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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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『渡部兼直全詩集 1』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
渡部兼直

──新・読書ノート──

      『渡部兼直全詩集 1』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥     
               ・・・・・・・・編集工房ノア2013/07/07刊・・・・・・・・

三井葉子さん主宰の詩結社「楽市」でご一緒している渡部兼直さんが、この度全詩集を刊行された。定価七千円というものである。
厚さ六センチにも及ぶ分厚い本で、ページ数700を超える、氏の詩業の集大成として出された。(1)とあるから(2)も続いて出されるのだろう。
氏は私より一歳下の生れであり、後いくつも詩集は出せないというお気持ちらしい。
この偉業に心から拍手を送りたい。

先ず、この本に挟まれている「栞」の文章を引いておく。
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   渡部兼直氏のとびきり洒落た詩篇群・・・・・・・・・入沢康夫

 渡部兼直氏の詩はどれをとって見ても、一分の隙もないほど見事に練り上げられた、
しかも常に洒脱味を欠かさない、二重底・三重底の奥行を持った作品ばかりで、私は
読むたびに感嘆を久しくする。
 いたるところに、古今東西の文化への照応と連想の仕掛けがあって、作者の教養・
知見の広さ•深さを痛感させられる。どれでもよいが、一例として『もっともやはら
かい詩』に収められている「ドブリンをさまよふ」を読んで見ようか。標題の「ドブ
リン」にしてからが、西脇順三郎の長詩「失われた時」の一節を想起させる。この
《小泉八雲の、ダブリンの文学殿堂入りに当たっての同地訪問》を素材とする作品の
中に入ると、ラフカディオ・ハ—ンは勿論だが、『ドラキュラ』のプラム・スト—力
—とか、さらには車寅次郎にまで連想は走る。ジョイスの名は、百も承知のくせに、
わざと書かないというのが、これがまた、じつに心憎い。途中に絵が挿入されたり、
言葉遊び的な試み(ダブリンを貫流するリフィ川が「わが出雲/Re斐伊川」につな
がったり、「愛文学」が愛の文学と混同されたり)も鏤められて、しかもどこと
なく色つぼくて、そのくせ、決してハメは外さない。ここに不可分に醸し出されるユ
ーモアとぺーストの味は無類である。
 今、渡部兼直氏の貴重な詩的営為の全貌が、一巻にまとめられるのは、まことに時
宜を得た慶事として、大きな拍手を贈りたい。



      <おかしさ>の詩人・・・・・・・・・・安水稔和

 渡部兼直さんは、とても詩人である。とても詩人というのも変な言い方で、なにが
とてもで、どう詩人なのかを言わないといけないのだろうが、言いにくいというか、
言いたくないというか、渡部さんのことを語ろうとすると、とても詩人だよと言いた
くなるし、言ってしまう。
 渡部さんの詩集『七つの俳諧』の栞に、多田智満子さんが渡部さんの詩はとてもよ
い匂いがすると書いている。髙橋睦郎さんがお行儀のいい痴漢みたいだと言ったとか。
大岡信さんは渡部さんの印象を風狂の人であると記している。金関寿夫さんは詩人詩
人したところがないまるで菩薩のような人だと書いている。ゲイリー・スナイダーさ
んがまれに見る「エレガント」な人物だと言ったとか。
 金関さんの「詩人詩人したところがない」と私の「とても詩人」とは、案外同じこ
とを言っているのかもしれない。
   *
「出雲からのオマージュ」というスピ—チで渡部さんは、「詩にとっては<高貴
さ>が絶対的に要請される」「詩は<高貴さ>とともに、 <謎>をその一つの元素と
している」と述べている。多田智満子さんの詩に対して<高貴さ>を挙げ、私の詩に
対して<謎>を挙げているのだが、では、渡部兼直に対してはなにを挙げればいいだ
ろうか。

  あけはなつたみづうみの夜の風
  夏の月
  ゆれる
  俳諧      (「出雲のナイル川 三」)

俳諧という語にオ力シサとルビを付けている。物の本ひもとけば、「おかし」は動
詞「招ク」の形容詞形で、心ひかれ招き寄せたい気がするの意かとある。かわってい
る、変だ、いぶかしい、あやしい、つい笑いたくなるというばかりではない。おもし
ろい、趣がある、風情がある、かわいらしい、美しい、魅力がある。さらには、すぐ
れている、みごとだ。つまり、「物事を観照し評価する気持で、 <あわれ>が感傷性
を含むのに対して、より客観的に賞美する感情」(「広辞苑第四版」)。
 なるほど。詩は、ゆらゆらゆれる<おかしさ>。渡部兼直は、 <おかしさ>の詩人
か。
       (「夜半翁へのオオド」一九九四年六月・跋文より)

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旧制・米子中学の時から詩作にかかわられ、この全詩集では、それらの「習作期」のものも少し拾われている。
氏からは前著の詩集『かなカナ』を頂いたのだが、いま書架を探してみたが本が多すぎて、どこに収納したのか見当たらない。
前著をいただいて私は、このブログの読書ノートに寸感を書いている。 → 詩集『かなカナ』を読んで
これを見てもらえば判ることだが、渡部氏の略歴を引いておく。

この本の巻末に載る著者の経歴を写しておく。

 渡部兼直 わたなべ かねなほ
1931 米子に生まる
`55 早稲田大学文学部国文科卒
`73 「たうろす」同人
`76 「松江詩篇」(紫陽社)
`81 「フェミーナあるいは女性都市」(南柯書局)
`82 「山陰詩人」同人
`94 「夜半翁へのオオド」(編集工房ノア)
`95 「プレヴェル詩集」(同)
`96 「ハワイに死す」(同) 
`03 「楽市」同人
`03 「失はれし女を求めて」(今井書店)
`05 「R.クノオ ひとつの詩法のために」(二言語版、編集工房 遊)
`08 「地球訪問」(編集工房 遊)
`09 「梨の体をしてゐるいくつかの詩」(編集工房 遊)
`11  「かなカナ」(編集工房 遊)

渡部氏は地元で学校の教師を本業として来られたようだ。地元では新聞詩壇の選者などもされていたらしい。
今回、この全詩集を恵贈されて拝見すると、郷土・米子や隣接する松江などへのオマージュに満ちている気がするのである。
ラフカディオ・ハーンを作品化したものなどが、そうである。古くから啓(ひら)けた土地だから逸話や民話には、こと欠かない。
それらをブッキッシュに作品化したのが渡部氏の詩業の本質であろうか。
今回の全詩集は、なにぶん膨大なものだから、ほんの少ししか触れられないが、お許し願いたい。

渡部さんの作品は、新かなづかいの作品もあるが、多くは歴史的かなづかい(旧かなづかい)になっている。
私も短歌作品は旧かなづかいを採用しているので、関心が深い。
二、三作品を引いてみよう。
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        国讃め・・・・・・・・・・渡部兼直
                  藤田玄播作曲交饗組曲「鳥取」第三楽章のための詞章

   さみどりふかき日本海
   さみどりふかき日本海
   はるかににほふ砂の丘
   白兎跳ぶなみがしら

   ふるさと ふるさと
   鳥取

   神神拓きしふるき国
   曰に曰にあらたし海の風
   ゆたかのみのり 野のはろか
   やさしき山並かがよひぬ

   かなたにひかる碧き山
   厳し 火の神の山 大山

   梓弓張る砂の浜
   ぬくき湯の里いだきたる
   南の潮と北の潮
   岬をめぐり交はりぬ

   ふるさと ふるさと
   鳥取

   うるはしき街つらなりて
   道は未来に通じたる
   みづみづしもよ この街
   さまざまの花かをる街

   ふるさと ふるさと
   鳥取

   うるはしき枝さゆらぎて
   窓は未来を夢みたる
   すがしき光みつ この街
   ゆかしき歌ひびく街
   ふるさと ふるさと
   鳥取

   若きいのちのここに生き
   智恵深くしてたくましく
   黄金も玉もなにせむに
   あした求めて歩むなる

   ふるさと ふるさと
   鳥取

   若きいのちのここに生き
   夢はるかなりこの歩み
   ほがらかの歌あるかぎり
   この国のあす幸多し

   ふるさと ふるさと
   鳥取

   この国の 梨甘し
   この国の をとめかぐはし

   この国の 梨甘し
   この国野 をとめかぐはし

   ふるさと ふるさと
   鳥取

   いや重け吉事
   いや重け吉事
   いや重け吉事
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この詩は、音楽とのかかわりで、1981年、鳥取県吹奏楽連盟が創立二十周年記念事業として作詞されたもので楽曲として演奏され同氏としても記念碑的なものである。
文語調を採用しながら、鳥取県の文物を歌詞の中に取り入れ、結句の「いや重け吉事」(いやしけよごと)というのは古代の有名な万葉歌人・大伴家持のフレーズを借用したもので、
古典にも詳しい同氏の教養の一端を示すものとして、微笑ましい。
元歌を知らない人のために敢えて引いておく。「万葉集の巻末を飾る」歌として燦然と輝いている。 ↓

新しき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重け吉事・・・・・・・・・大伴家持
  (あらたしき としのはじめの はつはるの きょうふるゆきの いやしけよごと)

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短い詩を二篇引いておく。

     皆生・・・・・・・・・・渡部兼直

   サンリユカス岬から
   太陽
   けさもとどく
   海底温泉
   腹に当たる
   ミホの松原
   サナトリオムの患者
   天女を発見
   海角殿の恋びとたち
   海底エレヴエタアの雷に打たれる



       砂丘・・・・・・・・・・渡部兼直

   テニスコオト
   海
   海鼠腸の匂

   少女の声
   空を漬す

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     ミホの浦・・・・・・・・・・渡部兼直

   ミホの浦わに吹く風の
   ミホの浦わに吹く風の
   のどけき波のながめかな
   これはこのあたりにすまひする
   しがなきしれものにて候
   げにやヨツトは夏の蝶
   デユフイの海になりけり
   デユフイの海になりけり
   ひんがしのメデチラネオ

   コオトダズユル
   このミサキにはじめにたどり
   つきタマヒし稲の女神
   身をかくしタモフ
   いまにやしろに
   しづもりタモフ
   海の女神 舟の女神
   卯月のまつり
   オパパぢベたにかしこまり
   オバアサンこれはどんなまつり
   ですか
   言つたらなんだがねや
   かむさまのおそしきだがなや
   この国は天つ神のミコにタテマツリ

   タマへとて船をふみ傾け
   天の逆手を打ちのろひ
   青柴垣にかくりタモフ
   あへを断ったる若者にのりうつつたる
   えびすがみもろ肩ささへられ
   あらはれ靑柴垣に入りタモフ
   やしろに貼札
   建国記念日をこぞつて
   祝ひませう
   大日本帝国のどさくさに
   イナリさんも天神さんも
   天つ神のオミにされた
   阿波の詩人扶川茂
   生田花世と「青鞜」に関心あり
   おとづれる
   ミホの浦の春月詩碑
   生きとし生ける人の胸こ
   限りも知らぬ寂しさ
   雲になりて湧くとき
  離れ離れし人の相寄る
   春月はさびしい詩人
   「おそらく僕は、自分の孤独と
   寂寥に訴へても、彼の自殺を
   中止させることが出来たか知ら
   ない。」萩原朔太郎「生田春月君に就いて」
   詩碑のうしろに
   はるかな海 三好達治の
   ひよろひょろ松原

   詩碑の背に土蔵造り
   扶川さん
   のぞいてみれば公衆便所
   松林は市民の
   子猫子犬のすてどころ
   からすの編隊
   時をうつさず果敢に攻撃
   一挙に壊滅す
   汝がさがのつたなきを泣け
   松の小枝に
   あなめづらしや
   天女のパンテイ
   おもひきや
   ビニイルのふくろなり

   松露の幽霊
   い出よかし
   となむ

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この詩は下線を引いておいた部分「タモフ」の表記にギモンが残る。
カタカナ表記は同氏のもので、わざわざカタカナ書きにしてあるので、際立っているからである。
このフレーズは「給う」という字の旧かな表記なのだが、「タマフ」の「う音便」であるから「タモウ」が正当である。
これは私の友人の国文学専門の人に電話で確認してみたから確実である。
文学作品であるから、学説としてさまざまの説を主張するのは自由だが、一定の文学的「表記」として定着しているものについては、それに従うのが普通だろう。

こういうことは、ままあり得ることで、先にも書いたが吉原幸子の作品が歴史的かなづかいを採用しながら、促音、拗音を「小文字」で表記していることなど「我流」である。
これについては岡井隆が角川「短歌」誌上で触れているので追記しておく。

ついでに書いておくと「或いは」は旧かなでも、この通りが正当で「あるひは」と書くのは間違いである。
詳しくは古語辞典などに当たってみてもらいたい。
渡部氏は私などと違って「国文学徒」なのだから、正しい表記に努めてもらいたい。
なお気づいた点について二、三触れておく。

「松江詩篇」は、同氏の故郷・米子市のすぐ隣にある街・島根県の松江その他、鳥取県などにまつわるものとして注目した。
この巻の後半に奈良、京都が含まれる他、何回か作品化されているが、何かの契機があって触れられたのであろうか。
この作品の巻末の「松江詩篇注」は、読者に対して親切である。
「松江 五」には「連句」が載っているが、私もひと頃誘われて座に加わったものとして懐かしく拝見した。
ただ四句の「かほり」は頂けない。旧かなでは「かをり」が正当で、これは歌謡曲の「シクラメンのかほり」で有名だが、これも作者の勘違いによる間違いの最たるものである。
「助詞」の省略などが習作期から見られるのも同氏の特徴だ。例えば「海猫子ども育てる」「時ゆつくり流れる」「太陽ころがり行く」など。
また新かなづかいの作品であっても「ゆつくり流れる」など拗音、促音などが「大文字」で表記されているのは、原本のときからのものか、それとも校正洩れか。
「ハワイアンパラダイス」の詩の初連「逃げやう」は「逃げ様」だろうか、それとも「助動詞特活」か、それならば旧カナでも下線部「逃げよう」となるはずである。
「梨の体をしてゐるいくつかの詩」の中の「愛する女と地球への旅に出やうとしてゐる」の部分は明らかに「助動詞特活─意志」で「出よう」でなければイケマセン。
「かくもかほれば」も「かをれば」 でなければならない。
私は短歌は旧カナで作っているので、これらについては厳しく指導されたので、敢えて指摘させてもらった。
国文学専攻の渡部氏としては「瑕疵」である。国文学徒でなかったら私は何も言わないのだが、敢えて書かせてもらった。

文句ばかり書いたようだが、入沢康夫の書くように、詩集全体として、日本の伝統的な詩歌形式から西欧詩に至る広い「目配り」をなさっていて敬服するものである。
そこには長年にわたる渡部氏の深い教養が滲みでていると言える。

いま「渡部兼直」と検索してみたが、渡部氏はインターネットはおやりにならないらしいので、出てくる項目は少ない。
少ない中でも、彼を知る人の書くところによると、極めてお酒がお好きらしい。蕎麦と酒が一緒になると薀蓄を傾けられるらしい。
好漢お酒に飲まれることなく、これからもお元気で、ご健筆のほどを。

駆け足の走り読みだが、鑑賞と紹介を終わりたい。 ご恵贈ありがとうございました。

(お断り)
詩の部分と栞はスキャナで取り込んだので、どうしても多くの「文字化け」が生じる。子細に修正したが、まだあれば指摘してもらいたい。すぐに直します。



コメント
コメント
「タモフ」問題
殊更に片仮名書きされた「タモフ」に苦言を呈するのは、
「ダブリンをドブリンと書くのは誤りだ。地名表記は正しくありたい」
と言うのと、何処となく似ていますね。
2013/08/17(土) 06:11:59 | URL | 入沢康夫 #qYYvrtjc [ 編集 ]
コメント有難うございました
■入沢康夫さま。      木村草弥です。
ただいま拙記事に貴コメントが届いているのを発見しました。
よく読んでいただきました。
渡部氏は未知の人ではなく、三井葉子さんの詩結社の一員として
二、三度お目にかかっている旧知の仲ですから、敢えて申し上げました。
仰せの「ドブリン」云々とは別の次元のことです。← 「ドブリン」は詩的比喩として素敵。
当該詩ではカタカナ書きの「タモフ」というフレーズが何度も出てきて、
旧カナの「う音便」では「タモフ」には絶対になりません。「タモウ」です。
国文学を専攻する、ということは、それだけ厳密であらねばならない、と思います。
ご本人はインターネットをおやりにならないようなので、当該記事はプリントして
お届けいたしております。
渡部氏は寡黙な人で、私のような「お喋り」ではないので、どんな反応が返ってくるか、来ないか、
出来れば反論でもいただければと思っています。
貴殿のような高名な方のお目に留まって光栄です。 取り敢えず片言さしあげました。
では、また。
2013/08/17(土) 12:41:05 | URL | sohya #- [ 編集 ]
詩や俳句(川柳はもちろん)のほうには、「百も承知で敢えてやる」という手法が、事柄についても、文字遣いについても、しゃれた事としてかなり行き渡っていて、一種の「俳味」を生むのですが、短歌のほうにはどうやら無いらしいですね。渡部さんは国語の先生ではありましたが、詩を書く時は100パーセント詩人だと思います。
2013/08/21(水) 20:10:25 | URL | 入沢康夫 #- [ 編集 ]
度々お言葉をいただき恐縮です
■入沢康夫さま。
お早うございます。
老人は朝早くめざめますので、貴コメント拝見しました。
通常は高名な作家の方は「無視」の場合が多いのですが、
渡部氏との関連でしょうが、コメントを賜り有り難いです。
ご経歴を拝見しますと、私とは、ほぼ同年輩のようです。
生きた時代が同一だと言えるでしょう。
少年の頃から亡長兄の蔵書に文学書がありましたので「短詩系」にも触れておりました。
亡長兄・木村庄助の病床日誌は太宰治『パンドラの匣』の底本です。
Wikipedia─木村庄助などご覧ください。
短歌(和歌)も俳句(俳諧)も古い、伝統的な文芸ですから、さまざまの「しがらみ」の衣をまとっています。
現代詩のような何でもあり、ではありませんが、
私は短歌を始める前は近代詩、現代詩にひたっておりましたので、
晩年になって現代詩に回帰したような次第です。
甚だ不躾ながら拙第二詩集『愛の寓意』をお届けしました。
お目通しいただければ幸甚です。
コメントいただき有難うございました。
では、また。
2013/08/22(木) 05:30:56 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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