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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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一きほひ六日の晩や打薺・・・・・・・・・・・・・鬼 貫
14eto08北野天満宮午年絵馬
↑ 北野天満宮2014年「午年」絵馬
 
  ■一きほひ六日の晩や打薺(なづな)・・・・・・・・・・・・・鬼 貫

  ■祓はれて馬の嘶(いなな)く六日かな・・・・・・・・・・・・・・原茂美


節日である七日正月の前夜である。
天明頃の本『閭里歳時記』に「今日七種の菜を採りて明朝の粥にまじへ食ふこと、旧きならはしなり。城下にてはわづかに芹・菘等を用ひて、必ずしも七草を用ひず。今夕、かの菜を魚板に置き、桶の上にあげ、擂木(すりこぎ)・魚箸(まなばし)等をも載せて、菜を割りながら節あり、<七種なづな、唐土の鳥と、日本の鳥と、渡らぬ先に>と、はやすなり。時々にはやして暁に至る。家々にすることなり」とある。
また文化五年刊の『改正月令博物筌』に「今日を馬日とす。○六日年越し、七日は式日なれば、今日をいふにや」とある。
「馬日」に因んで、北野天満宮2014年「午年」絵馬の写真を出してみた。

「正月六日」を詠んだ句も多くはないが、それらを引いて終る。

 六日はや睦月は古りぬ雨と風・・・・・・・・渡辺水巴

 凭らざりし机の塵も六日かな・・・・・・・・安住敦

 六日夜も灯のついてゐる手術室・・・・・・・・石井保

 眠りの森の美女を見にゆく六日かな・・・・・・・・須川洋子

 冷えきつて賀状の戻り来し六日・・・・・・・・福井隆子

 海を見に来てゐて松も六日かな・・・・・・・・中野あぐり

 活け直し六日の床を新たにす・・・・・・・・鵜飼濃尾女

 朝食をはやばらばらに摂る六日・・・・・・・・細川洋子

 賀状来し人の訃へ発つ六日かな・・・・・・・・伊藤真代

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今日も記事が短いので、いつも拝見している小池正博(如月和泉)氏の「週刊川柳時評」12/06号から、そのまま転載させてもらう。

     (転載)ゆく川の流れは絶えず―川柳誌逍遥 ・・・・・・・・小池正博

短歌誌「ES」26号が発行された。今号の誌名は「マナ」である。マナ(manna)とは旧約聖書で神が天から降らせた食物で、カナンの地に着くまでの40年間、イスラエルの民の命をつないだという。マナ(mana)という超自然の呪力をあらわす別語もあるらしい。短歌にはこちらの方が関係深いかもしれない。
江田浩司は次のように書いている。

「飢えることを知らないことと、飢えることをしっていることのどちらがより幸福なのだろうか。言うまでもなく、飢えることを知らないことであると誰もが思うだろう。飢えることのない生活が一生続けば、これほど穏やかな生涯はなく、そこに贅沢を追い求めなければ、静かな幸福がもたらされるだろう。
しかし飢えることを知らない人には、飢えないことの本当の意味はわからない。飢えることを知らなければ、飢えないことの悦びを味わうことはできない。
天からマナが降って来るのは、飢えることを本当に知っている者のみのところではないだろうか。そして、天から降るマナが詩歌としての悦びを分かち与えてくれるのは、飢えることを怖れず、むしろ、飢えることの中に生きることの真の意味を見いだす者に対してではないかと思われるのである」

飢え求めているものにこそ詩歌の悦びが天啓として与えられる、と江田は言っているようだ。神からのマナを与えられることの少ない川柳の場合はどうだろうか。高齢化や財政難などの様々な理由で、終刊してゆく川柳誌も多い。
「水脈」35号の巻頭に新井笑葉が〈「原流」の軌跡〉を書いている。
北海道の旭川市で発行されていた川柳誌「原流」は、昭和61年1月に創刊、今年の5月(通巻224号)で終刊した。その間に掲載された作品のいくつかを新井の文章からピックアップしておく。

風邪を引くのは横着な猿だ           京野弘
一徹がまだ続いてる死者の硬直         新井笑葉
戦争はいやだと乳房だから言える        進藤一車
詩を書かなくなったバーテンがいる 秋の酒場  大島洋
ニワトリが産みつづけているのは他人      浪越靖政

第1回原流大賞の際に、選者のひとりだった曲線立歩(きょくせん・りっぽ)が特選該当作品なしにしたエピソードが印象に残る。曲線立歩は新興川柳期からの長い柳歴をもち、句集『目ん玉』を残して平成15年に亡くなった。私の愛惜する川柳人のひとりである。
「川柳界の高齢化。一人の柳人が複数の柳社に所属して補われている現実。もはや数の論理から質の論理へ移行する時代に来ている」と新井は締めくくっている。

新しく誕生する川柳誌もある。
熊本市で「川柳裸木」が創刊された。編集・発行人は、いわさき楊子。「裸木」は「らき」と読ませるようだ。この雑誌はメール句会を母体としている。「@くまもとメール川柳倶楽部@」が2年前に発足し、月2回のメール句会が10名ほどの参加で続けられてきた。
「手紙や電話、まして面と向かっては決して言えないメール言語世界が存在する。記録の蓄積もたやすい。あとで深夜に読み返して至福の時をもたらすこともある。この至福というのは作句のモティベーションとしては最高の条件だ」と、いわさきは述べている。
メール句会はクローズドな世界だが、それをオープンなかたちにしようと紙媒体の本誌が発行されることになった。作品をピックアップする。

混ぜるな危険原液のこどもたち     久保山藍夏
少しだけ幸せ遠慮して ずるい     前田秋代
わかってはいないなあんな笑い方    上村千寿
感じるな考えるんだ空燃える      川合大祐
さりげなく立っているのは難しい    阪本ちえこ
かなもちてととくこひふみちれつたゐ  北村あじさい
一堂に集まったのは峰不二子      樹萄らき
地獄絵が楽しそうにみえるのです    いわさき楊子

いわさきから新誌創刊の話を聞いたときは、誰が参加しているのか分からなかったが、川合大祐や樹萄らき(じゅとう・らき)など、以前「旬」で活躍していた人たちがメンバーに入っている。メール句会ではいろいろなつながりが生まれるものだ。
永田満徳、松永千秋などの句評が添えられているのも、作品を読む参考になる。
オープンにするということは批判にさらされることでもあるから、けっこうエネルギーが要るけれども、他者の視線を浴びることは必ず実作に反映してゆくものと思う。

時事川柳も少し紹介しておこう。
「触光」35号(編集発行人・野沢省悟)は野沢の評論集『冨二という壁』の書評を掲載している(枽原道夫)。ここでは渡辺隆夫選の「触光的時事川柳」からピックアップ。

消費税おんぶお化けに進化する    高瀬霜石
元総理もぐらの顔をぬっと出す    伊藤三十六
半世紀ケネディ女史の目尻皺     鶴賀一声

「日本経済新聞」の夕刊、田口麦彦の「現代川柳のこころ」がスタートした。現代川柳の入門講座である。毎週木曜日、4回連載の予定(12月26日まで)。


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