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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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江ノ島や五日の磯に人のせて・・・・・・・・・・・・・・・星野恒彦
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  ■江ノ島や五日の磯に人のせて・・・・・・・・・・・・・・・星野恒彦

  ■牛日や駅弁を買いディスク買い・・・・・・・・・・・・・・・木村美智子


正月の各日に獣の名を宛て、元日=鶏日、二日=狗日、三日=猪日、四日=羊日、五日=牛日、六日=馬日とし、七日=人日つまり人を占い、人を尊ぶ日、とされていた。
人勝節などとも言い、中国の前漢時代に定められた日だという。

元日から六日まで、天候によりその年の禽獣や農作物が豊かかどうかを占い、七日は人の世界の運勢を占ったらしい。
昔の『歳時故実』という本に「牛日といふ。○木造り始め 禁裏にあり。千寿万歳ならびに猿楽等来たる」とある。
掲出した二句目に「牛日」とあるのは、その意味である。

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図版②は葛飾北斎「富嶽三十六景」相州江ノ島の図である。

歳時記に載る「正月五日」の句は多くはないが、引いて終る。

 水仙にかかる埃も五日かな・・・・・・・・松本たかし

 黒燦々正月五日の護美袋・・・・・・・・林 翔

 五日まだ賀状整理に更くる妻・・・・・・・・水島涛子

 蛸干すや五日の凪を讃へつつ・・・・・・・・中村君永

 歳徳の護符の舞い落つ五日かな・・・・・・・・渋谷天眠

 五日舞ふ大袖の振り潮を呼ぶ・・・・・・・・猪俣洋子

今日は「寒の入り」である。二十四節季でいう「小寒」ということである。
昨年は十一月末から寒かった。初雪などが早い新記録などと言われた。
昨年十二月には「プレ・クリスマス寒波」と言われる第一波に続いて「年末寒波」と来襲して北国では大雪で寒かったが、年末・年始も冷凍庫の中に居るような寒さになった。
今日から「寒」に入って、いよいよ寒さも本格的になるということである。
昨日の夜半には雷がゴロゴロと鳴っていた。いわゆる「寒雷」である。
これが鳴ると、間もなく天気が悪くなるという予兆だと言われているが、果たしてどんな寒さになるだろうか。
当地(京都)でも未明から電線がヒューヒューと鳴っている。この音を聞くと寒くなるなぁ、と実感させられる。

「寒の入り」に合せて本格的な冬になるということで、季節の推移というものは正直なものである。
なお「大寒」は一月二十日ということである。
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今日は記事が短いので、いつも見せてもらっている小池正博(如月和泉)氏の「週刊川柳時評」11/29号から、そのまま転載させてもらう。

 (転載)第16回俳句甲子園公式作品集 ・・・・・・・・小池正博

俳句甲子園について私はよく知らなかったのだが、今年は「川柳カード」の大会に佐藤文香を招いたり、「大阪連句懇話会」に久留島元に来てもらって俳句甲子園の話を聞いたりしたことがあって、けっこう関心が高まった。『第16回俳句甲子園公式作品集』が11月1日に発行されたので、さっそく注文して読んでみた。昨年の『第15回俳句甲子園公式作品集』が創刊号で、今年のは第2号ということになるらしい。全国大会だけでなくて、地方大会の作品も全作品が掲載されていて、このイベントの全貌がわかるものになっている。大会参戦記・大会観戦記もあって、200ページを越える立派なもの。発行は「NPO法人俳句甲子園実行委員会」。

夕焼けや千年後には鳥の国      青本柚紀

今回の最優秀賞を受賞した作品である。
優秀賞作品・入選作品からもピックアップして紹介する。

はちすから鳥が生まれてきたやうな  日下部太亮
親指を血はよく流れ天の川      吉井一希
太陽に指先触るるバタフライ     下楠絵里
花は葉に指は風切羽となる      西田龍史
原稿は白紙でみんみんが近い     河田将英
乱暴な私ゼリーのような君      尾上緋奈子
バカとだけ手紙に書いて雲の峰    皆越笑夢

言うまでもなく、これらはすべて高校生の作品である。「夕焼」「蓮」「指」「ゼリー」「紙」が兼題だったようだ。

巻頭言「俳句甲子園との出会い」で日野裕史(第16回俳句甲子園実行委員長)が次のように書いている。

〈俳句甲子園の歴史は俳句文化を軽んじているという非難や、誹謗中傷との戦いの歴史でもありました。「俳都松山」と謳われるほど多くの俳人を輩出し、俳句が盛んでありながら閉鎖的なこの街で、俳句甲子園が受け入れられるようになるには長い年月と、実行委員会の先輩方の地道な活動が必要でした。大会が始まって間もないころは仕事の合間を縫って愛媛県内のすべての高校を訪問し、大会参加のお願いをして廻ったり、地元の俳人に審査員の協力要請をしても誰も応じてもらえず、逆に松山の恥とまで非難されたこともあったそうです〉

9月に「川柳カード」の大会で佐藤文香の話を聞いたときに、俳句甲子園のようなイベントがあって、若い俳人が育っていることにずいぶん羨ましい思いをしたのだが、俳句甲子園が広く認知されて軌道にのるまでには、夏井いつきや松山青年会議所のメンバーの言うに言われぬ苦労があったわけである。
実際の運営はどのように行なわれているのだろうか。
黒岩徳将の「一般ボランティアの活動」がその一端を伝えている。

「俳句甲子園はOBOGスタッフだけでなく、多くの一般ボランティアの方に支えられています。」
「一般ボランティアとは、毎年春頃から募集され、大会一日目に活動するスタッフのことで、学校担当とタイムキーパーの二種類があります。学校担当は主に選手を誘導したり、試合中に短冊をめくったり、その日一日担当チームをサポートします。選手の入退場でプラカードを持っているのも、この学校担当スタッフです。タイムキーパーはストップウォッチで試合中の時間を計り、選手や観客にディベートの残り時間を伝える重要な役割をします」

この作品集に収録されている地方大会の記録にも旧知の名前がスタッフ欄に散見され、いかに多くの俳句を愛好する人たちがこのイベントにボランティアとして関わっているかがわかる。

「関西の俳縁」として「関西俳句会ふらここ」の対談が掲載されているのにも注目した。
黒岩徳将は「関西俳句会ふらここ」の運営もしている。関東では主な大学ごとに俳句会があるようだが、関西では単独の大学だけでは俳句会が成立しにくいようで、大学生や10代・20代の俳人や俳句甲子園のOB・OGを中心に「ふらここ」の活動をしている。通常の句会のほか、みんなで裁判を傍聴したあとに行われた「裁判句会」や、会議室が借りられなかったのでセンターの調理室を借りて焼きそばを作りながら行われた「料理句会」など、なんだか楽しそうだ。

関西発の俳句イベントとして、「俳句Gathering Vol.2」が12月21日(土)に神戸の生田神社会館で開催される。昨年に続く第2回目であるが、若手俳人だけでなく俳句に関心のある若い世代の人たちが集うエネルギーあふれる場として生成発展してゆくことを期待したい。


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