で1958年以前に公認で売春が行われていた地域があったのである。
この法律が施行されて以後、そういう地帯は無くなったし、「公娼」と言われていた女たちは「自由恋愛」という「私娼」となった。
それまでは男たちは、そういう「赤線地帯」=遊郭で性欲を処理していたのである。
それはインテリと言われる人たちでも同様であり、短歌の関係でいうと、有名な斎藤茂吉なんかの遊郭通いは事実として記録されている。
それは彼がすでに東大医学部の医師をしていた頃の話である。 嘘だと思う人はネットを子細に検索されよ。
そういう時代だったのである。 ほんの数十年前のことである。 キレイゴトではないのである。

私がまだ若かった頃、近所のおじさんが茶飲みに事務所に遊びにきて、いろいろ世間話を聞かされたものである。
その人─仮にAさんとしておこう。 彼は戦争に召集されて最初は中国大陸、敗戦時にはビルマ(今のミャンマー)に居たという人である。
その彼が中国での兵隊たちの性欲処理の場面を話してくれた。
いわゆる「慰安所」というのが開設されると兵隊たちが、行列をつくって順番を待っていて、コトは数分で済んだという。
「女」は寒いときには下着を脱ぐこともなく、厚い毛糸のズロースの局所だけ穴の開いているのを履いていて、その穴にペニスを挿入してコトを済ませる。
性病の感染を恐れた当局からはコンドームの使用を勧められたという。
今どきの感覚から言えば、そんなことまでして性欲を発散させるというのは理解できないだろうが、自分で手淫で処理するよりは、
局所に挿入して射精するというのが兵隊たちにとっては精神的に満足感が得られたものであろうか。
ついでに書いておくと、その人は先にも書いたようにビルマで悲惨な敗走を体験するのだが、その頃には年月を経て古参の下士官で経験豊富だったから、
敗走に当たっては武器は一切捨て、食糧だけを持って逃げた、という。武器を携えていた連中は「みんな死にましたなア」と言った。
戦争というのは、そういう苛酷なものである。
そういう戦争の苛酷さについては、前にこのブログでも書いたことがあるが、日中戦争のときに従軍記者として石川達三『生きてゐる兵隊』という小説があった。
この本は、彼が軍部からの「おしきせ」の情報による記録でなく、自分から兵隊たちの生活の中に入って行って体当たりで書いた従軍記だった。
だから当局から「発売禁止」の処置を受け、彼自身も裁判にかけられた。敗戦により裁判は中止となり、戦後この小説は復刻され、少年の私も読んで大ショックを受けた。
この小説には現地人の「非戦闘員」虐殺や性のことなどが赤裸々に活写されている。
南京事件は無かった、とか主張する人には、私は、この小説を読むように勧めている。
ネット上の関連記事を見ていると、従軍慰安婦関係の東西の国の対応には、いろいろの違いがあった。
第2次大戦中の日独は軍が管理する慰安所型、米英は民間経営の売春宿利用型、そしてソ連はレイプ黙認型だった。

これも私の若い頃の体験である。
ソ連を解放軍として美化するような風潮のあった戦後すぐの頃、満洲からの引き揚げ者だったM氏の話。
ソ連軍は軍紀がでたらめで、女と見れば「強姦」して、あげくには銃殺されたりした。
皆を仰向けに並んで寝させ、胸をさわって乳房が手に触れれば女として引き摺りだして強姦したという。
だから日本人の女は胸に「晒」をきつく巻いて胸の段差をなくして男のような恰好をして難を逃れるようにしたという。

石川達三の小説にしろ、このソ連軍の兵隊の話にしろ、そんな理不尽な、今では有り得ないことが、平然と行われていたのである。
それが「戦争」というものである。 戦争は「キレイゴト」ではないのである。
私自身は、まだ少年だったので兵歴もないが、戦争中は授業からは引き剥がされて、軍需工場で旋盤工をしていた。いわゆる「学徒動員」である。
日本が戦争に負けたとき、私は中学三年生だった。
戦争末期には日本の空には「制空権」はなく、アメリカ軍の艦載戦闘機が飛びまわり、私たちもグラマンなどの艦載機から機銃掃射を受けて逃げまどった。
私たちは「非戦闘員」だった。だけど、戦争中は、そんなことは無関係に「殺戮」された。アメリカの残虐行為は日本だけでなくヨーロッパでも多くあった。
それが「戦争」というものである。

私は「勇ましいこと」を言う人は信用しない。戦争という理不尽な、悲惨な様相を見て、体験してきたものとして、言うべきことは言っておく義務を持っている。
憲法改正にしろ、靖国神社のことにしろ、「勇ましいこと」を言うならば、古今東西の歴史的事実をよく学んだ上で発言してもらいたい。
いま安倍首相なんかも、発言の言葉尻をとられて軌道修正しているようだが、「こう発言すれば、こう反応が返ってくる」と、よく勉強してから発言すべきである。
何度も言うが私は「勇ましいこと」は信用しない。
戦後生まれで、戦争の悲惨さも知らないくせに、ろくに調べもせずに「歴史的事実」を否定するのは止めてもらいたい。
「歴史的事実」は、率直に認めよ。 すべては、そこから始まらなければならない。

今日は橋下徹の話から、話が大きく脱線したが、私の真意は、そういうことである。


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