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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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小野雅子歌集『白梅』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
小野

──新・読書ノート──

     小野雅子歌集『白梅』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・・・ながらみ書房2013/06/27刊・・・・・・・・

小野雅子さんの第四歌集『白梅』が刊行されて、著者から恵贈されてきた。
発行日はまだ先だが、記事にしてアップしたので、今日の日付で出しておく。 
小野雅子さんは、有名な小野茂樹の令夫人である。 先ず、私の旧記事を読んでもらいたい。→ 「私の座右の歌─小野茂樹─」

この記事にも書いてあるが、雅子さんの第二歌集『青陽』に載る、「いとし子─綾子」さんが、美しく成人され、結婚されて、玉井綾子として第一子を出産された。
この歌集の「あとがき」で

<これは私の四冊目の歌集である。平成十四年から二十五年三月までおよそ十一年間の作品から485首を自選した。
 ほかの同年代の方々の歌集にくらべて父母や夫の介護、看取りの歌がないのは、それらの人が若死にだったからである。
 平成二十三年、東日本大震災のひと月前に、娘・玉井綾子に初めての子が生まれた。
 同居してはいないので会うのはときどきだが、この子が私に多くの歌を与えてくれた。>

と書かれている。
先に読んでくださるようにお願いした拙文に載る人である。
小野茂樹の第二歌集『黄金記憶』の巻末に置かれた歌

<露に満ち甘きにほひをたつるさへ果実はゆかしみどりごの眼に>

と茂樹の詠んだ─その人・綾子さんの生(な)した子である。名前は描かれていないが、目の中に入れても痛くない愛の結晶であろう。

この歌集は編年体で編まれているが、この子の誕生にまつわる歌は巻末の Ⅳ─平成二十三年~平成二十五年の項に載る。 「白梅」「積木」などと題する一連である。

■鼓動よりヒトは始まる十ミリを過ぎしばかりが画像にうごく
■形よき眉をもつ児よまだ見えぬ眸のくろぐろと母を見上ぐる
■ベビー用爪切りで切る初爪は甘皮のやう白くはかなし
■名付けられみどの児宛ての封書にて住民票コード送られてきぬ
■きさらぎのあしたの光さすなかに一輪の白梅ほころび初めぬ
■あかつきのラジオに聞けば二月三日誕生花はなづなであると
■きさらぎの光の充つるベランダに小さき小さきソックスを干す
■生まれ来てやっとひと月みどり児は夢見るやうなまなざしもする
■親族表の一番下に名を記す東日本大震災の年生まれたる児の
■小野茂樹一歳の娘に与へたる積木で孫の男児が遊ぶ
■四十年経たる積木は乾ききり打ち合へば高き音ひびかする
■父よりのただ一回の誕生日祝は積木ドイツ製なる
■一歳の集中力よ三つほど積めて喜び崩しまた積む
■つみき列ね「デンシャ」と言ひて腹這ひて横より眺め動かし眺む
■初めての意味あることばデンシャなり鉄ちやんになるのだらうかこの児は

もっと歌を少なく引くべきであったかも知れないが、小野茂樹と雅子の「愛」のいきさつを知る者としては、愛着が籠っていて削れなかった。
茂樹が愛娘・綾子に寄せた「想い」が、ここに隔世遺伝となって児に、ここに結実したと思うからである。
茂樹が愛娘・綾子に与えたドイツ製の「積木」で、孫である男児が積んで遊ぶ。

作者は「東日本大震災」は、「声高」には詠わない。さりげなく、愛孫に託したりするばかりである。 一、二引いてみる。

■確かなる津波のさまも隔たりて画像に見れば映画のごとし
■朝夕に目に入るビルの屋上を越ゆる津波の幻をみる
■リサイクル工場に廃材積まれゐるこの何万倍被災地覆ふ
■見しことも使ひしこともなき言葉ガレキが去年も今年も溢るる
■明治の田テレビドラマに見入りたりセシウムの害なき黄金の稲
■古代エジプト人の恐れしもの少なくとも放射能は入つてはゐない

十一年間の作品からの抽出なので、歌集全巻に引きたい歌が散らばるが、以下、私がどうしても引きたい歌に限定して引いておく。

■難しいものは易しく易しきは深くと言はれし師を偲び合ふ
■海藻サラダ水にふくらみゆくやうに愛を育み子に家庭あり
■ブロッコリーの玉の大小などを言ふ母娘となりぬ年を経ぬれば
■父在らば村上春樹を好んだであらうと父の歳すぎて言ふ
■夏えだまめ冬ぎんなんのさみどりや口にできるはあといくとせか

そして、この歌を外すわけには行かない。

<一瞬 さかさに振れば雪のごとく過ぎし日の愛ふりしきらぬか>

この歌は巻頭の二番目に載る、平成十四年~十六年の歌である。 
この歌は「帯」にも抽出されているが、この歌集中の絶唱として、私は掲げておく。
作者は、何事にも「声高」には詠わないが、珍しく、ここには本音を露出された。 私は、これを喜ぶものである。

なお検索していたところ、玉井綾子さんは先年、短歌結社「地中海」に入られたようで、「よみがえる感情」という2008年のエッセイの文章が同誌に載っているらしい。 お読みいただきたい。
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昨年夏、私の第五歌集『昭和』を読む会に、小野雅子さんはご出席いただいた。
久しぶりの対面であったが、今回、この本をご恵贈いただいて、私が「座右の歌」に亡夫君を採り上げて以来のご縁と感謝するものである。
「あといくとせか」などと仰言(おっしゃ)らず、お元気でお過ごしくださるようお祈りして、筆を擱く。  (2013/06/07記)



  
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