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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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石ひとつ投げし谺がかへりくる花の奈落の中に坐れば・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
0204161吉野桜

0204170吉野桜

0204189吉野桜

     石ひとつ投げし谺(こだま)がかへりくる
           花の奈落の中に坐れば・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているので、WebのHPでも、ご覧いただける。
写真は吉野山の桜で、傾斜地に咲き誇る何千本という桜で、下に坐ると、まさに「花の奈落」という感じが、ぴったりだった。

写真の中には遠景に「金峯山寺蔵王堂」も見える。

俳句や短歌では「花」と言えば「桜」のことを指すのが定石になっている。
万葉集の頃には、花と言えば「梅」の花を指したが、古今集以後は花と言えば「桜」を指すことになってしまった。
これは詩歌の世界での約束事なのである。

一春、吉野山の桜を見に遊んだことがある。
吉野山の桜は山桜が多く、山桜は花と一緒に葉も出るので、一見してソメイヨシノなどとは見分けがつく。
どこもかしこもソメイヨシノの桜ばかりでは、白けてしまう。このような風潮は憂うべきことである。嘆かわしい。

「花」つまり「桜」を詠んだ句も多いが、その中でも私の好きな次の句を引く。

    花明しわが死の際は誰がゐむ・・・・・・・・安住敦

俳句の伝統的な詠み方とは、少し異質であるかも知れないが、私は、こういう主観俳句が好きだ。

    さきみちてさくらあをざめゐたるかな・・・・・・・・野沢節子

という句も捨て難い。みな「ひらがな」ばかりで押し通したところも、よい。

桜については、自作その他後日にも書くので、今日はこのくらいにする。



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