K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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藤井幸子歌集『椒魚』抄・・・・・・・・・・・木村草弥
藤井

──新・読書ノート──

        藤井幸子歌集『椒魚』抄・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
             ・・・・・・・・角川書店「平成歌人双書」2011/02/18刊・・・・・・・・

   栗の花燦燦白しこれの世に享けし一人の男を喪ふ

   敗戦忌今日わが誕生日 踏みいづる朱夏にして玄冬の遊行期へ

   病む者と日々を籠れば木犀の香りの濃さのいたきばかりに

   いちにんを送る迎ふるどこか似る体がしきりに酸きものを欲る

   桃生つたちぎらな包まな紙なしホイ 桃匂ふときとほきジャンケン

   熱日没りて琥珀の地平 ウヰスキーは薄めて飲むことなかりし漢

   婚五十五年は結合ならず化合にて片側削がれし界面の糜爛

   線香立の掃除をせよと住職に叱られ始まる君の一周忌

   真夜の雨にものの芽動くざわめきを生の音と聴く死の音とも聴く

この歌集は
<婚五十五年の夫君との永訣の身を、椒魚(別称半裂)に譬え、削がれた傷より滴る思いに生きる。
情念は濃く、言葉は優美に、時にエスプリも漂わす確固たる表現世界。>
と春日真木子師は書く。
一篇は「青、朱、白、玄」と一年を青春、朱夏、白秋、玄冬の四季に分ける故事に則り、情趣深く編まれた。

ここで筆者の個人的感慨に浸たるのを許されよ。
拙第二歌集『嘉木』上梓の際、春日師は角川書店「短歌」誌上で<自己存在の起源を求めて>と題して一ページにわたる批評文を賜った。
ここで春日師は、私のペダンチックに陥りがちな性癖を見事に見抜き、私の詠みたい本質を捉えて、的確な批評をしてくださったのである。
だから、以後、私は春日師を第二の師匠として敬慕しているのである。

この歌集は、先に引いた春日師の「帯」文の通りに、読者の心に沈潜して届く。
ご夫君は、陸軍士官学校を経て、敗戦後、転身され、経営学学徒として、後は営利会社のマネージメントの現場に身を置かれたようだ。
歌に詠まれたものからの類推であり、間違っていたら許されよ。
その夫君との一世を振り返り、「結合ならず化合にて」と詠まれ、死なれてみると「片側削がれし界面の糜爛」と表現される。
表現は簡潔ながら、この一句に万感の思いが籠っている。
また五首目に引いた歌のように自在な表現に目を止めた。

昨年、私の第五歌集『昭和』をお届けした中から
 <エリカ咲く日影のけぶるむらさきも孤りなるゆゑ思ひ出でつも>
の一首を抽出された的確な鑑賞眼に敬服する次第である。
ここに歌の数首を抽出し、ご恵贈の御礼に替えるものである。
短歌誌「水甕」の選者として、会員たちの指導に当たられるとともに、益々のご健筆をお祈りするものである。



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