

蟻の列孜々(しし)と励みし一日は
日の昏(く)れたれば巣穴に戻る・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
この歌の前に
ひたすらに地に生くるもの陽炎(かぎろ)ひて蟻の行列どこまでつづく
というのがあり、これも一体として鑑賞してもらいたい。
私は子供の頃、昆虫少年でもなかったが、内向的な性格で、蟻の行列などをじっと見ていて飽きなかった。
蟻を捕まえてガラス瓶に入れておくと巣穴を作るようになり、瓶のガラス越しに蟻道が見えたりして面白かった。
女王蟻がいないと正式には巣穴とは言えないが、少年の頃は、そんなことは知らなかった。
女王蟻がいなくても巣穴は作るのだろうか。それは習性だろうか。
蟻の列の途中に昆虫の死骸を置いておくと、蟻たちが相談するように寄ってきて、やがて、その餌を巣穴に運びはじめる。
たくさんの蟻が群がって、中には巣穴とは逆の方に引っ張るものも出たりするのも微笑ましい光景だったが、そんな混乱も乗り越えて、結局は餌はいつの間にか巣穴に引かれてゆくのだった。
夏の季語として「蟻」はあるので、歳時記から句を引いておく。
蟻の道雲の峰よりつづきけん・・・・・・・・小林一茶
蟻台上に飢ゑて月高し・・・・・・・・横光利一
青だたみ蟻の這ひゐる広さかな・・・・・・・・小島政二郎
木陰より総身赤き蟻出づる・・・・・・・・山口誓子
這ひ渡る蟻に躑躅は花ばかり・・・・・・・・中村汀女
大蟻の雨をはじきて黒びかり・・・・・・・・星野立子
蟻殺すしんかんと青き天の下・・・・・・・・加藤楸邨
ひとの瞳の中の蟻蟻蟻蟻蟻・・・・・・・・富沢赤黄男
蟻の屍をありのひとつがふれて居る・・・・・・・・西尾桃支
蟻の列しづかに蝶をうかべたる・・・・・・・・篠原梵
蟻入れて終夜にほへり砂糖壺・・・・・・・・森澄雄
一匹の蟻がビルより降りて来る・・・・・・・・葛西たもつ
しづけさに山蟻われを噛みにけり・・・・・・・・相馬遷子
蟻の道遺業はこごみ偲ぶもの・・・・・・・・雨宮昌吉
蟻の列切れ目の蟻の叫びをり・・・・・・・・中条明
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