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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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東映映画 『サクラサク』 鑑賞記・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


347866view002サクラサク①
347866view003サクラサク②
347866view006サクラサク⑤
347866view005サクラサク④
347866view004サクラサク③

──映画鑑賞──

      東映映画 『サクラサク』 鑑賞記・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

実力派俳優緒形直人を主演に迎え、さだまさし原作の短編小説を映画化した感動の家族ドラマ。
父親が認知症を発症したことにより、改めて家族の大切さを痛感した主人公が、もう一度絆を取り戻そうと奮闘する姿を映し出す。
『利休にたずねよ』などの田中光敏が監督を務め、妻役に南果歩、父親役にベテランの藤竜也がふんする。
原作者のさだ自身による主題歌はもとより、切なくも美しい人間模様が胸を打つ。

妻子を顧みず仕事に打ち込んできた会社員の俊介(緒形直人)は、妻(南果歩)との仲も修復が難しいほどに冷え切っていた。
次第に息子(矢野聖人)や娘(美山加恋)との関係もぎくしゃくし、一家は崩壊寸前に思えた。
そんな中、同居する父親(藤竜也)が認知症になり、俊介はそれまでバラバラだった家族を取り戻そうとある提案を持ち掛け……。

「サクラサク」ムーヴィー ← 原作者であり挿入歌の作曲もした「さだまさし」のインタヴューが聴けるので参照されたい。

津田寛治さんが語るサクラサク─大崎家を支えるすし職人役
(福井新聞・2014年4月12日午前11時40分)

 福井県が舞台の映画「サクラサク」で、福井市出身の俳優津田寛治さんが、主演の緒形直人さん演じる大崎俊介の幼なじみ役で熱い演技を繰り広げている。
すし店の店主として短い出番ながらも随所に登場し、揺れ動く大崎家を支える重要な役どころ。
俳優業のみならず映画監督としても活躍の場を広げる津田さんに、本作の魅力やロケでのエピソード、映画づくりへの思いを聞いた。

 ―映画を見ての感想は。
 「とにかく映像が美しくてびっくり。家族が、認知症というかなりハードな問題を夢物語にしていく、こんな映画がこれから必要だと思った」

 ―どんな思いで演じたか。
 「認知症は多くの人にとって身近なテーマ。映画は生々しい実態も描いているが、それよりももっと幻想的に、祖父俊太郎の頭の中にある思い出を描いたファンタジー。
俊介の幼なじみである僕も、その幻想を優しく包み込むような存在でありたいと思った」

 「この映画は福井の1人の市民の思いから始まった。さだまさしさん、田中光敏監督が好きで、何よりも福井が好きな人。
それが自主映画で終わらず自分の足で動いて商業映画にまでこぎつけた。革命的で、この映画ができたことは大きな意義がある。そこに参加できてうれしいし光栄」

 ―すしは握った?
 「職人に握り方を教わろうとしたんだけど、昔一緒に仕事をしたカメラマンが『そんなのやんなくたって大丈夫だ』って。
結局ろくにけいこもしないまま本番に臨み、撮影後、そのカメラマンに『おまえの握ったすしは食わねえ』と言われましたよ…」

 ―作中の大崎家について。
 「俊介の妻で南果歩さん演じる昭子には一番感情移入できた。あれが本来の姿だと思う。悪い人じゃない。
悪人が1人もいない映画は甘く見られるかもしれないけど、家族ってこうあるべきだというルールもないし、それでいい」

 ―福井市を舞台にした「カタラズのまちで」など自ら映画づくりを率いることもある。

 「映画は100%監督が作ったものではない。他の芸術作品と大きく違うのは総合芸術だというところ。
絵画にしても造形物にしても、巨大なものになればなるほど、いろんな人の助けを借りるが、完成した作品は作家1人のもの。
でも映画はカメラマンや照明、録音、衣装、メークさん…みんなそれぞれ作品に対する自分のイメージを持っていて、具現化しようと一つの物語のなかでコラボしていく。
台本を読んだとき、誰もが自分なりのイメージを持つ。でも実際作っていくうちに、どんどん自分の想像を超えたものになっていく経験を、そこに関わるみんながする。
自分がイメージした通りにはならないわけで、ならないからこそ面白いんです」

 ―田中監督について。
 「俳優や各分野のスタッフの良い所を引きだしながら、自分の世界観もちゃんと形づくっていく。その作業全体に大きな愛情を感じる素晴らしい人だなあと思う」

 ―古里の人に向けて。
 「福井人のつつましさ、奥ゆかしさがすごく好き。建造物や自然ではなくて、やっぱりそこに住んでる人が『まち』をつくる。
美しく描かれた地元への誇りを再確認してもらえたらうれしい」
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映画サクラサクで認知症を演じて 藤竜也さんが思い語る
(福井新聞・2014年3月24日午前8時11分)

 ―認知症の祖父俊太郎役を熱演した。

 藤竜也: 特殊な役であることは確か。
同居していた母の体が少しずつ動かなくなってね。家の中に手すりを付けたり、風呂場を直したりした期間があった。
その後、母が2、3年お世話になった介護施設で、たくさんの認知症の人や体の動かない人たちを見たんです。役者の習性で、食事をするさまなど観察しちゃう。
多分、それが記憶に残っていたんだな。この年代だからこそ頂ける役でうれしかったし、難しい役に挑戦できるのが「ハッピー」って感じだった。
こういう仕事が来るなんて予想もしていなかったけど、母からの贈り物かなという感じがしています。

 ―結構ショッキングなシーンもあった。抵抗は?

 藤竜也: 全て人間がやること。僕は演じているときは羞恥心も何もない。

 ―俊太郎と同年代だが、不安はないか?

 藤竜也: 起こることは受け入れないと。生き物が壊れていくのは当然。最後は無になっているわけだから、恐れたり、おびえたりしても仕方ないよね。
それより「きょうは楽しかった」「得した」「明日もお願いします、楽しくいれますように」って、毎日を積み上げていった方がいい。
老いを何とかしようなんて、ごう慢ですよ。忘却こそ老人力。考えて悩むくらいなら、おいしいもの、食べたいものを食べた方がいいよね。

【家族の安定こそ大事なの】

 福井県美浜町で2月に開かれた特別上映会で、坂上和代さん(67)=小浜市=は声を上げて泣いていた。夫は58歳で認知症を患い、2010年、65歳で亡くなった。
「自分で自分が分からなくなり、不安だったろうと思う。『心配せんでいいよ』ってひと言、生きているときになんで言ってあげられなかったかなあ」

 感情をコントロールできず怒りをぶつけてくる夫に、病気のせいだと理解する自分と反発する自分が交錯、葛藤した。
「認知症の人と家族の会県支部」の集いに参加し、話すことで救われた。

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しっとりとした佳い映画で、涙が出て仕方がない映画だったが、主題が老人の「痴呆」を描いたせいか、ガラガラで、私の見た時はわずかに四、五人だった。
何と言っても、主役の「藤竜也」の演技がピカいちだった。
取締役への推薦という日を棒に振って、父親との思い出作りにかけた息子・緒方直人の身の処し方も、よかった。
ばらばらだった家族が、このことを期に団結することが出来て、めだたしめでたし、となるが、現実の「痴呆」老人を抱えた家族は、悲惨なのだ。




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