
水昏(く)れて石蕗(つはぶき)の黄も昏れゆけり
誰よりもこの女(ひと)のかたはら・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載せたもので、巻末の締めくくりをする歌で、私自身でも感慨ふかいものである。
自選60首にも採っているので、Web上のHPでもご覧いただける。
ツワブキは晩秋から初冬にかけて咲く花であり、今の時期の貴重な草花である。
先日採り上げた「アゼトウナ」と同じような色と季節の花である。
四国遍路の路傍にもしきりに咲いていた。
私自身は、格別に愛妻家とも思わないが、振り返ってみると、4冊の歌集の中で、数多くの「妻恋」の歌を詠ってきたことに、改めて気付くのである。
掲出した歌は、何も難しいものではないので、解説は控えるが、歌集『嬬恋』の巻末の一連の歌を引いて終りにしたい。
「石蕗」ツワブキの花は、木蔭に咲く、ひっそりとした花だが、そのイメージを妻に重ねていることを言っておきたい。
花言葉は「困難に負けない」
嬬恋(つまごひ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
嬬恋を下りて行けば吾妻(あがつま)とふ村に遇ひたり いとしき名なり
吾妻(あがつま)氏拠りたるところ今はただキャベツ畑が野づらを埋む
視(み)のかぎり高原野菜まつ黒な土のおもてにひしめきゐたり
黒土に映ゆるレタスがみづみづし高原の風にぎしぎしと生ふ
草津なる白濁の湯にひたるときしらじらと硫黄の霧ながれ来る
ゆるやかに解(ほど)かれてゆく衣(きぬ)の紐はらりと妻のゐさらひの辺に
睦みたる昨夜(きぞ)のうつしみ思ひをりあかときの湯を浴めるたまゆら
柔毛(にこげ)なる草生の湿り白根山の夕茜空汝(なれ)を染めゆく
朱しるく落ちゆく夕日ゆゑもなく「叱られて・・・」の唄くちずさみゐつ
本白根と地の人呼びぬしんかんとエメラルド湛(たた)ふ白根の火口湖
水昏れて石蕗(つはぶき)の黄も昏れゆけり誰よりもこの女(ひと)のかたはら
「嬬恋」は長野県から入ってすぐの群馬県の地名である。また「吾妻」というのも、その近辺の地名である。
有名な草津温泉も、この一画にある。私の嬬恋の思いを、これらの地名によせて、一連の作品として綴ったものである。
嬬バカとお取りいただいても、結構である。私は「嬬恋」を宣言することに、何の衒いもない。
「おのろけ」という謗りにも敢えて甘受する。
なお、歌集『嬬恋』は2003年いい時期に上梓できたと思っている。
妻が死んだ後では、「レクイエム」になってしまうので、まだ元気なうちに、妻に捧げることが出来たのを、
妻亡き今になると切実に、いい時期に出せたと、つくづく思い知るのである。
ツワブキの花を詠んだ句も多いので、少し引く。
石蕗黄なり文学の血を画才に承け・・・・・・・・富安風生
けふの晴れ狭庭は既に石蕗のもの・・・・・・・・及川貞
母我をわれ子を思ふ石蕗の花・・・・・・・・中村汀女
石蕗咲けりいつも泥靴と並びたる・・・・・・・・加藤楸邨
病まぬ生より病める生ながし石蕗の花・・・・・・・・石田波郷
石蕗咲いていよいよ海の紺たしか・・・・・・・・鈴木真砂女
讃歌(ほめうた)や地に沈金の石蕗の花・・・・・・・・文挟夫佐恵
日もすがら碧空を恋ひ石蕗の花・・・・・・・・飯田龍太
黄八丈色に石蕗咲き妻が着て・・・・・・・・草間時彦
そこに日を集めて庭の石蕗明り・・・・・・・・稲畑汀子
一隅を一切とせり石蕗の花・・・・・・・・和田悟朗
花石蕗につねのたそがれ誕生日・・・・・・・・きくちつねこ
大津絵の鬼が杖つく石蕗日和・・・・・・・・谷中隆子
一族はすぐ縦列に石蕗の花・・・・・・・・坪内稔典
石蕗咲くや沖はいちにち鉛色・・・・・・・・森田たみ
一病が老いを早めし石蕗の花・・・・・・・・山本白雲
野生馬に岬の断崖石蕗咲けり・・・・・・・・波江野霧石
石蕗咲いて身になじみたる黄八丈・・・・・・・・鈴木みや子
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